第23話 大剣オジサン、デートに誘われる
ゴーシュとミズリーの視線の先に立っていた人物。
それは赤い長髪の男性だった。
確か、ギルドの立ち上げ手続きの時に出くわし、ミズリーをナンパしようとしたウェイスという若者だなとゴーシュは思い当たる。
ウェイスは配信を終えたところらしく、微精霊との交信を切断すると口の端を上げて笑っていた。
「フフフ、あれから同接数増えたなぁ。なかなかミズリーちゃん以上のコがいないのは悩みどころだけど。……ん? あ、あれは、ミズリーちゃん!」
と、ウェイスがミズリーの姿を見つけ、駆け寄ってくる。
「まさかこんなところで出会えるとは、神様の思し召しだ! いや、ミズリーちゃん自身が女神なんだからそれはないか! なんちゃって! ハハハ!」
「さて、それじゃあ帰りましょうか、ゴーシュさん」
ウェイスが軽薄そうな言葉を並べたところ、ミズリーはゴーシュの腕を取って反対方向に歩き出そうとした。
「ああ、待ってくれ! 今日はナンパ目的とかじゃないんだ! ただ一言お礼を言いたくて!」
「お礼? ミズリーにかい?」
「おおぅ、ゴーシュさんも一緒でしたか……。いつぞやは大変お世話になりました」
ゴーシュが声をかけると、ウェイスは顔を引きつらせながら後退りした。
「あれ? チャラ男さん、ゴーシュさんの名前知ってるんですか? 前は悪人呼ばわりまでしてたのに」
「そ、そりゃあね……。あのS級ダンジョン攻略配信、ボクも見てたから。それに、ゴーシュさんにはボコボコに負けた後でミズリーちゃんと一緒にいた事情を聞いたし」
「君、あの後大丈夫だったかい?」
「は、はい。それはもう……。あの時はボクが間違っていました……。というか、ボクなんかがゴーシュさんに戦いを挑んだこと自体が恐れ多いことでした……」
分かりやすく怯えきったウェイスに、ゴーシュはどう反応したものかと頬を掻く。
どうやらこの間、ゴーシュに決闘で負かされた時のことがトラウマになっているらしい。
「それで、ミズリーにお礼というのは?」
「そ、そうそう。ミズリーちゃんが配信に出てくれてからというもの、ボクの配信のリスナーがすごく増えてね。今度会うことがあればお礼を言いたいと思ってたんだよ。いやぁミズリーちゃん、本当にありがとう!」
「ドウイタシマシテー」
にっこりと笑ったウェイスに対し、ミズリーは棒読み極まりない声で答える。
ミズリーが配信に出たというよりもウェイスが勝手にナンパしてきたのだが、そのことを指摘するのも面倒なのでそのままにしておいた。
間に挟まれたゴーシュは余計に対応に悩んでいたが、あることを思い出し、ウェイスに声をかける。
「あ、そうだ。この間の決闘の後、これを落としていったよな?」
ゴーシュが取り出したのは2枚のチケット。
先日、ウェイスがミズリーをナンパする際にチラつかせていた高級レストランのチケットである。
「あ……。確かにボクのですね」
「良かった。これ、会ったら返そうと思っていたんだ」
「……」
ゴーシュはチケットを差し出したが、ウェイスは何故か受け取ろうとしない。
チケットを差し出したゴーシュの顔を見上げるばかりだ。
ゴーシュとしては何気ない、当たり前の行為。
しかしその時、ウェイスは感動していた。
自分に難癖を付けてきた相手が落としていったものなのに、使おうともせず返すという。
そればかりか、ウェイスに返せる機会に恵まれたことを心から喜んでいるらしい。
ウェイスはそういったゴーシュの器の大きさに胸を打たれていたのだ。
と同時に、ウェイスはあることを決めて、ゴーシュの申し出を手で制した。
「いえ、それはゴーシュさんとミズリーちゃんに差し上げます」
「え? 良いのかい?」
「はい。勝手に決闘を申し出た迷惑料だとでも思ってもらえれば」
「そ、そうか。何というか、ありがとう」
「いえ。ゴーシュさんとミズリーちゃんに使ってもらえるならそのチケットも本望でしょうからね。あ、またお二人の配信、楽しみにしていますよ」
***
「貰っちゃったな……」
ウェイスが去った後で、ゴーシュの手には2枚のチケットが握られていた。
そのチケットを見るに、王都に住むものであれば誰もが知っている高級レストランのものらしい。
「コレ、どうしようか?」
「そ、そうですね」
チケットを貰ったはいいものの、ゴーシュはどうしたものかと戸惑っていた。そしてミズリーは隣でソワソワとしながらチケットを覗き込んでいる。
二人がそんな風に落ち着かない様子なのにはワケがある。
そのレストランは主に親密な男女が使用することで有名な場所なのだ。
――もっと有り体に言えば、カップルがデートで使う場所なのである。
(チャラ男さん、ナイスです!)
ミズリーは歓喜しつつ、ゴーシュに声をかける。
「う、うーん。あのチャラ男さんは二人にって言ってくれましたし? ここは私とゴーシュさんで行くのが良いですね。うん、そうしましょう」
「え? 良いのか、俺とで?」
「はい、もちろん!」
ミズリーが鼻息を荒くして喜んでいるのを見て、ゴーシュは納得する。
(まあ確かに、なかなか行けない高級レストランだしな。ミズリーも行ってみたいんだろう。さすがに一人で行くのは気まずいだろうし)
そんな風に、勘違いしながら。
「そうだな。せっかくだし、使わせてもらおうか。あの若者には感謝しないとな」
「はい!」
ミズリーがゴーシュに見えないようにガッツポーズして、満面の笑みを浮かべる。
(そういえばこのレストラン。あの若者が言うには、歌姫メルビスが歌いに来ることもあるレストランなんだっけ……?)
ゴーシュはチケットを懐に仕舞いつつ、そんなことを思い出していた。





