第29話 叫ぶ男
「皆様、ご清聴くださりありがとうございました」
きらびやかなシャンデリアの光が降り注ぐ、《シャルトローゼ》の壇上にて。
歌を歌い終えたメルビスが聴衆にむけて頭を下げた。
そして、メルビスの言葉が合図となって客席からは万雷の喝采が起きる。
それは止まっていた時間が動き出したかのようだった。
微精霊の配信を通してメルビスの歌を聴いていたフェアリー・チューブのリスナーたちも、興奮冷めやらぬといった様子で思い思いのコメントを打ち込んでいく。
【メルビスちゃんの新曲、聴けて良かった】
【控えめに言って最高だったわ】
【わかる。嫌なこと忘れられるよね!】
【今日職場の上司に理不尽なこと言われてムカついてたけど、どうでも良くなったわ】
【同接数130万超えだってよw】
【すごすぎるw】
【メルビスちゃんと同じ時代に生まれたことに感謝】
【はぁ。同性の私から見てもカッコ良すぎるなぁ】
【会場の雰囲気も良かったよな】
【分かる。オレも行ってみたいわ】
【おいそれと行ける場所じゃないけどな】
【店も良かったけど、何よりメルビスちゃんの歌を生で聴いてみたい】
【↑ほんとそれ】
【そういえば俺、握手会のチケット当たったわ】
【↑マジかよ……。羨ましすぎる】
【↑↑久々に、キレちまったよ……】
【今後メルビスちゃんみたいな配信者は数十年出てこないだろうなー】
【↑大剣オジサンとミズリーちゃんがいるぞ】
【《黄金の太陽》ってギルドだっけ? この前のS級ダンジョン攻略配信すさまじかったもんな】
【あそこは確かに伸びるわ】
【メルビスちゃんと競ったらそれは凄いなw】
【ちょっと待って、今画面の端に大剣オジサン映らなかった?】
【マジ? もしかして会場に行ってるのか?】
【ミズリーちゃんと行ってるんじゃない?】
【ミズリーちゃんから誘ったと推測】
【見間違いじゃね? ミズリーちゃん、酒とか飲めないだろw】
【あの可愛い見た目で酒豪だったりしてなw】
【そのギャップは推せる】
フェアリー・チューブのリスナーたちはそんなコメントを残し、メルビスの歌唱の余韻に浸っていた。
そうして、ゴーシュは壇上のメルビスに拍手を送っていると、ミズリーから声がかかる。
「やっぱりお姉ちゃんは凄いですね」
「ああ。感動したよ。俺たちも負けていられないな」
前を向いたまま、ゴーシュはミズリーの言葉にそう返した。
それはゴーシュにとって何気ない言葉だったが、それを聞いたミズリーは一瞬きょとんとした後、とても楽しそうに笑う。
「どうした? そんなに笑って」
「いえ、何でもありません。……そうですね、負けていられませんね。ふふふ」
「何だ、気になるじゃないか」
メルビスの圧倒的な歌唱を聞いて、そして同接数130万超えという注目度の高さを目の当たりにして、「負けていられない」などという感想を持つ者はこの世界にどれくらいいるだろうか?
メルビスを単なる畏怖の対象としてではなく、一人のよきライバルとして見ているゴーシュの真っ直ぐな発言が、ミズリーには嬉しくもあり、とても頼もしく感じたのだ。
「ゴーシュさん」
「ん?」
「また来ましょうね、このお店」
だからミズリーは感謝の念を込めてゴーシュに告げる。
そして、メルビスの歌唱に彩られた二人の時間はゆっくりと終わりに近づく。
――かに思えた。
壇上にいたメルビスが微精霊との交信を解除し、その日の配信を終えようとした時のことだ。
「おいおい! 何だこの料理は! ここの店はこんな危ねえモンを客に提供してるのかよ!」
多数ある客席の中の一つから声が上がる。
他の客たちが何だ何だと騒ぎ始め、ゴーシュとミズリーも自然とその騒ぎの中心へと視線を向けた。
「あれ? ゴーシュさん、あの人って……」
「え……」
ゴーシュがそこにいた人物を見て、目を見開く。
「お客様、いかがなさいましたか?」
「おう、店員さんよぅ。この肉料理にコレが入ってたんだよ」
「こ、これは……」
「この黒い骨、猛毒を持つ『ベノムスコーピオン』のものに違いねえよな? 歌姫メルビスが来るような名店が、こんな異物混入をするなんてなぁ! 大問題だぞこれは!」
そうやって場違いな大声で叫んでいたのは、半年前にゴーシュを追放した《炎天の大蛇》のギルド長――アセルス・ロービッシュだった。





