第31話 大剣オジサンの鉄槌
「何だよ、お前も来ていたのか。というか、何しに出てきやがった」
騒動の最中に割り込んできたゴーシュを、アセルスは鬱陶しそうに睨めつけた。
混乱していた客たちの騒ぎもピタリと収まり、今は突如として現れた中年の男性に注目を注いでいる。
「……」
そしてそれは、壇上で事の成り行きを見守っていた歌姫、メルビスも同様だった。
【あれは、大剣オジサン!?】
【な? だからさっき映ったって言っただろ?】
【さすがに今日は大剣背負ってないかw】
【そりゃそうだw】
【あ、ミズリーちゃんもいる】
【ほんとだ。ドレス姿、めちゃくちゃ可愛いんだが】
【大剣オジサンの正装も良い!】
【結婚式か何かですか?】
【お前ら、はしゃいでる場合かよ。今は毒の骨が混入してたって騒ぎの方が……ってミズリーちゃん可愛いいいいいい!!! ゴーシュさんイケおじいいいいいい!】
【↑お前も十分はしゃいでんじゃねえかw】
【でも確かに今は異物混入してたって話が気になるな】
【何で大剣オジサンは出てきた?】
【ざわ……ざわ……】
フェアリー・チューブの配信を通してゴーシュの登場を見ていたリスナーたちも一斉に反応を示し、野次馬的な盛り上がりをみせる。
「お前みたいな奴がこんな所に来れるなんてな。一体どんな運に恵まれたんだか知らねえが、今は忙しいんだ。すっ込んでろよ」
「アセルス。その骨を見せてくれ」
「お、おいっ!」
投げかけられた挑発的な言葉には取り合わず、ゴーシュはアセルスが持っていた黒い骨を掠め取った。
「……」
アセルスが猛毒を持つベノムスコーピオンの骨だと主張するそれを、ゴーシュはまじまじと観察する。
そして、何かに集中するようにして座っている《炎天の大蛇》のギルドメンバー、プリムを一瞥した後、体の不調を訴えている客たちに視線を向けた。
(やはりな……)
ゴーシュは理解する。
この騒動が全て、アセルスの仕組んだ裏工作の仕業であると。
先程、アセルスが騒動を引き起こした際、ゴーシュは違和感を覚えていた。
黒い骨が入っていたと騒いでいたのも、不調を訴えたのも、アセルスの周囲にいる客たちだけだったからだ。
ゴーシュはミズリーと視線を交わし、そして頷く。
二人の間で意思疎通を図るにはそれで十分だった。
「アセルス。こんなやり方で注目を集めたいのか?」
「な、何だと?」
「支配人さん。この黒い骨はベノムスコーピオンのものではありません。恐らく、小型の獣の骨を削り、黒く染めるなどしたものでしょう」
「な、なんと……」
「ハァッ!? お前、何言ってやがる!」
ゴーシュが言い放った言葉に、支配人のグルドも、アセルスも、そして周りの客たちも一様に驚愕の表情を浮かべる。
ただ二人、ミズリーとメルビスを除いて。
「て、適当なこと言ってんじゃねえぞ、ゴーシュ! 何でテメェにそんなことが分かる!?」
「……ベノムスコーピオンって、雨季になると田舎ではよく見かけるんだよ。特に、畑とかでな」
「は? 何を言って……」
まさか、アセルスにギルドを解雇され、田舎で農家をやっていた頃の知識がこんなところで役に立つとはなと、ゴーシュは畑を遺してくれた両親に感謝した。
アセルスにとっては、まさしく皮肉めいた因果ではあったが。
「まず、ベノムスコーピオンの骨はこんなに黒々としちゃいない。もっと透けたような色をしているんだ」
「す、透けた……?」
「ああ。こうやって、光にかざすとよく分かる。ベノムスコーピオンの骨なら、向こう側がうっすらと透けるはずだ」
ゴーシュは、メルビスのちょうど頭上にあるシャンデリアに向けて、黒い骨をかざした。
料理に黒い骨が入っていたという他の客たちもそれに倣う。
すると――。
「す、透けないぞ……!」
「ええ、私も同じです!」
「つまりこの骨はベノムスコーピオンの骨じゃないということか?」
どういうことだ、と。
客たちの視線は自然と騒動の発端となる発言をしたアセルスの方へと向く。
「いや……。いやいやいや、おかしいじゃねえか!」
「おかしい?」
「だってそうだろ! その骨がベノムスコーピオンの骨じゃねえっていうなら、苦しんでる客たちは何なんだ! 実際に被害が出てんだぞ!」
