第35話 大剣オジサンを訪れる謎の少女
「フンフーン。フンフフ~ン♪」
夜になって――。
《黄金の太陽》のギルド、その調理場でのこと。
料理配信の続きを行っていたミズリーが、楽しそうに鼻歌を歌いながらグレートボアの調理に取り掛かる。
エプロンに三角頭巾を身につけ、歌姫メルビスの新曲を歌うその様がリスナーたちに反響を与えないはずがなく、コメント欄は料理配信と思えない盛り上がりを見せていた。
【エプロン姿のミズリーちゃん、可愛すぎませんか?】
【尊い……。頭巾もめっちゃ似合ってる……】
【今帰宅しました。配信つけたら天使がいました。本当にありがとうございました】
【さっき危険度A級の魔物相手に剣を振っていた人とは思えませんね】
【歌ってるのはメルビスちゃんの新曲?】
【《シャルトローゼ》のレストランで聞いてたからかな?】
【ありがとう……ありがとう……】
「ミズリー、俺も何か手伝うぞ?」
「いえいえ、大丈夫です! ゴーシュさんにはグレートボアを仕留めていただいたんですから。料理は私に任せて、ゴーシュさんはテーブルでゆっくりしていてください」」
「そ、そうか……」
ミズリーにグイグイと背中を押され、ゴーシュは仕方なくテーブルの席につく。
ギルド協会が充てがってくれたおかげで、《黄金の太陽》のギルドはかなり広い。
少し前に買い出しに行った家具も届いて徐々に生活感が出てきたが、それでもまだゴーシュとミズリーの二人だけでは手に余っている感がある。
(そういえば、そろそろ新しいギルドメンバーを探しても良いのかもしれないなぁ)
ゴーシュは手持ち無沙汰な感じでギルド内を見回していた。
「じゃじゃーん! できましたー。グレートボアのお肉、完成ですー!」
順調に調理を終え、ミズリーが意気揚々とテーブルに肉料理を並べる。
程よく焼かれた肉に、彩りとして添えられた生野菜が良い塩梅の盛り付けとなっていて、ゴーシュは「おお」と声を漏らした。
【おおお、美味そう!】
【これは飯テロ】
【じゅるり……】
【ごめん。料理も凄いんだけど、エプロン姿でドヤ顔するミズリーちゃんが可愛すぎてお腹いっぱいです】
【ミズリーちゃんがミズリーちゃんしているだけだよ】
【ついにミズリーちゃんが動詞にw】
配信を見ているリスナーの反応も良好なようで、ミズリーは腰に手を当てて鼻を高くする。
「ふふーん。どうですか? けっこう上手く作れた自信作ですよ!」
「いやぁ、ほんとに美味しそうだ。お疲れ様、ミズリー」
「いえいえ。あ、ちなみにリスナーの皆さん、お野菜はゴーシュさんが家庭菜園で育てているものなんですよ。みずみずしくて新鮮ですよね!」
「あ、そうだね。モスリフから苗をいくつか持ってきたんで、育ててるんです。ちょっと早いものもあるけどせっかくだし料理に使ってもらいました」
【大剣オジサン、そういえば元農家だったw】
【野菜も美味そう】
【大剣オジサンの育てた野菜食べてみたい!】
【ゴーシュさん、意外と家庭的なのねw】
【そんなおじ様も素敵ですわ!】
自分の育てた野菜を褒められるというのは嬉しいものだ。
ゴーシュがデレデレとして頭を掻くと、リスナーたちの何人かから「乙女かよw」というツッコミが入る。
【しかし、ミズリーちゃんって料理できたんだな】
【それ驚きだよな。鍋とか爆発させるタイプだと思ってたわ】
【オレも】
【私もー】
「なっ!? 酷いですよぅ皆さん……」
【だってなぁ。いつもドジしてるし?】
【それなw】
【わかりみw】
「くっ……! 否定できないのがつらい……!」
「まあまあミズリー。俺はミズリーの作ってくれる料理、好きだぞ」
リスナーのコメントに肩を落としたミズリーだったが、ゴーシュの言葉に顔を跳ね上げる。
ゴーシュは何気なく口にした言葉だったが、ミズリーはその言葉を心の奥に深く刻み込んだ。特に後半、最後の部分を。
「ふ……ふへ。お、お世辞でも、そう言ってくれると嬉しいですね」
ミズリーは自分の顔を見せないように背中を見せ、それでも変な声が漏れ出ていた。
「お世辞なんかじゃないさ。俺を誘ってくれたこともそうだけど、本当に、いつも感謝してるよ。ありがとうな」
「ゴーシュさん……」
そんな二人の初々しいやり取りに、リスナーたちも胸を打たれる。
そして、「ご夫婦ですか?」というコメントが数多く流れていった。
【同時接続数:101,689 ※おめでとうございます。料理系ジャンルでの歴代1位を達成しました。】
***
「しかし、このギルドも二人だけだとだいぶ手に余ってるよなぁ」
食事を終え、配信も切り終えた後でゴーシュが紅茶の入ったカップに口を付けながら呟いた。
ゴーシュの向かいに座っていたミズリーも同じように紅茶を啜り、言葉を返す。
「そうですねぇ。確かに配信もたくさんの人が見てくれるようになってきましたし、新しい人を探しても良いのかもですね」
「ああ。もちろん誰でもってわけにはいかないだろうけど、一緒にやってくれる人がいたら配信の幅も広がりそうだよな」
「ま、まあ? 私はゴーシュさんともう少し二人きりでも良いかなぁ、なんて思ったりしますが?」
「はは。この件はまたおいおい考えていこうか。そんなにすぐ良い人が見つかるとも限らないし」
ゴーシュが言って、再び紅茶のカップに口をつける。
と、その時だった。
「たのもー」
変な掛け声とともに、ギルドの入り口がノックされた。
その声に反応したゴーシュとミズリーは、互いに顔を見合わせる。
「たのもー」
もう一度変な掛け声。
「これは、女の子の声?」
「誰でしょうね? こんな夜なのに」
訝しがりながらも、ゴーシュは席を立ち、入り口の方へと向かった。
――そして、扉を開ける。
「はいはい、どちら様? って、うぉ!?」
「ししょー! やっと会えたっ!」
ゴーシュは突然、何かに体当たりをくらったのかと錯覚した。
いや、体当たりではなく、小柄な少女が腰のあたりに抱きついてきたのだと認識するまでに少し時間がかかる。
「ご、ゴーシュさん? その子は?」
「さ、さぁ……?」
ゴーシュは少女を抱きとめ、後ろに倒れないよう踏ん張る。
その少女は謎に巨大なバックを背負っていて、感じた重さはこれのせいかとゴーシュは理解した。
しかし、少女の外見で特徴的だったのはもっと別の部分だ。
(これは……)
その少女の頭から生えていたのは獣の耳。
そして腰とバックの間からはみ出て、楽しげに揺れていたのはフサフサの尻尾。
それは、人並み外れた怪力を持つとされる獣人族の外見そのものだった。