Afterストーリー③ 【SIDE:???】アセルスの罰
「よ。元気かの?」
王都グラハムにある囚人収容施設にて。
魔女帽子を被った小柄な女性がある男の牢を訪れていた。
「う……ぁ……?」
牢に捕らえられた男――アセルス・ロービッシュは虚ろな瞳を鉄格子の外へと向ける。
そして、魔女帽子の女性の姿を見つけると、どこか怯えたような表情で後ずさった。
「ヒッ……!」
「そう構えるでないわ。今日は様子を見に来ただけじゃというに」
「アァー! ウガァー!」
「なんじゃ、そんな必死に……と、そういえば口封じの魔法をかけておったんじゃった」
魔女帽子の女性は溜息を漏らし、その綺麗な銀髪を僅かに震わせる。
そして、獣のようにもがくアセルスに向けて指を向けると、「ほい」と軽く命じた。
「あ、アンタ、また来たのか! 今日は何しに来たんだよ……!」
「やれやれ、言葉を喋れるようになったらそれか?」
「今日は何だ! 電撃か!? それとも水攻めか!?」
「はぁ……。だから今日は様子を見に来ただけだと言っとるじゃろうが。まあ、お望みとあらばやっても良いが?」
「や、やめろこのサディストめ!」
「ん?」
「あ、いや……。やめて、くれ。頼むから……」
狼狽えるアセルスを見て、魔女帽子の女性はくっくっと肩を震わせる。
それはまるで無邪気な子供のような笑い方だったが、魔女帽子の奥で光るエメラルドの瞳は妖しく細められていた。
「アンタ、一体何者なんだよ。毎度毎度、俺に変な魔法をかけていきやがって。何で俺にこんな仕打ちをするんだ……」
「前者の質問には答えてやらんが、後者は答えてやろう。お主が儂の嫌いなタイプだからじゃ」
「なっ……」
「良いか? 誰だって自分の大切なものを利用されて、コケにされたら怒るじゃろう? お主がやったのはそういうことじゃ」
「な、何を言って……」
「まあ、分からんようならいいわい。どちらにせよお主は重大な罪を犯した。世が世なら即極刑となるような罪をな。それを儂の裁量で生かしてやっているのだから、むしろ感謝せい」
「う……」
「ったく、黒封石の魔物を復活させるなぞ、お主の頭はすっからかんなのか? おまけに、あれだけ配信を邪魔してやるなどと抜かして威張り散らしていた割にはあっさりと吹き飛ばされおって。いい気味じゃ」
「そ、それは………」
魔女帽子の女性がニヤリと笑い、アセルスは力なく項垂れる。
アセルスが黒封石破壊の一件の後、王都の兵に拘束されたのがひと月ほど前。
それ以降、アセルスは終身刑に加えて、とある刑の執行を言い渡され、この牢に捕らわれている。
牢に入れられてから数日が経ち、魔女帽子の女性が訪れるようになった。
どうやらこの囚人収容施設の許可も下りているらしく、これが刑の執行官かとアセルスが理解したのも束の間、それからの日々は地獄だった。
様々な魔法を容赦なく浴びせられ、アセルスは身体的な苦痛の数々を味わうことになったのだ。
それは筆舌に尽くしがたい苦しみで、もはや極刑の方がマシなのではないだろうかとアセルスは何度か考えたことがある。
刑を執行する本人曰く、これでも相当に慈悲のある刑であり、その気になればもっと苦しませる手段は多数知っているとのことなのだが……。
「さて、今日はお主に聞きたいことがある。お主が半年ほど前にギルドから追い出したゴーシュ・クロスナーという男についてじゃ」
「は?」
「覚えとらんとは言わせんぞ? ほれ、ギルドメンバーに嘘を吐かせた上でゴーシュという男を悪者に仕立て上げる配信をしたじゃろう?」
「何でアンタがそのことを知って……」
「さて、何でかのぅ?」
またも不敵な笑みを浮かべたのを見て、アセルスはそれ以上問いかけることはできなくなった。
そういえばと、アセルスは思い当たる。
ゴーシュをギルド《炎天の大蛇》から追放した後、その様子を収めた配信がすぐにフェアリー・チューブの運営によって削除されたのだが、対応が不可解に早かったのだ。
まさか、この女性はそれに関わっていたのかと。
この鉄格子越しで笑っている魔女帽子の女性は、ここに入ることを許可されていることからしても、何かしらの権力者であるのは間違いない。
見た目は普通の子供のようであるが、中身は明らかにそうではないことを、アセルスは身をもって感じていた。
もしかすると、フェアリー・チューブの運営に関わる者なのかという推測がアセルスの頭をかすめる。
「それで? ゴーシュ・クロスナーというのはどういう男なんじゃ?」
「それを知ってどうするんだよ」
「黙って答えよ」
「う……。分かったよ……」
そうして、アセルスは怪訝な顔を浮かべながらも、ゴーシュについて知っていることを話すことになった。
「ふぅむ、なるほどのぅ。ゴーシュ・クロスナー、やはり面白い男じゃ」
ひと通りの話を終えた後、魔女帽子の女性が笑って呟く。
アセルスはギルドにいた頃のゴーシュのことを話しただけだったのだが、なぜ魔女帽子の女性が満足気に笑っているのか、分からなかった。
「さて、今日のところはこれで失礼するかの」
「ま、待ってくれ! アンタが俺にかけた魔法、そろそろ解いちゃくれねぇか?」
「儂がお主にかけた魔法、とは幻影魔法のことか?」
「ああ、確かそんな魔法だった。あれのせいで毎晩恐ろしい悪夢を見るんだ。昨日は蟲に体をジワジワと食われる夢だった……。もうまともに寝ることすらできてねぇ。頼む、このままじゃ生き地獄だ。そろそろ解いてくれたって――」
「たわけが」
言葉を遮られ、アセルスは二の句がつげなくなった。
魔女帽子の女性の顔からは、それまで浮かべていた不敵な笑みが消え、得も知れぬ威圧感が放たれている。
「アセルス・ロービッシュよ。貴様が黒封石を破壊し解き放ったニーズヘッグという魔物はな、普通なら数千、下手をすれば数万規模で民間人の死者を出していてもおかしくなかった魔物なんじゃ。それが未然に阻止されたのはあのゴーシュ・クロスナーという男がいたからに過ぎん」
「っ……」
「要するに、被害が出なかったのは偶々じゃ。それほどのことをしでかしておいて、自分がちょっと苦しめられたから助けてくれじゃと? 寝言は寝て言え、この阿呆が」
「あ、あれはちょっとってレベルじゃ……」
魔女帽子の女性は冷ややかな目つきでアセルスを見下ろす。
そしてアセルスの訴えを無視して言葉を続けた。
「それにな。お主のことは色々と調べさせてもらった」
「え?」
「儂が偉そうに言うことではないがな、お主にはこれまで、やり直せる機会がいくらでもあったはずじゃ。その機会をお主は自ら捨て去ったがな」
「う……」
「フン。自身が耐えられぬ苦痛に苛まれてようやく気づいたか。しかしな、仮にニーズヘッグが暴れて死者が出ていたら、お主が反省したとして許されることだと思うか?」
「……」
アセルスはその言葉に何も言い返すことができない。
そして、ガクリと肩を落とし、魔女帽子の女性が踵を返して去っていく足音を聞きながら、震えることしかできなかった。