第62話 一大イベントに向けて
第2部スタートです!
ぜひお楽しみください!
「おーい、ゴーシュさんやー。そろそろ休憩にすっぺよー」
「はい! ここだけ耕したら行きますー」
とあるよく晴れた日。
つなぎ姿のゴーシュは額に浮かんだ汗をぐいっと拭った。
辺り一面に広がるのは畑。
降り注ぐのは気持ちのいい太陽の光。
鼻腔をくすぐるのは土や草の匂いが混じった新鮮な空気。
ゴーシュが今いるのは、王都グラハムの近郊に位置する農耕地帯である。
青空と土色に染まる大地の間を爽やかな風が吹き抜け、やっぱり農業は良いなぁとゴーシュは胸いっぱいに息を吸い込んだ。
「ほれほれゴーシュさん、こっちが涼しいで来んしゃい」
「キンキンに冷えたお茶だっぺー」
「採れたてのみずみずキュウリやあまあまトマトもあるでよ」
「はは、ありがとうございます皆さん」
この農地一帯で活動しているご老人たちに迎えられながら、ゴーシュは木陰に腰を下ろす。
そして輪になった老人たちがワイワイと盛り上がる中、持参していた弁当を取り出し、ピンク色の包みを開いていく。
いかにも中年男性といった風貌のゴーシュに、その包みは恐ろしいほど似合っておらず、だからこそ農家の老人たちはめざとくそれを指摘した。
「おやおや、愛妻弁当とはゴーシュさんも隅に置けんべ」
「い、いや、これは愛妻弁当というわけでは……」
「確かミズリーちゃんだっけか? あん子は器量も良さげだし」
「んだんだ。若いもんはええのぅ。青春じゃのう」
もう青春という歳でもないんだけどなと、ゴーシュは乾いた笑いを浮かべながらミズリーが持たせてくれた弁当に目を落とす。
そこには色とりどりのおかずが並んでおり、ミズリーの力の入れようが窺えた。
(うん、旨い! この卵焼きも良い焼き加減で、こっちの獣肉の香草巻きも食欲がそそられるというか。帰ったらミズリーにお礼を言わないとな)
そんなことを考えながらゴーシュはパクパクと食を進めていく。
「いやぁ、それにしてもゴーシュさんが畑仕事を手伝ってくれて大助かりだべよ。ほんにありがとうなぁ」
「いえいえ、元々農作が好きなもので。俺の方こそ混ぜてもらってありがとうございます」
「うんうん。まだ若いのに農作が趣味なんて良い性格してるべ」
「それでいてゴーシュさんは腕っぷしも強いしなぁ。こないだでっけえ魔物を駆除してくれたときなんてたまげたべ」
「ゴーシュさんは配信で忙しいべが、こうしてちょくちょく顔出してくれるとありがたいべ」
「はい、それはもう」
ゴーシュと農家の老人たちは談笑を交わしながら和やかなお昼時を過ごしていく。
最近、ゴーシュは配信業の合間にこうして農家の手伝いをしているのだが、それがかなり好評なようだ。
元農家のゴーシュとしてもこの上ない息抜きとなるので願ったりだった。
それから各々が昼食を平らげた頃、一人の老人が思い出したように声を上げ、ゴーシュに話しかける。
「配信といえばよ、ゴーシュさん。また講義をお願いしてもいいだべか?」
「いいですが、別に講義というほどでは……」
「オラも聞きたいべ。ウチの孫からも『今度フェアリーチューブで私の配信するから見てねー』なんて言われちまってよう。見方がよう分からんくてのぅ」
「今日の作業も午前中で終わっちまっただしな」
「ゴーシュさんの畑耕す速度が尋常じゃなかったからなぁ」
「配信でも人気者なゴーシュさんのお話とくりゃみんなで聞きたいべよ」
農家の老人たちからせがまれ、ゴーシュは照れくさそうに頬を掻く。
結果、お昼の休憩を終えた後、ゴーシュは老人たちにこの世界の配信文化について語ることになった。
――元々この世界には微精霊の力を借りて行う《交信魔法》なるものがあったこと。
――時の大賢者が音声と合わせて視覚情報も発信できることに気づき、体系化したことで動画配信の技術が世界中に広まったこと。
――今や配信文化は世界の娯楽となり、冒険者による魔物討伐やダンジョン攻略配信、歌姫の歌唱配信、ドワーフ族による武具の制作配信や、獣人族による武具の制作配信、エルフ族による語学配信などなど、様々なジャンルで配信が人気を博していること。
