第75話 精霊祭開幕!
「ついにこの日が来ました! 精霊祭当日ですっ!」
朝――。
太陽がてっぺんに到達するにはまだまだかかる。
そんな時間にもかかわらず、ギルドのダイニングにはミズリーの明るい声が響いていた。
ミズリーは心なしかキラキラとしたオーラを纏い、元気いっぱいという感じである。
「大事件。ねぼすけのミズリーがもう起きてる」
「意外すぎるわ……。今日は雪でも降るんじゃない?」
「大丈夫かミズリー? まだ時間はあるし無理して起きなくてもいいんだぞ?」
高揚しているミズリーを見て、ゴーシュ、ロコ、パルクゥの三人は一様に驚きの表情を浮かべている。
これまで朝にめっぽう弱いミズリーを見てきただけに、三人の反応は無理もないものだった。
一方でミズリーは「今日の私は一味違いますよ」と言わんばかりに胸を張っている。
「精霊祭はお昼にスタートですからね。こんな時に寝てはいられませんよ」
だったら普段ももう少し頑張れるんじゃないかとパルクゥはツッコミを入れたくなったが、溜息をつくに留めた。
「コホン。前にも話しましたが、精霊祭は一週間に渡って開催されます。出店はたくさん並びますし、色んな催し物も開かれます。普段は体験できないことがたくさんですから、みんなで思いっきり楽しんじゃいましょう!」
「俺たちが出る大狩猟イベントは二日目だったよな?」
「はい。なので初日は、できればお店とか色々巡る感じにしたいですね」
「食べ歩き楽しみ。わくわく」
「ま、私も行きたいお店があるからちょうど良いわ。精霊祭限定の魔導書セールなんかもやってるみたいだし」
ミズリーのテンションに引っ張られてか、ゴーシュたちもまた精霊祭への期待が膨らんでいた。
(そうだな。ミズリーの言う通り普段は体験できないことだし、精霊祭を満喫しよう)
昨年は《炎天の大蛇》のせいで精霊祭に参加できなかったこともあるだろう。
ゴーシュも今年は目一杯に楽しもうと胸を弾ませていた。
***
――ゴーン、ゴーン。
晴天に鐘の音が響く。
精霊祭開始の合図が告げられ、ゴーシュたちは街中へと繰り出していた。
「おおー。人がてんこ盛り」
ロコが目の前に広がった光景にパタパタと尻尾を振る。
これが精霊祭の賑わいとも言うべきか。
王都の往来には露店が立ち並び、多くの人でごった返していた。
楽しげな声がそこかしこから聞こえてきて、食べ物の露天からは美味しそうな匂いが流れてくる。
歌唱や大道芸の配信を行っている者もいて、所々に人だかりができていた。
熱を帯びた喧騒に彩られ、まさに祭りの空気感が漂っている。
「これだけ色々あると目移りしちゃうな。どこから回ろうか。やっぱりまずは露店巡りかな?」
ゴーシュが辺りを見渡しながら呟くと、ミズリーが待ってましたと言わんばかりに用紙の束を取り出した。
ちなみに用紙束の表紙には「精霊祭攻略マニュアル」と書かれている。
「ふっふっふ。ちゃんと調べてきましたよ。まず、お祭りを楽しむには身なりから。ということであちらのお店に行きましょう!」
ミズリーが指差したのは、高級レストラン《シャルトローゼ》に行く際に衣装をレンタルしたいつぞやの服飾店である。
どうやら精霊祭限定の衣服があるらしく、ゴーシュたちはミズリーの案内で服飾店へと向かうことにした。
そして入店からおよそ30分後――。
「わぁあ~。お客様方、素晴らしくお似合いですよ~」
着替え終わったゴーシュたちを見て、服飾店の店員が感激した声を漏らす。
「はは、着たことがない服だったけど何だかしっくりくるな」
「『浴衣』って言うんだっけ? 前に配信で見たことがあるけど、自分が着ることになるなんて思わなかったわ」
「獣人族用のもあってうれしー」
店員の説明によると、今ゴーシュたちが着ている浴衣というのは異国の地で伝統とされている衣装なのだそうだ。
ゴーシュたちは自分の着たそれを確かめるように、しげしげと眺めている。
浴衣の色も各人の雰囲気とマッチしていて、ゴーシュは黒、ミズリーは桃色、ロコは水色、パルクゥは紫、というラインナップである。
自分の着た浴衣をしげしげと眺めるゴーシュたち。
一方、その衣装を勧めてきた張本人はというと……。
「おふ……。ゴーシュさんがマッチしすぎててヤバいです。男らしさが増しているというか、時々覗く筋肉とかが色々凄いです……。これは革命では?」
一人で何やら興奮しているようだった。
ミズリーは離れた壁に手をつき、息を整えようと必死になっている。
もしこの様子が配信されていたなら、リスナーたちは大いに盛り上がっていたことだろう。
「以前ご協力いただいたプロモーションが大好評だったので、そちらは差し上げますよ~。その代わりそちらを着てまた配信していただけると~」
店員にそんな言葉をもらい、ミズリーはまたゴーシュの浴衣姿を見れるのかと内心ガッツポーズをしていた。