「ああ、それなら……。ミズリー、頼む」
アセルスの狼狽を気にすることなく、ゴーシュは後ろにいたミズリーに声をかける。
その声を合図として、ミズリーは瞬時にある人物の背後へと移動する。
「ち、ちょっと、何するのよっ!?」
「はい、観念してくださいね」
ミズリーが腕を捻り上げるようにして鎮圧したのは、アセルスと同卓していたプリムだった。
「ゴーシュさんから聞きましたよ。貴方が《炎天の大蛇》のギルドの中では珍しい、魔法の使い手だってこと。他人の動きを鈍らせたりとか、あと――毒をかけるとか」
「そ、それは……」
「それから、これも知ってます。魔法は集中が乱れると使えなくなるんですよね? ちょっとすみませんけど、よっ、と」
「い、痛っ!」
ミズリーがプリムに対し関節を極めると、ある変化が起こった。
「これは……。体が急に楽になったぞ」
「ほ、ほんとですわ。気持ち悪かったのが嘘のように消えましたわ!」
それまで苦しそうにしていた客たちが、何かから解放されたかのように自分の体をみやっていたのである。
「くっ……」
そして、アセルスが動揺した隙をゴーシュは見逃さなかった。
アセルスが無意識に隠そうとした左胸の内ポケットに手を伸ばし、その「中身」を掴み取ったのだ。
「そ、それは――」
手には小さな麻袋が握られており、ゴーシュはその包みを広げていく。
そこには料理に混入していたのと同じ、小さな黒い骨が大量に入っていた。
「メルビスの歌に他の客たちが夢中になっている隙に、自分や他の客の料理に持ち込んだ黒い骨を混入させた。そして騒ぎを起こし、頃合いを見計らって周囲の客たちにプリムの魔法をかけるよう命じた。そういうことだろう、アセルス?」
「あ……が……」
企みを暴かれたアセルスが後ずさる。
その顔は分かりやすく青ざめていた。
【これ、アセルスって奴が自作自演してたってこと?】
【そういうことだろうな。大剣オジサンが説明した通りだ】
【最低ですね】
【単なるクレーマーやん】
【クレーマーで済むか? 店への営業妨害、名誉毀損、他の客への傷害行為ってやばいだろ】
【お前ら騙されかけてたけどな】
【だ、だ、騙されてなんかねえし!】
【擁護する言葉が見つからないッス……】
【ゴーシュさん、よく気づいたな】
【そういえば忘れてたけど、この人、元農家なんだよなw】
【とりあえずお客さんたちも解放されたようで何より】
【ミズリーちゃんもグッジョブ!】
フェアリー・チューブのリスナーたちも事情を飲み込み、ゴーシュには称賛が、そしてアセルスには敵意が向けられる。
「アセルス殿、これはどういうことですかな?」
支配人のグルドが冷ややかな声をアセルスにかけるが、アセルスは言葉を返すことができない。
「アセルス殿。ご説明を」
「く……く……」
「ご説明を!」
追い詰められたアセルスは咄嗟の弁解も思いつかず、そして極めて浅はかな結論を出した。
即ち、その場から逃げるという結論である。
「どけぇっ! ゴーシュ!」
行く手に立ちはだかるゴーシュに対し、アセルスは殴りかかろうとする。
「……」
その時、ゴーシュは珍しく静かな怒りを抱いていた。
メルビスの素晴らしい歌唱配信を、このような騒動で汚したからというだけではない。
己の利得のためだけに他人を害するという行為と、その考え方が許せなかった。
「フッ――」
「ガ、ハァッ……!?」
ゴーシュが土手っ腹に拳をそっと添えると、アセルスは呻き声を上げて膝をつく。
四神圓源流、《竜鎚》――。
対象に体の一部を押し付けた状態で力を発揮する、当身技の一種である。
アセルスは内臓をひっくり返されたかのような衝撃を受け、悶絶した。
「やった! さっすがゴーシュさんです!」
ミズリーの言葉に端を発し、客たちからも歓声が上がる。
衆目の中で膝をつき、腹を抱えるアセルス。
アセルスはその状態でゴーシュを見上げた。
「う……ぁ……」
これが、自分が無能だと断じてクビを宣言した男か? と。
そんな馬鹿な、と。
アセルスの脳裏を様々な考えがよぎるが、すぐに言葉に出すことができない。
そして――。
「……」
一部始終を見ていたメルビスが、ゴーシュを見てわずかに。けれどはっきりと微笑んでいた。