――今ではそれらを発信するフェアリーチューブという媒体が出来上がり、出身や種族関係なく様々な人が集う場になっていること。
ゴーシュはそういったことを語り、農家の老人たちは興味深げに頷いていた。
「うーん、この世界も便利になっただなぁ。大賢者様に感謝だべさ」
「離れた所にいる孫の顔見ながら話すなんてこともできるしなぁ」
「異国の地で作った野菜の紹介動画とか見てみたいべ」
「オラたち農家が作った作物を宣伝するなんて方法もあるみてぇだな。『これを作ったのはオラたちです!』って感じで生産者が顔出したりしたら今よりもっと売れねぇだべか」
「それいいアイデアだべさ。安心感ありそうだべ」
そんなことを語りながら盛り上がる老人たちを見てゴーシュはうんうんと頷く。
今ではゴーシュも世界から注目される配信者の一人だが、ついこの前までは田舎で農家をやっていた身である。
自分の興味あるものを広めたり、見てくれた人に楽しんでもらう、その手段。
その枠を広めた動画配信という文化にはゴーシュも深く感謝していたし、それは単なる娯楽のみならず、多くの人の変化のきっかけになるものだなと深く実感していた。
「そういえばゴーシュさんも元々田舎で農家をやってて、そこで配信してたら人気になったって聞いたべ」
「ああー、あのでかいトカゲ倒したやつだな。孫がめちゃくちゃ凄いって大はしゃぎしながら動画を見せてくれたなぁ」
「その後の、なんかすっげぇ危険な魔物を倒してくれた配信! あれは見ものだったべ!」
「そう考えると配信って色んなきっかけになるんだなぁ」
「ええ、色々とありましたね。なんというか、配信で大勢の人たちと関わって、変わったことも多かったなと」
少し昔のことを振り返りながら、ゴーシュは感慨深く目を閉じる。
そうして、今後も皆がワクワクする配信を届けていきたいなと、ゴーシュはそういう気持ちになりながら老人たちへの講義を再開する。
「王都では近々、《精霊祭》も開催されますからね。その意味でも配信の文化を知っておくと、より楽しめると思いますよ――」
***
「ただいまー」
「ししょー、おかえり!」
「おふっ」
農作の手伝いと老人たちへの講義を終えたゴーシュが自分のギルドに帰宅すると、小柄な獣人族の少女が抱きついてきた。
いや、抱きついてきたというより勢いよく突撃してきたと表現した方が良いかもしれない。
みぞおち辺りにその直撃を受けたことでゴーシュは小さくうめき声を上げた。
「ただいま、ロコ。遅くなっちゃったな」
「んーん、へーき。今日はミズリーとお買いものに出かけてたから。めっちゃでっかいお魚とか買ってきた」
「そっか、それは何よりだな」
可愛らしく尻尾を振っているロコの頭を撫でながら、ゴーシュはテーブルの上に置かれた荷物を見やる。
随分と買い込んだらしく、幅広なテーブルを埋め尽くそうかという量の荷物が置かれていて、ゴーシュは思わず苦笑した。
「すぅ……すぅ……」
その荷物の山から……いや、その向こう側から穏やかな寝息が聞こえてきて、ゴーシュはそちらに歩み寄る。
そこには机に書類を広げながら突っ伏している金髪の少女、ミズリーがいた。
「うへへぇ……。もう呑めませんよぅ、ゴーシュさん……」
思い切り寝言を言いながら頬を緩ませているミズリーに苦笑するゴーシュ。
どうしたものかとゴーシュが頭を掻いていたところ、ミズリーの目がゆっくりと開き、その蒼く綺麗な瞳が現れた。
「あ、ゴーシュさん……?」
「ただいま、ミズリー」
「あわわわわ、すみません! すっかり寝落ちしちゃってました!」
寝顔を見られたのが恥ずかしかったのか、ミズリーは慌てて自分の髪を手でとかし始める。
「そこにあるのは配信の計画表か?」
「あ、えと、そうです。今後のネタ出しをしておこうと思いまして」
「そっか。頑張ってくれてたみたいだな」
「あはは、それほどでもないですよ。それに、一大イベントもありますからね。色々と考えておかないと」
ミズリーが気合いの入った表情を浮かべ、ゴーシュはテーブルの上に置かれた用紙のうち一枚を手に取る。
その用紙には――、
『ミズリー作成、《精霊祭》でとことん盛り上がろう企画!!』
そんな文字が書かれていた。