第54話 愚者の嫉妬
「よし。それじゃ、配信を開始するぞ」
「はい、準備オーケーです!」
「ばっちぐー」
朝――。
ロイや村人たちの声援を受け、モスリフの村を出立したゴーシュたちが配信を開始する。
これから魔物多発化の要因となっている黒封石の保護を行い、その存在を周知するためである。
「どうも皆さん、こんにちは。配信ギルド《黄金の太陽》です」
王都グラハムを出る前に告知をしていたこともあってか、ゴーシュがいつも通り挨拶をすると大勢のリスナーたちが集まりだす。
【キター!】
【こんにちは】
【ゴーシュのおじ様、来ましたわ!】
【今日は黒封石の保護が目的か。大剣オジサン、頼んます!】
【おお、自然豊かな場所だな。なんか新鮮】
【後ろに見えるのはモスリフの農地か】
【初期から大剣オジサンを追ってきた身としては感慨深いものがあるでございます】
【今回の配信は特に重要な回でござるな……】
【メルビスちゃんがこの配信を見た方が良いって言ってたんで見に来ました!】
【同じくー】
【なんかめっちゃ強い魔物が封印されてるってことですけど大丈夫です?】
【ゴーシュさんになら安心して任せられるさ】
【うーむ。今日の配信は特殊とはいえ、めっちゃ人多いな】
【クックック。みんな期待してる】
【オレのギルドも今日の配信は休みだ! みんなでゴーシュさんたちを応援するぞ!】
【ゴーシュさん、以前教育していただいたウェイスでぇっす! ボクの配信でも呼びかけしておきましたよ!】
【同時接続数:418,930】
歌姫メルビスを始めとして、多くの配信者が促している影響もあるだろう。
今回のゴーシュたちの配信は娯楽性の薄い、どちらかと言えば報道系の配信に近いといった感じの内容なのだが、多くのリスナーが訪れているようだ。
(メルビスや他のみんなも呼びかけてくれているのか。これは、期待に応えないとな)
ゴーシュはそんなリスナーたちのコメントを見て奮起した。
そして、事前の告知配信を見ていないリスナーのために、今回ギルド協会から請け負った任務について説明する。
黒封石やそこに封じられている魔物についての情報周知及び注意喚起。
今回は黒封石の保護が目的であり、それが達成できれば近頃多発化している魔物の発生を抑えることができるであろうこと、等々。
説明を終えたゴーシュたちは、《シナルス河》に沿って上流を目指し歩き始める。
――ギャァアアアアアス!!!
ほどなくして現れたのはドレッドワイバーンだ。
ゴーシュがいつぞや倒したフレイムドラゴンと同様、近頃モスリフの周辺に多発している魔物だった。
数は5体。
通常であれば交戦せずに逃げることを推奨される状況だったが、ゴーシュたちにとっては準備運動に過ぎない。
「ハッ――!」
「えいっ!」
「どっかん」
ゴーシュ、ミズリー、ロコの三人がそれぞれ剣や拳を振るうと、瞬く間に敵は殲滅された。
そして立て続けに現れた魔物を撃破しつつ、ゴーシュたちは上流への道を進んでいく。
【さすがすぎるw】
【めっちゃ魔物多い……。けど大剣オジサンたちにとっては朝飯前だぜ!】
【相変わらずの無双っぷりでござるな】
【キャー! ゴーシュのおじ様、素敵ですわ~!】
【クックック。三人とも頑張れ】
【この安心感よ】
【心配より面白いが勝つw】
【これはこのまま順調にいきそうだな。風呂入ってくる】
【↑フラグ立てるのやめなさいw】
【なんで空飛ぶワイバーンを苦もなく撃破できるんですかねぇ】
【大剣オジサン、この一件が終わったら講座配信お願いします!】
【しかし黒封石はまだ見つからないか】
【もっと上流の方にあるんだろうな】
【ゴーシュさんたち、頑張ってください。配信の成功を祈っております】
【同接50万超えた……!】
【同時接続数:509,338】
ゴーシュらが進み、魔物を討伐する度に同時接続数は増え、リスナーたちも熱の入ったコメントを流していく。
そうして少し時間が経過したところ、ゴーシュたちは河原の道から山道へと足を踏み入れていた。
「うーん。ありませんねぇ、黒封石。ギルド協会長さんに見せてもらった本によればけっこう大きい石のはずなんですが」
「とはいえ、方向は間違ってなさそうだな。次第に魔物の数も増えているし、より河に溶け出した魔力が濃くなっているんだろう」
「私、まだまだへっちゃら」
恐らくもっと上流にあるのだろうという認識を確認し、ゴーシュたちは頷き合った。
程なくして道と呼べるようなものも無くなり、傍を流れる《シナルス河》の川幅もいつしか細くなっていった。
そうしてどのくらい進んだだろうか。
不自然に集まっていた魔物の群れを退けると、その地面からは湧き水が溢れ出していた。
「これが《シナルス河》の源流、か?」
「あれ? 着いちゃいましたね? ここまでに黒封石らしきものは無かったようですが……」
「お水、ぽこぽこ湧いてるね」
どうやら河の水が流れ出る源の場所まで着いてしまったようだ。
しかし、これまでにゴーシュたちは目的である黒封石を見つけられていない。
「マズいな……。もし黒封石が地面に埋まっているんだとしたら、見つけるのが相当に難しいぞ」
どうするべきかとゴーシュは顎に手を当てて思考する。
ミズリーも同様に頭を悩ませていたが、その隣でロコが鼻をひくひくと動かしながらある方向を指差した。
「ししょー。あっちの方からかすかだけど匂いを感じる」
「え?」
「たぶん、何かある」
そう言って歩き出したロコをゴーシュとミズリーが追う。
すると――。
「これは……」
ゴーシュたちの目の前にはぽっかりと空いた洞穴が現れる。
ロコに確認したところ、どうやらこの洞穴の奥から匂いがしているようだ。
「中に、入るしかありませんよね」
ミズリーの言葉に頷き、中に入ろうとしたところで、ゴーシュは洞穴の入り口にあるものを見つける。
それはぬかるんだ地面にくっきりと浮かぶ、靴の跡だった。
(……人の、足跡だ。それもまだ新しい)
ゴーシュは二人にそのことを告げて、慎重に進むよう提案する。
中に足を踏み入れると、ゴツゴツとした岩がそこかしこに露出しており、奥から吹いてくる風もひどく冷たい。
洞穴はかなりの広さで、ゴーシュたち三人が並んで歩いても余裕があるほどだ。
天井からは先の尖った石が垂れ下がり、幻想的とも言える空間だった。
「天然の鍾乳洞か。モスリフ近くの山奥にこんなところがあるなんてな……」
「何だか光る石もちらほらありますねぇ。《青水晶の洞窟》とはまた違った感じです」
「きれーだけど気をつけて進まないとね。滑りやすそうだし、すってんころりしないように」
言葉を掛け合いながら進むゴーシュたちの先に何が待ち受けるのか、その様子をリスナーたちも息を呑んで見守る。
徐々に下る道を進み、右へ左へとうねりながら先へと。
――そうして開けた空間に出ると、そこには一人の男がいた。
「ゴーシュ、待ってたぜぇ! テメェへの恨み、今日ここで晴らさせてもらうからなぁ!」
巨大な黒い石の傍に立っていたのは、半年前にゴーシュを追い出した男――《炎天の大蛇》のギルド長、アセルス・ロービッシュだった。