第58話 大剣オジサン、伝説の竜の討伐へ
「えいっ!」
「たっ!」
ミズリーが黒竜ニーズヘッグの足元を突き、ロコが肩口めがけ、剣と拳を振るう。
それぞれの攻撃は、通常の魔物であれば一撃で屠れるほどの威力を持っていたが、ニーズヘッグを倒すには至らない。
攻撃の結果としては確かにいくばくかのダメージを与えているものの、たちどころに回復してしまうのだ。
――ガァアアアアア!
ニーズヘッグもまた鋭い鉤爪のついた前足や、尾撃で変則的な攻撃を繰り出し応戦してくる。
「やはり、相当な耐久性だな……」
同じくニーズヘッグに攻撃を仕掛けていたゴーシュも、距離を取って呟く。
明らかに、これまで対峙してきた魔物と一線を画す強靭さだった。
【くそ! 何発も入れてるのに倒れない!】
【黒封石に封じられてる魔物ってこんなに強かったんか】
【でも、相手の攻撃ももらっていないでござるな。さすがでござる】
【さっき、黒竜が尻尾で岩を砕いてたぞ。攻撃力も尋常じゃない】
【こんだけデカい図体してるくせに耐久力もあるとか、ズルだな。耐久力と言うより、回復力か……】
【しかしどうすりゃいいんだ、あの魔物。このまま攻撃を入れていれば、いつかは倒せる……のか?】
【さっきミズリーちゃんも言ってたけど、あのすぐ回復しちゃうやつは魔法の一種なのか? だとすれば人間の魔法使いと同様、魔力が枯渇するのを待つのが正解か?】
【しかし、あれだけの大型だと人間の常識が通用するのかは不明だが……】
【もはや吹き飛ばされていったアセルスに誰も興味を持っていない模様】
【そりゃそうだ。それよりも今は大剣オジサンの応援だ!】
【こんなんオレが戦ってたら10秒と持たない自信がある……】
【この魔物に立ち向かうのはほんとすげえよ】
配信を見ていたリスナーたちはニーズヘッグの脅威を感じ取りながらも、ゴーシュたちに信頼を寄せる。
その応援が何か具体的な解決をもたらすということはない。
しかし、それでもリスナーは自分たちの声を届けたかった。
「四神圓源流、《枯葉散水》――」
リスナーたちの声を受け、ゴーシュは駆ける。
ニーズヘッグに対する、高速の連撃。
それらは的確に対象を捉えたが、それでもニーズヘッグは倒れない。
「くっ、これでもダメか」
ゴーシュはニーズヘッグの反撃を上手く躱し、再び距離を取る。
今の攻撃を含め、相当な数の斬撃を浴びせたはずだが、ニーズヘッグの動きは鈍る兆候すら見せてくれなかった。
「ぜ、全然倒れる気配がありませんね……」
「巨大トカゲめ。すぐに回復するのずるい」
「かなり攻撃を与えたはずだが、今のところダメージ無しか……」
「でもでも、あっちの攻撃も凌げていますし、遠距離攻撃とかはしてこないようです。このままヒットアンドアウェイで戦えばいつか倒れてくれるんじゃ」
「そう願いたいが。……む」
ニーズヘッグから離れたところで言葉を交わしていたゴーシュが、その変化を感じ取る。
それまで暴れるように攻撃を繰り返していたニーズヘッグが、不意に動きを止めたのだ。
(今になって効いてきたか?)
ゴーシュは自然と考えたが、そうではなかった。
ニーズヘッグはゆったりと頭をもたげ、そして口を開けて牙を剥き出しにする。
咆哮するわけでもなく、その行為だけを見れば意図が不明だったが、ゴーシュは直感的にニーズヘッグの攻撃の気配を察知した。
「二人とも、横に飛ぶんだっ!」
「「――っ」」
突然血相を変えて叫んだゴーシュの声に従い、ミズリーとロコがその場から離れる。
ゴーシュも横に跳躍した、その直後だった。
――カァアアアアアア!!!
ゴーシュたちがいた場所に何かが着弾し、地面を大きく削る。
ニーズヘッグが大きく開いた口から黒い弾を飛ばしてきたのである。
「え、ええ!? 何ですかこれ!」
ミズリーが叫ぶのも束の間、ニーズヘッグはゴーシュたちに向けて新たな黒弾を射出する。
それはさながら、黒い火球のようだった。
その黒弾をまともに喰らえば無事に済まないであろうことは、着弾した箇所に大穴が空いていることを見れば明らかだ。
【なんだアレ!】
【遠距離からも攻撃してくるのかよ!】
【ゴーシュさんたち逃げてぇええ!】
【おいおい、これは喰らったらやばいぞ】
【とんでもない威力でござる……】
【ヤバいですわっ!】
【やっぱり魔法なのか? 人間でも火の玉を飛ばすような魔法使いがいるが、それと似てるっちゃ似てる】
【でもあれだけ高威力なやつを連発してくるとか聞いてない!】
【アセルスどこいった? 埋まったか?】
【さっき風圧で吹き飛んでいった】
【ざまぁw とか言ってる場合じゃないな……】
【あばばばば、こんなのが人里まで降りてきたらオシマイだぞ……】
【でも大剣オジサンたちもよく躱した!】
【絶対に初見殺しの攻撃だったぞ今】
【クックック。当たらなければどうということはない】
【とはいえキツいぞこれは】
【ああ。岩が崩れて逃げ場がなくなってきてる】
【くっ、何とかならんのか!】
【大丈夫です。ゴーシュさんなら、きっと――】
「ど、どどど、どうしましょう!? このまま避けていても生き埋めになっちゃいますよぅ!」
「ちょーやばい」
ミズリーとロコが狼狽し、ギリギリで黒弾を躱していく。
ニーズヘッグが黒弾を乱発してくるため、鍾乳洞の天井も崩壊しつつあった。
(確かにこの状態で長期戦は不利だ。なら、攻撃に転じるしかない)
ゴーシュもまた、飛んでくる黒弾を回避しつつ瞬時に思考を巡らせていた。
(圧倒的な回復力を持つ魔物。しかし、ニーズヘッグも生物であることに変わりはない。なら――)
そして次の一手を決め、ミズリーとロコに声をかける。
「ミズリー、ロコ。俺に任せてくれないか?」
「ゴーシュさん?」
回避行動を取りつつ、ゴーシュは端的な、しかし決意のこもった言葉を二人に告げた。
「次の一撃で、必ずニーズヘッグを仕留めてみせる――」