第60話 【SIDE:???】伝説を目撃した者たち
「く、ははははっ! 面白い! 此奴、本当に面白い男じゃな!」
「ええ。本当に凄い人です。ゴーシュさんは」
王都グラハムの、とある屋敷にて――。
ソファーに並んで座り、ゴーシュたちの配信を見る二人の人物がいた。
大声を上げて笑っていたのは魔女帽子を被った小柄な女性だ。
銀の髪を肩口の辺りで揺らしながら、実に楽しげな笑みを浮かべている。
二人の目の前にあったのは配信画面。
そこには黒竜ニーズヘッグを討ち倒したゴーシュが、ミズリーやロコと勝利を称え合う様子が映し出されていた。
「くっくっく。此奴、リスナーのコメントを見て照れておるのか? あの黒竜を討ち倒したというに、なんとも慎ましい奴じゃ」
魔女帽子を被った女性が口にしたように、配信画面に映るゴーシュの姿は先程までの戦闘が嘘のように腰の低い態度だった。
ペコペコと配信画面、もとい称賛を向けてくるリスナーに対してお辞儀をしている。
「まあ、これがゴーシュさんの良いところですから」
ゴーシュの様子を見ながら、魔女帽子を被った女性の隣に座った人物――歌姫メルビスが顔を綻ばせていた。
メルビスは妹たちの無事に安堵しつつも、目の前にある紅茶に口を付ける。
珍しく興奮していたようだとメルビスは自覚し、温くなった紅茶を流し込むことで平静を保とうとしていた。
「しかし、なるほどな」
「なるほど、とは?」
不意に切り出されて、メルビスはオウム返しに尋ねる。
魔女帽子を被った女性はメルビスよりも小柄で、幼い顔立ちに見えた。
吊り目がちのエメラルドの瞳と、職人が手掛けた人形のごとく均整の取れた顔立ち。
そして見た目に反して妖艶な笑みを浮かべる様が印象的である。
「いやなに。お主がこの男に入れ込むのも分かると思ってな、メルビスよ」
「い、入れ込んでいるなどと……」
「おや、違うのか?」
「……」
温くなった紅茶などではなく、冷たい水を飲み干したい気分だと思いながら、メルビスはカップに口を付ける。
「はっはっは。何じゃその顔は。愛いヤツめ」
いつもクールな印象があるメルビスをからかえたことが嬉しかったのか、魔女帽子の女性は無邪気に笑っていた。
(久々に山奥から出てきたかと思えばこの人は……。相変わらずですね)
どうせ反論してもまたからかわれるだけだろうと諦め、メルビスは小さく嘆息する。
「しかし、あのニーズヘッグを倒すとはの。それに、四神圓源流まで使いこなすとは。現代にこのような奴がいたとは、実に興味深い」
「でしょう? だからゴーシュさんは凄いんですよ」
「何でお主がちょっと得意げなんじゃ」
やはりミズリーの姉といったところか。
似た者同士な笑みを浮かべ、今度はメルビスが魔女帽子の女性に溜息をつかれていた。
「それより、黒封石じゃな。まさかあれが割れるとは」
「配信を見ていた感じでは、アセルスという男が叩き割ったようでしたが?」
「ふん。黒封石はあんな小物っぽい輩に割れるほどヤワなものではないわい。たとえ鍾乳洞の水に侵食されていたとはいえ、な」
「……」
「まあ、今は良しとするか。おかげで面白いものも見れたしの。くっくっく」
懸念点は置いておき、魔女帽子の女性は子供のように笑う。
いや、外見からすればまさに子供なのだが……。
「もう。ゴーシュさんたちがいたから事なきを得たものの、不謹慎ですよ。子供のようなことを言う歳じゃないでしょう」
「あれ? もしかして儂、煽られたのか? 儂、今煽られた?」
「冗談ですよ冗談」
「ったく、口ばかり達者になりおって」
魔女帽子の女性はジトッとした目をメルビスに向ける。
メルビスは先程の仕返しが済んだとでも言わんばかりに、すまし顔で紅茶のカップに口を付けていた。
「それにしても、あのアセルスという奴は許しがたいの。聞けばこれまでも配信文化を悪用してきたとか。うむ、腹が立ってきた」
「どうなさるおつもりです? まさか何かの実験体にしたり?」
「はぁ……。お主は儂のことを何だと思っとるんじゃ。ただちょっと、おいたをした小僧に灸を据えてやるだけよ。二度と悪さができんようにな」
魔女帽子の奥で吊り目がちの瞳が妖しく光る。
それは今までの笑みとは性質が違うもので、メルビスは辺りの温度が下がったような錯覚に襲われた。
どんな方法を使うかは分からないが、恐らくアセルスにとっては地獄が待ち受けているだろうと、メルビスは独りごちる。
(この人は容赦ないですからね……。きっとあのアセルスという者も後悔することになるでしょう。因果応報ですが)
「大剣使いのことも気になるが、それはまた今度じゃな。くふふ、楽しみじゃ」
「もう行かれるんですか?」
「ああ。今回の件は王都の兵団も知ったじゃろうしな。アセルスとかいう小僧の処遇を決めるのにちょっとだけ噛ませてもらおうと思っての」
「そうですか」
「と、お主の妹やゴーシュとやらには儂のことはまだ言うでないぞ。会うまでのサプライズというやつじゃ」
「はいはい。分かりましたよ」
魔女帽子の女性が席を立ち、お茶目に笑ってみせた。
そして、配信画面の中で未だ照れたようにお辞儀を繰り返しているゴーシュを横目に見る。
「ゴーシュ・クロスナーか……。ふふふ」
微笑を浮かべながら呟き、魔女帽子の女性は部屋を出ていこうと踵を返す。
その足取りは軽く、彼女の期待感が表れているようだった。
「ゴーシュさんも――」
その背に向け、メルビスは一言呟く。
「きっとゴーシュさんも、貴方の作ったこの文化に感謝していると思いますよ、大賢者様――」
メルビスの言葉を受け、大賢者と呼ばれた魔女帽子の女性は振り返ることなく口の端を吊り上げていた。