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聖弾の祓魔師《エクソシスト》- 荒野の教会篇  作者: 伊藤 薫
第2章:影
14/41

[5]

 モーガンは3人を次々と引き揚げた。教会の外に出ると、強烈な日差しに眼がくらむ。


「こりゃあ、ずいぶんこっぴどくやられたもんだ!」


 モーガンがギデオンの耳を見て言った。


「首から上の傷は出血しやすいんだ」


 ギデオンはハンカチを取り出して耳を押さえた。シャツの肩のあたりがぐっしょりと赤黒く染まっている。


「で、何か見つかったのか?」


 ギデオンはモーガンをじっと見据えた。


「あんた、隠し事をしてるな」


「へ?何のことで?」


「誰かがすでに教会の中に入ったような痕跡があった。それもごく最近だ」


「何の話か、さっぱり分からねぇな」


 モーガンはシラを切った。指が無意識に顔の腫れ物をさわっている。


「十字架がここ2か月の間に折られてる。誰かが中に入ったとしか思えない。何を隠してるんだ?」


 モーガンはギデオンを睨み返した。やがて指を腫れ物に当てたまま、眼をそらした。


「俺はただ、クーベリックの言った通りにしただけだぜ」


「クーベリック?」


「あんたが来る前にここにいた考古学者だよ。このドームを掘り起こしたヤツさ。あいつはこの屋根が開くのを知って、ちょいと中を覗いてみたくなったわけだ。誰にも内緒でね」


「それで?」


「ある晩、やっこさんは俺とここへ来たわけだ。薄気味悪い晩だったぜ。屋根を開けると、中から風が吹き付けてきやがってな。クーベリックは2、3時間なかに入ってたよ。引き揚げてやったら、俺にも入りたいかって聞きやがるから、こんなとこいくら金を貰っても御免だって言ったのさ。クーベリックはあと2回、入ったよ。どっちも夜だった。とにかく誰にも言うなって、口止めされたんだ」


「中で見つけた物について、クーベリックは目録か何かつけたのか?」


「知らないね」


「ムティカは?」


 ムティカはすかさず首を横に振った。


「そのクーベリックは今、どこにいる?会って話がしたい」


「それは無理です」ムティカは言った。


 ギデオンは眉をつり上げた。


「なぜ?」


「狂ってしまったからです」


 ギデオンは次第に苛立ちを募らせながら言った。


「じゃあ、クーベリックの持ち物はどこにあるんだ?」


「テントにあります。あっちです」


 ムティカが指さした。


 クーベリックのテントはボロボロになって、風にはためいていた。両側は広がってつぶれていたが、トラックほどの広さがある大きなテントだ。ギデオンはテントの結び目に手を伸ばした。耳の出血はようやく落ち着いてきた。アンとモーガンには他の仕事を命じてある。アンは仏頂面を浮かべたが、モーガンはいそいそと従った。


「クーベリックが倒れてから、誰も入ってないのか?」


「みんな、迷信深いんです」


「君は?」


「私は違う。賢いだけ」


 ムティカは頭を軽くたたいてみせた。


 最後の結び目を解き、ギデオンは垂れ幕を上げて中に入った。テントの中はすさまじい散らかりようだった。書類棚はまるで爆発した後のようだ。折りたたみ式のテーブルと椅子が乱雑に置かれ、そこら中に書類が散乱している。隅には丸まった毛布がのった簡易ベッドと机があった。


 机に歩み寄ったギデオンは息を呑んだ。机の上に散らばった紙に、悪魔の絵が描かれていた。何十もの悪魔がいる。山羊の角が生えた者。触手を持った者。毛穴からドロドロの粘液を垂れ流している者。女を犯している者。男色にふける者。子どもを食っている者。そして、その真ん中に、ピジクスの拓本に描かれた悪魔がいた。


 傷ついた耳がズキズキと疼き始めた。悪魔の絵に手を伸ばす。紙に触れた途端、指先に鋭い痛みが走った。ギデオンは思わず手を引っ込める。ひと差し指の腹が切れていた。血が滴って、悪魔の上に落ちた。ギデオンは顔をしかめた。慎重に紙を持ち上げる。紙の下にガラスの破片が散らばっていた。


「ムティカ、そのクーベリックはどこに・・・」


 急に、ギデオンはそばに誰もいないことに気づいた。


「ムティカ!」


 垂れ幕からムティカの顔が覗いた。


「はい?」


「クーベリックは今、どこにいるんだ?」


 ムティカは部屋の惨状に顔をしかめた。


「エヴァソのサナトリウムです」


「会って話がしたいんだ。いろいろ・・・」


 ギデオンの眼が何かに引きつけられ、言葉が途切れた。おそるおそるテントの天井を見上げる。ギデオンの視線の先を追ったムティカはショックで眼を見開いた。


 天井は端から端まで赤茶色の奇怪な記号で埋め尽くされていた。風がカンバス地を揺らし、記号が蛇の巣のようにのたくった。ギデオンの背中に冷たいものが流れた。


「クーベリックが去って、どのくらいになる?」


「数週間です」ムティカの声は震えている。「私がエヴァソへ連れて行ったんです。そこでグレインジャー少佐から、あなたが後任で来ると聞きました」


「クーベリックは古代語の専門家だったのか?」


「さぁ。なぜです?」


「あそこに書かれてるのは、ウルガタ語だ。儀典書の原本に使われてる古代語だ」


「何て・・・書かれてるんですか?」


 ムティカの顔に恐怖がよぎる。


「『堕ちし者、やがて血の河に甦る』」

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