そうしてゴーシュたちは服飾店を後にし、改めて精霊祭を巡ることにした。
「ししょー! あのお店、お肉の串焼きが売ってる! 行ってみよう!」
まず祭りの海にダイブしたのは香ばしい肉の匂いに誘われたロコで、腕を引っ張られたゴーシュが慌ててついていく。
昼飯時だったしちょうどいいかと、一行は食べ歩きを楽しむことにした。
ワイルドボア肉の串焼きから始まり、川魚の香草焼き、クリームや果物がこれでもかと詰められたクレープなどなど。
ゴーシュたちは様々な食べ物を食しながら、賑わいの中を進んでいく。
「んぐんぐ、おいしー。この『わたあめ』とかいうの、幸せがふわふわしてる」
「ふわふわですー」
「ふわふわねー」
「不思議な食べ物だな。お店の人は東方の国の出身でそこのお菓子だって言ってたけど。そういえばこの浴衣も東方の国の文化らしいぞ」
「とーほーの国。行ってみたい」
そんなやり取りをしながら歩く一行。
「おい、あそこにいるの大剣おじさんじゃないか?」
「は? ミズリーちゃんたちの着てる服、何アレ? やばくね?」
「確か浴衣ってやつだっけ? 俺もあれ借りてこようかな」
「ロコちゃん尻尾パタパタしててかわいー。私、握手してもらおっと」
途中で何度かゴーシュたちに気付いたリスナーにも出くわしたが、誰もが浴衣姿に目を奪われている様子だった。
「むむ、今度はあの狐のお面が気になる。ちょっと行ってくる」
「こらロコ、あんまり走ると危ないわよ」
ロコがお面を並べた出店に興味を示し、パルクゥがお目付け役としてついていく。
結果として二人になったゴーシュとミズリーは、近くを巡りながらロコとパルクゥを待つことにした。
(はっ……! ゴーシュさんと二人……。これはチャンスなのでは?)
やがてミズリーがそんな思考に行き着くのは当然と言えた。
実は密かに、この精霊祭でゴーシュとの仲をもう一段深めたいと思っていたミズリーである。
はぐれないように手を繋ぐことを提案してみるか、いやでもいきなりすぎないか、と。
ミズリーの脳内には色んな考えがぐるぐると巡っていく。
そうしてミズリーがチラチラと隣をの様子を窺い、その視線に気付いたゴーシュは怪訝な表情を浮かべる。
「どうした、ミズリー? 浴衣の着こなし、変かな?」
「いいい、いえいえいえっ。ゴーシュさんらしくて、凄く似合ってると思います」
「そうか? なら良かった。ミズリーも普段とまた違って大人びている感じだな。似合ってるよ」
「ふぇっ……!? えと、その……アリガトウゴザイマス……」
今、絶対に変な顔になっている。
ミズリーは確信を得て、緩んだ顔を見られないようにとゴーシュから視線を逸らした。
「わっ、と――」
「きゃっ――」
そんなミズリーにゴーシュが追い打ちをかける。
いや、正確にはゴーシュが起こした行動ではなく、賑わっていた人混みが引き起こした現象だった。
精霊祭が始まって時間が経ったことで往来を行く人の数も増え、ゴーシュがミズリーの方へと押される格好となったのだ。
自然とゴーシュはミズリーを軽く抱きしめることとなり、二人の距離は密着状態となる。
「くっ。すまんミズリー。大丈夫か?」
「精霊祭バンザイ……」
「え?」
「い、いえ、何でもないです! あっ。ほらゴーシュさん、あそこに占い屋さんがありますよ。行ってみましょう」
思い切り慌てふためいたミズリーがゴーシュの手を引いて、裏路地に構えられた占い屋へと進んでいく。
(ヤバいですヤバいですヤバいです。いきなりすぎます。いや、いきなりじゃなかったら大丈夫とかそういうのじゃなくて。と、とにかく落ち着かないと)
先程よりも一層ミズリーの脳内は激しく回転を始めて、それが原因だっただろう。
ミズリーは自分がゴーシュの手を握っていることに気づかなかった。
後にこのことを思い出したミズリーが、自室のベッドの上で悶えることになるのだが、それはもう少し先のことである。
ゴーシュも手のひらから伝わる感触や体温を意識しないわけではなかったが、自然の成り行きだろうなと、ミズリーよりも早く心を落ち着けることになった。
兎にも角にも、二人は裏路地にひっそりと佇む占い屋の前へと到着する。
「いらっしゃい」
聞こえてきたのは女性の声。
フードを目深に被っているせいで顔立ちや年齢は分からないが、占い師からは独特な雰囲気が感じられた。
「……」
往来の喧騒から少し離れているせいか、それとも別の何かのせいなのか。
ゴーシュたちは突如自分たちが、どこか浮き世離れした不思議な空間に迷い込んでしまったのではないかと錯覚を覚える。
「くっく。何を占うんじゃ? 何でも当ててみせようぞ」
占い師の女性がまた呟くと、ゴーシュたちが感じていたその空気は一層濃くなった。





