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聖弾の祓魔師《エクソシスト》- 荒野の教会篇  作者: 伊藤 薫
第2章:影
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[4]

 3人はふたたびドームの下に戻った。左右に十字架の横軸に当たる2つの翼廊がある。一行は暗がりに慣れた眼で左右の翼廊を見つめた。闇は深い。モザイクに描かれた悪魔たちが壁からねじれた腕を伸ばし、鋭い爪と牙を剥きだして獲物を貪ろうと待ち構えているようだった。


 刹那、何かがバタバタとはためきながらギデオンの頭を掠めていった。ギデオンは思わず身を伏せる。心臓が口から飛び出しそうになる。アンが悲鳴を上げる。


「カラスだ!」


 ムティカが大声を上げて、帽子を振り回した。カラスの群れは次第に遠のいていった。不吉な鳴き声がまだ闇の奥から響いてくる。ムティカがカンテラを声の方に向ける。低く口笛を吹いた。


 教会の奥に、台座に乗った4つの白い石像が立っていた。4体とも翼をつけ、長いローブに身を包んでいる。天使たちだ。互いに向き合い、長方形の祭壇をのせた巨大な石のブロックを囲むようにして立ち、それぞれ手にした武器を祭壇に突きつけている。カラスの群れは1体の天使像の頭上に集まり、かしましく喋り立てている。祭壇と台座にモザイク画が光っていた。


「誰の像です?」ムティカは言った。


「槍を持っているのが、ガブリエルよ」アンは言った。「炎の剣を持っているのがウリエル。4番目はラファエル。普通は杖だけど、棍棒を持ってる。カラスがとまっているのが、大天使ミカエル」


「ところが、あれは全員、大天使ミカエルなんです」ギデオンは言った。


「何ですって?どうしてですか?」


「それぞれの台座に、ミカエルと刻まれている」


 アンがカンテラで台座を照らした後、みるみる落胆の表情になった。


「ほんとうだわ。大天使ミカエル」


 ギデオンは慎重に前に進み出る。カンテラで祭壇の周囲を照らした。小さな階段を上がり、台座の上に立つ。背筋がすっと寒くなった。天使たちの武器がまっすぐ自分に突きつけられた格好になっている。少しでも身動きすれば、武器の先端に当たってしまいそうだ。この教会が礼拝のために建てられたのではないことは、これではっきりした。こんなところでミサを行えば、神父が串刺しになってしまう。


「カラスは天井から入ってきたんでしょう」ムティカが言った。


「こんな教会、見たことがありますか?」


 アンも台座に上がる。


「はじめてになるかな」


「どうして何人もミカエルがいるんでしょう?」


「さぁ。この教会には、神の軍隊が必要だったのかも」


「実に奇妙ですよね。教会は天を讃えるために建てられるものなのに、天使の武器が全部、下を向いている。まるで・・・」


 アンの言葉が途切れた。ギデオンは祭壇の反対側にカンテラをかざした。砕かれた木の柱が祭壇の後ろから突き出している。石の棍棒の下をくぐって、近づいてみる。何かの土台のようだ。柱はごく最近折られたようで、ギザギザした断面が真新しく見える。ギデオンは思わず顔をしかめた。


「シスター、これを」


 アンがそばに寄ってくる。


「何よ、これ・・・」


 その時、暗闇から巨大な顔が浮かび上がった。ギデオンは慄いた。


「アン!後ろ!」


 アンは背後にカンテラを突き出した。顔が逆さまに宙に浮かんでいる。口は声にならぬ叫びを上げ、双眸は茨の冠の下でうつろに光を閉ざし、沈黙のなか苦悩に泣いている。アンがぎょっとして飛び退いた。


ギデオンがカンテラを上方に持ち上げる。巨大な十字架が現れた。足に鎖が巻きつけられ、磔刑に処された主の木像が逆さまに天井から吊るされていた。十字架は砕かれた木の柱からもぎ取られたものだった。アンは呟いた。


「主よ、お赦しよ。一体なぜ、こんなことを?」


「なぜというより、誰がどうやってやったのかってことが問題です。ここには1000年以上、誰も足を踏み入れていないはずなのに」


 ギデオンは手を伸ばして主の顔に触れた。その瞬間、天使像の上からカラスが一斉に飛び立った。けたたましい鳴き声と羽根の音があたりに交錯する。黒い影が3人の頭や肩に襲いかかった。ギデオンは両手で頭を覆った。激しい痛みがいきなり耳に走る。ギデオンは悲鳴を上げて拳を突き出す。何かが拳に当たり、ぐしゃっと潰れる音が続いた。


 だいぶ時間が経って、カラスはようやく飛び去った。ギデオンは顔を上げる。最後の一群が天井から外に消えていくところだった。ギデオンはおそるおそる耳に手をやった。耳たぶが食いちぎられ、血がどくどくと流れている。耳が半分なくなったような感覚だ。


「あんたら、大丈夫かい?」


 天井からモーガンの声が降ってきた。


「カラスどもがずいぶん騒がしく出て行ったが」


「もう戻りましょう。はやく傷の手当てをしないと」アンは言った。


「上げてくれ!ギデオンが怪我している」ムティカが叫んだ。


「よしきた!」

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