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聖弾の祓魔師《エクソシスト》- 荒野の教会篇  作者: 伊藤 薫
第6章:神の御許へ
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[1]

 砂嵐で辺りは夕暮れのように暗くなっていた。砂よけに鼻と口をハンカチで覆ったエメリア軍の兵士たちが発掘現場の端に待機している。岩の陰に隠れてはいるが、視界は砂に閉ざされている。敵の姿も見えないかわりに、こちらも相手からはかなり見えにくいはずだ。

 砂塵の中で影が動いた。エメリア軍兵士に気づいた者はいなかった。次の瞬間、暗がりからトゥルカナの戦士たちが一斉に飛び出した。吹きすさぶ風に雄叫びが混じる。兵士たちは即座に応戦しようしたが、敵はもう眼前に迫って来ていた。銃弾に先頭を走る数人が倒れた。その後ろから重い槍を投げ、半月刀を抜いて突進してくる。槍が兵士の首を貫いた。トゥルカナの戦士が1人、胸に銃弾を食らって唐突に立ち止まって胸から噴き出る血を見下ろし、地面に崩れた。別の戦士は刀を振り回し、敵を切り倒した直後に銃剣に背中から突かれた。

 両軍はともに飢えた狂犬のように相手に飛びかかる。果てもない殺戮が延々と続いた。風が獣のように吠えたてる。細かい砂塵が薄いベールとなって、血と骨が飛び散る肉を覆い尽くした。


 ギデオンは病院のドアから飛び出した。偶像を手に抱えている。ショットガンを持ったムティカが後に続いた。砂嵐は荒ぶる獣のように襲いかかり、顔を突き刺し、皮膚に噛みついてくる。2人は通りに止まっているトラックに走った。巻き上がる砂で眼が見えない。ようやく運転席のドアにたどり着いた時、砂の靄からトゥルカナの戦士が1人、槍を振りかざして飛び出した。ムティカのすぐ後ろだ。

「危ない!ムティカ!」

 背後に振り向いたムティカがショットガンを構えた瞬間、戦士の槍が胸を貫いた。グサッと恐ろしい音がする。ムティカは小さくあえぎ、ショットガンのトリガーを引いた。戦士は吹っ飛び、トラックに血しぶきが降りかかる。2人はそのまま倒れた。

 ギデオンは胸に偶像を抱えたまま、足元に転がる2人の死体を見つめた。ムティカは死んだ。だが、ジョセフは生きている。ジョセフなら、まだ救えるかもしれない。

 ショットガンと偶像を助手席に放り投げ、ギデオンはトラックに乗り込んだ。震える手でエンジンをかけ、アクセルを踏む。ヘッドライトを点けても、薄暮にかすかに道が浮かび上がるだけだった。ざらざらとした空気が汗まみれの顔に叩きつける。

 前方で砂嵐が分かれた刹那、路上にハイエナの群れが現れた。慌ててブレーキを強く踏んだ。トラックは何メートルか滑って停止した。ショットガンと偶像が床に転がった。ハイエナは全部で6頭。3頭が地面に横たわる何かを喰っている。残りの3頭が牙を剥き、じっとギデオンを見つめている。

 ギデオンは生唾を飲み込んだ。掌がじっとりと汗ばんでいる。ハイエナたちはあえぎ、吹き荒れる風の中で嘲るように舌をだらりと垂らしている。まず1頭が、続いて5頭も一緒に笑い出した。身の毛のよだつような冷たい笑い声だ。

 ギデオンはアクセルを踏み込んだ。一気に群れを突っ切ろうとする。突然、ガラスの砕ける音が響いた。破片が頭に降り注ぎ、1頭のハイエナが右の助手席の窓から飛び込んできた。ギデオンはハンドルを左に切った。遠心力でハイエナは吹き飛ぶ。トラックは横転した。

 運転席でシートベルトに宙づりになる。すかさず2頭目が飛び込んできた。唇がめくり上がり、剥き出しになった長い牙から唾液が垂れてくる。ギデオンはとっさに腰に差した黄金の回転式拳銃(リボルバー)を掴んでトリガーを引いた。

 轟音!ハイエナの身体から青白い炎を上がった途端、消し炭になって消滅した。床に転がっていた偶像をシャツの胸ポケットに突っ込む。おそるおそるドアから顔を出した。途端に、3頭目が正面から飛びかかってきた。

「なめるな!」

 即座にトリガーを引いた。轟音!身体から青白い炎を上げるやいなや、ハイエナの塵が砂嵐にのみ込まれた。注意深く眼をこらす。砂の靄に何体ものハイエナの姿が黒く映えた。ギデオンはポケットに手を入れる。ピジクスがくれたシリンダーの個数を確かめる。

《敵が見えたら撃つ。当たらなくていい。1発撃ったら、頭を引っこめる・・・》

 4頭目が襲いかかってきた。トリガーを引いた。撃ち始めた瞬間から時間は止まり、撃っては引っこむ反射運動のようになった。久方ぶりに銃を握るギデオンに反動がこたえる。数発で手首がしびれ、轟音で耳が遠くなってくる。

「5!4!3!2!1!」

 最後のシリンダーが空になった。ギデオンは慎重に周囲の様子を窺う。ハイエナはもう居なかった。ショットガンを抱えてトラックから飛び出した。ハイエナが喰っていた物が眼に入る。それはオラトゥンジだった。首がほとんど身体から離れかけている。全身に走る怖気をどうにか抑え、ギデオンはオラトゥンジの両手を胸の上で組ませる。後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。

 ギデオンはようやく発掘現場にたどり着いた。砂嵐はまさに檻から解き放たれた獣のように猛り狂っていた。服の中に砂が入り込んでチクチクと肌を刺してくる。吹き荒れる砂の薄い靄を通して、教会は暗い影となって前方に立ちはだかっている。ギデオンは風に逆らい、倒れ込むように歩いた。

 周囲に死体がごろごろと転がっていた。槍が死体の胸から突き出し、刀や銃剣に切り裂かれた死体に腸がロープのように巻きついている。切断された首がぼんやりと虚空を見つめている。砂のカーテンの向こう側から、銃声と悲鳴が聞こえてくる。戦闘は今も続いているようだ。

 1頭のハイエナが現れた。兵士の足を引きずっている。兵士は恐怖と苦痛で泣き叫んでいる。ギデオンはショットガンを構えた。弾が外れても、追い払うことは出来るはずだ。トリガーを引いた瞬間、カチリとこもった音がした。銃身に砂が詰まってしまったらしい。ハイエナは兵士を引きずりながら、砂に姿を消した。ショットガンを投げ捨てる。ハイエナの群れが再び現れた。

 ギデオンは教会に逃げ込んだ。

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