第53話 ゴーシュとミズリーの夜
「この辺りも変わっていないな」
なかなか寝付くことができなかったゴーシュは、村の中を散策しながら独り言を呟く。
空には半分の月が浮かんでいて、夜のモスリフを静かに照らしていた。
一ヶ月。
ゴーシュがモスリフを出て、ミズリーと配信ギルドをやりながら過ごした時間だ。
まだ時間はそんなに経っていないのに、人生の中でも大きな割合を占めるほど濃い時間になっているとゴーシュは感じていた。
始めはメルビスのように、見ている人に何かを与えられるような配信をしたいと、漠然とした気持ちで始めたことだったが、今ではゴーシュの中でかけがえのないものになっている。
「ミズリーのおかげだな」
ゴーシュは心の内に浮かんだ感傷に応えるようにして、また独り言を呟く。
すると――。
「私がどうかしました?」
背後からかけられた声に驚き、ゴーシュは振り返る。
そこにはミズリーが立っていた。
「ミズリー、起きてきたのか?」
「はい。ゴーシュさんがいなかったもので、どこに行ったのかなーなんて」
「ちょっと寝付けなかったから散歩でもしようかと。もしかして起こしちゃったか?」
「あ、いえいえ、ふと目が覚めちゃっただけですから。むしろ私の方こそすみません。久々の故郷ですし、お一人の方が良かったかと思ったんですが、名前を呼ばれたような気がして、つい」
ミズリーが慌てたように手を振って、それに合わせて金の髪も揺れる。
ゴーシュはそんな様子がおかしくて、自然と笑みをこぼしていた。
「ミズリーも一緒に歩くか? 明日もあるし、少ししたら戻ろうと思うが」
ゴーシュとしては何気なく言った言葉。
しかしその言葉は当然と言うべきか、ミズリーに深く突き刺さる。
(こ、これはもしや……夜のお散歩デートというやつでは!?)
そんなことを考えるミズリーが、怪訝に思ったゴーシュが再び声をかけられて慌てるまで、いつも通りの流れだった。
***
「うわぁ……。すごくいい眺めですね」
村の外れまでやって来て、ミズリーが呟いた。
そこはちょうど高台にあり、眼下には広大な農地が広がっている。
爽やかな夜風に揺られる草木が月に照らされ、何とも幻想的な光景だった。
「あ、ここからゴーシュさんの畑も見えますね」
「この場所からの景色は俺も好きでな。気持ちが落ち込んだりした時なんかはよくここに来てたよ」
ゴーシュが目の前に広がる自然豊かな土地を見下ろしながら呟く。
ミズリーもまた、隣に立つゴーシュと同じ方向に視線を向けていた。
「あそこで私、初めてゴーシュさんとお会いしたんでしたね」
「ああ。あの時は驚いたよ。自分の配信をずっと見てくれていたニャオチンって人が、いきなり訪れたんだからな。しかも、俺を誘うために分厚い資料まで用意してくれて」
「ふふ。あの時はゴーシュさんの居場所が分かって、行動せずにはいられませんでしたから。それだけ一緒に配信をやりたいと思ったんですよね」
ミズリーらしい真っ直ぐな言葉を投げかけられて、ゴーシュは少し照れくさくなる。
「しかし、色んなことがあったもんだ。ミズリーと一緒に配信を始めて、メルビスがミズリーのお姉さんだと分かったり、今ではロコも一緒にやってくれて」
「本当に、激動の一ヶ月でしたね。でも、ゴーシュさんと私たちなら更にたくさんの人たちに喜んでもらえる配信ができますよ、きっと」
「ああ。そうできるように頑張らないとな。まだまだミズリーが企画してくれた配信もあるし」
「ギルドにも人がたくさん入ってほしいですねぇ。そうしたら今より色んなことができますし、もっともっと楽しくなるはずですから」
ミズリーが言って、ゴーシュに柔らかく微笑みかける。
月明かりのせいもあるだろうか。
金色の髪が夜風に舞い、純粋無垢な青い瞳が見上げてくるその様は、遠くまで広がる景色よりも輝いて見えた。
(本当に、君のおかげだよ。ミズリー)
ゴーシュはそんな思いを胸に、目の前で楽しげに笑う少女を見つめる。
そうして、ゴーシュとミズリーの二人の夜は更けていくのだった。





