第26話 歌姫メルビス登場
「ようこそ、《シャルトローゼ》へ。チケットを拝見いたします」
王都随一の高級レストラン、シャルトローゼのエントランスでゴーシュたちは受付を済ませ、店内へと案内される。
「ふわぁ……」
光沢感ある大理石が敷き詰められたロビーに辿り着くと、ミズリーが思わず声を漏らす。
趣のある調度品や高い吹き抜けの天井、ピアノや弦楽器の奏でる優雅な音楽、彩り豊かな観葉植物などなど。
見事なまでに非日常的な空間が演出され、恋人同士で使われることが多いのも納得だなとゴーシュも感嘆する。
まだ開店直後ということもあってか、ロビーに他の客の姿は見えなかった。
店員によれば、食事の準備ができるまでもう少しかかるとのことで、ゴーシュは高い天井を見上げて一つ息をつく。
「ミズリーじゃないか」
と――。
《シャルトローゼ》の高貴な空間にあってなお、圧倒的な存在感を感じさせる声がゴーシュたちの背後から響いた。
「――っ」
ゴーシュが振り返ると、そこに立っていたのは青髪の女性だった。
歳はミズリーよりやや上だろうか。
その女性は黒のドレス服を身に纏い立っているだけなのにも関わらず、見た者を釘付けにさせる不思議なオーラがあった。
特に印象的なのは瞳だ。
蒼く輝く宝石を思わせるようなその色は、ゴーシュの隣に立つミズリーの瞳と同色だった。
「あ、お姉ちゃん」
ミズリーは声をかけてきた女性を見ると嬉しそうに笑顔を浮かべる。
――そう。
ゴーシュの目に写ったのは、ミズリーの姉であり、現在の配信業界においてトップと評される、稀代の歌姫――メルビスの姿だった。
「お姉ちゃん、久しぶり」
「ああ、久しぶり。悪いな、最近はあまり会ってやれなくて」
「ううん、仕方ないよ。配信で忙しいだろうし。今日もここで歌うってさっき知ってびっくりしちゃった」
普段の敬語口調ではなく、フランクに接するミズリーを見て、ゴーシュは「ああ、本当に姉妹なんだな」と思わされる。
ゴーシュ自身、メルビスの姿は配信で何度も目にしたことがあるが、実際に目の前にするとその姿に息を呑んでしまう。
姉妹二人とも容姿が端麗であることには間違いないが、天真爛漫、純真無垢を地で行くミズリーに対し、メルビスは高貴さやカリスマ性を持った女性、という印象だ。
研ぎ澄まされた氷のように美しい、それでいて凛とした雰囲気がある。
「で、どうしてミズリーがこんな所にいるんだ? それに、そちらの男性は?」
「ああ、えっとね――」
ミズリーが身振り手振りを交えてここに来た経緯を説明していく。
合わせてゴーシュのことも紹介しているらしく、ミズリーはとても楽しげに話していた。
何故か度々、説明の途中でドヤ顔が混ざっていたが……。
久しぶりの姉妹の再会に水を刺すのも野暮だろうと考え、ゴーシュは置物のようにじっとしていたのだが、ミズリーの話を聞き終えたメルビスが近づいてきて、唐突に頭を下げられる。
「貴方がゴーシュさんでしたか。実際にお会いできて光栄です」
「え? えっと、俺のことを知っているのか?」
「はい。以前、ミズリーから話を聞いたことがあります。何でも――」
メルビスはそこでミズリーの方をチラリと見やり、笑みを向けた。
対するミズリーは何故かハラハラと落ち着かない様子だ。
「何でも、とんでもない武術の達人を見つけたのだとか言って、楽しげな様子で私に語ってくれました」
その言葉を聞いたミズリーが今度はほっと胸を撫で下ろす。
そんなミズリーを見たメルビスは、悪戯が上手くいった子供のように微笑みを浮かべた。
(今の二人の反応、何なんだろうな……)
ゴーシュはわけも分からず困惑するが、それも無理はない。
ミズリーがゴーシュのことをどう伝えていたかという点について、正しくは、
――「とってもすごい人を配信で見つけた」から始まり、
――「配信を追いかけていたら人柄も良くて、おまけに謙虚で素敵な人だった」となり、
――「それでいてとっても強くてたくましい」
――「何とかお近づきになりたい」
――「きっといつかあの人は日の目を浴びる」
――「その時に私もあの人の隣に立って一緒に配信をできるように、剣を学びたい」
という感じだったのだが、さすがにその全てを語られては恥ずかしすぎると、ミズリーは慌てふためき、メルビスはそれをからかっていたわけだ。
「と、ご挨拶が遅れすみません。私はメルビス・アローニャと申します。普段は歌の配信などを多く行っています」
「あ、ああ。もちろん知っているよ」
メルビスが自然と手を差し出してきたため、ゴーシュも思わずその手を取り握手を交わす。
ちなみに、歌姫メルビスとの握手といえば、その機会に恵まれる者は稀である。
ファン向けの、抽選倍率激高な握手会というイベントの席を勝ち取ることができた者にのみ与えられる権利なのだ。
今のゴーシュをメルビスのファンが見たら嫉妬で叫ぶ者もいるかもしれないが、幸いにもそんなことにはならなかった。
「メルビスさん。そろそろこちらへお越しください」
「あ、はい。今行きます」
《シャルトローゼ》の店員に呼びかけられ、メルビスはすっとゴーシュから距離を取る。
「もう少しお話したかったのですが、残念です」
「いや、わざわざ挨拶してくれてありがとう」
「ふふ」
「……?」
メルビスは口に手を当てて笑みを零す。
何かおかしなことを言っただろうかと、ゴーシュは怪訝な顔を浮かべた。
「何と言いますか、妹が言っていた通りの方だなぁと」
「え?」
「ああいえ、お気になさらず。それより、今日は私も歌を添えさせていただきます。ぜひ楽しんでいってください、ゴーシュさん」
「あ、ああ」
「ミズリーも、またな」
「うん。頑張ってね、お姉ちゃん!」
メルビスはゴーシュに一礼をすると、店員の案内で控室の方へと足を向ける。
(何だか、あのメルビスとあんな風に会話するだなんて、あんまり現実味がないな……)
去っていくメルビスにミズリーが手を振っているのを見ながら、ゴーシュはそんなことを考えていた。
●あとがき
ずっと語られていた歌姫メルビスがここで登場です(^^)
今後、どういう風にゴーシュたちと関わっていくのか、ぜひご注目くださいませ。





