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聖弾の祓魔師《エクソシスト》- 荒野の教会篇  作者: 伊藤 薫
第1章:遺跡へ
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[6]

「どうしたんですか?一体、何が・・・」


 アンはギデオンのそばに立った。眼の前に広がる浅い窪地に何列もの白い石の十字架がずらりと並んでいた。数百はありそうだ。ギデオンは帽子をかぶり直した。アンは生唾を飲み込んだ。


「ここで何があったんだ、ムティカ?」ギデオンは言った。


「疫病です」


 ムティカは低い声で答えた。


「50年前、この谷の村落は疫病で全滅したんです」


「どのくらい、死んだ?」


「全員です」


「もうトラックに戻りましょうよ」アンは言った。「その、資材も積んでるし・・・」


 ムティカはうなづいた。


「村の人間が資材を盗むかもしれないってことですか。まあ心配はごもっとも。最近はみんな貧しいからですね」


 立ち去り際、ギデオンはアンに最期の秘跡をするようにと言った。アンは落ち着いた口調で答えた。


「あなたは今でも神父でしょう?」


「ぼくはもう神父ではないよ」


「今まで、修道士の誓願を破ったことはありますか?」


「いや・・・教会には行ってないが」


「枢機卿に辞表を提出されましたか?教皇に、平信徒になりたいと願い出たことは?」


「・・・」


「では、神と教会の眼から見れば、あなたは今でも神父ですわ」


 ギデオンはアンの態度にイライラし始めていた。


「シスター・アン、あなたがいくら理屈をこね回しても、ぼくを説得することは出来ないよ。神と教会は・・・」


 ギデオンは不意にその先が言えなくなった。過去の記憶についた古傷がずきずきと疼きだし、どくどくと血を流し始めていた。


「神と教会は、何です?」


「何でもない。とにかく、ぼくは神父じゃないんだ。だから、周りにぼくが神父だというのはやめてもらいたい」


 3人はトラックに戻った。ヒッチハイカーたちは雄牛を切り分けている男たちの周りに集まっていた。蠅がすでに分厚い雲のように群がっている。年配の男が子どもたちに大きな葉っぱを手渡して、蠅を追い払うように指示している。異国の言葉と怒ったような蠅の羽音が3人の耳に渦巻いた。


 ムティカが何回かエンジンをかけ、ローヴァーはやっとのことで息を吹き返した。ギデオンとアンが乗り込み、車は村の敷地内に入って行った。


 デラチはさびれた田舎町だった。村の外縁を囲んでいる泥壁に藁葺き屋根の家並みを過ぎると、レンガと漆喰を使った建物が軒を連ねている。2台の車は徐行しながら、町の広場に向かった。メインストリートにかつて金鉱夫やエメリア人で賑わっていたレストランやパブが並んでいる。今は訪ねる客もない。


 ローヴァーが止まる。ギデオンは地面に降り立ち、身体を伸ばした。3日ぶりに跳んだり撥ねたりしないところに立てるのがありがたかった。小さな古ぼけた2つのスーツケースを手に取る。もはや聖職者として清貧に身を尽くす立場でもなかったが、戦後から今まで各地を放浪したおかげで、金回りがよかったためしはなかった。


 その時、眼の前の建物から白人の女性がタオルで両手を拭きながら出てきた。肩まで伸ばした黒髪を束ねている。白衣を着て、首に聴診器をかけている。その容姿を見た途端、ギデオンはショックで身体が凍りついた。


―姉さん!


 女性はギデオンとアンに軽く会釈した後、まっすぐムティカに歩み寄った。


「おかえりなさい。荷物は?」


「トラックに積んであります。全部そろってますよ。ジョセフ、ドクターの荷物を運んでくれ」


 女性の後ろから、現地人の少年が顔を出した。7、8歳といったところか。茶色の癖毛に細い腕。まじめな顔つきをしている。ジョセフと呼ばれた少年はうなづき、トラックの荷台に走って行った。

どうやら女性から自己紹介してくれそうにないので、ギデオンはスーツケースを下ろして前に進み出たが、先に手を差し出したのはアンだった。


「アン・マコーミックです。シスター・アンと呼んでください。こちらは・・・」


「ギデオン・ローレンスです」


「ドクターのヘレーネ・ノイマンです」


 ヘレーネは2人にそれぞれ握手した。


「女医さんですか?」


 アンは驚きを隠さずに言った。


「ええ。ちゃんと医大を出ましたし、専門は内科です」


「これは失礼しました」


「発掘の引き継ぎにいらしたんですか、シスター・アン?」


「いえ、私は教会の代表でして。発掘は・・・」


 ギデオンはその先を言わせなかった。


「ぼくはシスター・アンの助手なんです」


「なるほど。ムティカ、私宛に手紙はあった?」


 ムティカは胸ポケットから1通の封書を取り出してヘレーネに手渡した後、ギデオンとアンに言った。


「デラチにホテルは1軒しかありません。そこで食事もできます。こちらです」


 ギデオンはヘレーネに失礼という風に視線を送った。ヘレーネは無表情だった。まだギデオンに対する評価は定まっていない様子だった。少なくとも嫌われたということは無さそうだ。なぜか、それがとても大事なことに思われる。スーツケースを手にムティカを追っていくと、アンもスーツケースを2つ提げて続いた。1つはやけに重そうだ。辞書か何かでも、詰め込んできたのか。

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