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聖弾の祓魔師《エクソシスト》- 荒野の教会篇  作者: 伊藤 薫
プロローグ
1/41

3年前

■ 登場人物紹介


ギデオン・ローレンス:神父。

アン・マコーミック:シスター。

ヘレーネ・ノイマン:女医。

ディック・モーガン:遺跡の現場監督。

パーシー・グレインジャー:エメリア帝国陸軍少佐。

エドガー・ピジクス:骨董品のディーラー。

ジョセフ:オラトゥンジの息子。ルイスの弟。

ルイス:オラトゥンジの息子。

オラトゥンジ:ホテルのオーナー。

ムティカ:通訳。

アントン・クーベリック:前任の考古学者。

ヤン・ポリトウスキ:サナトリウムの責任者。

ロルフ・ヘンケ:アメンドラ親衛隊特尉。

 私はまた、主の言われる声を聞いた。

「私は誰を遣わそうか。誰が我々のために行くだろうか」

 その時、私は言った。

「ここに私がおります。私をお遣わしください」

 イザヤ書第6章


聖グレゴリウス暦494年


 暗い部屋だった。唯一の明かりは天井から、椅子に座っている女を照らしていた。女は低い唸り声を発しながら、身体をもがいている。屈強な男たちが女を必死に押さえつけている。


 数メートル離れたところに、助祭が手に小さな十字架と聖水の入った銀の容器を持ちながら、呆然と立ち尽くしていた。悪魔祓いを始めてから、もう1時間あまり経っている。誰の顔にも疲労の色が浮かんでいた。


 突然、女がこちらを向いた。その眼はこの部屋の唯一の入口である鉄製のドアに据えられていた。女がわめいた。悪魔のしゃがれた声が身体の奥深くから放たれた。


「やめろ!あの男がこの部屋に来やがる。あの呪われた男が!」


 助祭がパッと振り向いた瞬間、音もなくドアが開いた。長身瘦躯の少年が部屋に入ってきた。顔立ちにまだ幼さが残り、年のころは十代半ばといった感じだ。首に紫色のストーラをかけ、黒い聖職服の詰襟に赤い十字架が縫い付けられている。


 少年は「遅れてすみません」と言って一礼する。助祭から十字架と銀の容器を受け取り、代わりに小さな革袋を差し出した。助祭は革袋を受け取る。袋はずしりと重かった。


「儀典書は?」助祭が言った。


「いらない」少年は即答した。「ぼくの心臓が止まらないよう祈ってください」


「けっ、吐き気がすらぁ!てめぇの面なんざ、見ちゃいられねぇぜ!」


 悪魔の嘲りを無視した少年は銀の容器に指を軽く浸し、女の額に触れた。


「熱い!熱い!」とわめく悪魔をよそに、聖水で十字を描いた後、少年は額に手をやったまま儀典書の一部を諳んじた。


「人の創造主にして守護者なる神よ、今ここにいるあなたのしもべを見下ろしたまえ。彼女はあなたがあなたの御姿に似せて創り、今はあなたの栄光を分かち合うようここに呼ばれたのです」


 女はたちどころに首を振り、哀れっぽい泣き声を出し始める。悪魔が狼狽したようだった。


「やめろ!やめろ!涙なんか流すな!」


 突然、女がパッと上体を起こした。見えない力に引っ張られるように身をもがいた。付き添いの男たちが女を椅子に戻そうとする。少年は身振りで男たちを制した。


「主と聖母の御名において聞く。きさまは誰の命令でここに来た?」


「うるせぇえええ!」しゃがれた声が獰猛に唸った。「おれがそんなこと言ったら、爆弾が炸裂するぞ!」


「主と聖母の御名において、汝に命じる!誰の命令でここに来た!」


 女は激しく身もだえして悲鳴を上げた。


「いやだ!そんなこと、誰が言うか!口にしたら、おしまいだぞ!」


 少年はやれやれといった風情で助祭から革袋を受け取り、袋に入っていた物を取り出した。明かりにぎらりと反射する。悪魔が怯えた声を上げる。


「何だ、それは?何なんだよ、それは!?」


 少年が手にしていたのは、くすんだ黄金色をした回転式拳銃だった。傍に立つ男たちに両足を押さえるよう伝え、間髪を容れずに拳銃のトリガーを引いた。轟音が2回、部屋に響き渡る。撃ち抜かれた女の両脚からドロドロとした黒い液体が床に溢れ出した。


「う、うわぁああぁあああぁ!!!!」


 地獄への扉が開いたかのような悪魔の咆哮だった。少年は気を失いかねない激痛に身もだえする悪魔の頭をぐいと上げ、低い声を発した。


「汝に命じる!誰の命令でここに来た!」


 悪魔が少年に唾を吐きかけた。少年はストーラで頬を拭い、銃口を女の腹に押し付け、トリガーを引いた。ドロリとした黒い液体が吹き出し、少年の顔を汚した。


「痛えぇえええぇえ!」悪魔がわめき散らす。「痛えぇえええぇよぁおおぁおおおお!」


「この銃と弾は神の承認を受けたものだ」少年が言った。「神に対して不敬な態度を取ったからには、きさまはその代償を支払わなければならない」


 またぐいと顔を上げる。


「誰の命令でここに来た!」


 女はまた身もだえしたものの、その喉から掠れた声がゆっくりと吐き出された。


「てめぇの・・・姉貴の肉を、喰った者だ」


 少年の肩がぴくりと動いた。


「あのお方が血の河から蘇る」悪魔は嘲笑した。「この世は再び俺たちのものだ!」


 少年は女の額に描いた十字に銃口を当て、トリガーを引いた。その瞬間、女の体が青白い炎をたてて燃え上がった。四か所に開いた銃創がみるみるうちに癒え、炎が消えた。


 助祭が女の頬を軽く叩いた。女は眼を覚ました。身体に異常は見られない。安堵した助祭は部屋を見渡した。少年はすでに姿を消していた。

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