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異能力者達の午後  作者: ゆーろ
異能力者達の午前
8/32

審判者達の午後

0:『審判者達の午後』


0:登場キャラ


アストレア・アステル:女


マーリーン・アダム:男


デザート・ディーパー:男


マチア・セルベルト:女


狐:男


セノ:男



アストレア:(M)私は生まれつき、目が見えなかった。暗闇の世界の中で、音と、匂いと、感触を探す日々だった。だからと言うべきか、私は強かった。



アストレア:(M)視覚以外の情報は鋭利に研ぎ澄まされ、自身すらもひとつの槍であるように矛を振るえた。



アストレア:(M)ローマが崩壊し、統治が荒れ狂ったギリシャに置ける貧民の英雄は、義賊として名を挙げた。が。



アストレア:(M)とある人物によって、それは打ち砕かれた



0:市街地



デザート:我々はグリムドリン帝国皇帝、マーリーン・アダム・アルバート陛下直属、貴族連合である



アストレア:(M)それは、私達の同胞を。仲間を。友を。恋人を。家族を。羽虫を潰すように、その命を踏みにじり、貧民街を占領した



アストレア:どれだけ個人の腕が立とうとどうしようも無い、数の暴力。私達はそれに、余りにも呆気なく押し潰された



デザート:不敬にも陛下に仇なす賊軍へ告ぐ。戦の聖女「アストレア」の首を差し出せ。その首ひとつで、それ以外の反乱分子、その命を保証する。



アストレア:(M)選択権などなかった。この時代、命の数と、命の質量が天秤に乗るのは当然の事。生きているだけで僥倖である価値基準の中で、私はそれ以外の選択など考えもしなかった



アストレア:(M)高々と作られた高台の上に、武装を解除して登る。その足取りは、処刑場へ向かう囚人のように重かった



デザート:お前がアストレアか



アストレア:…私は好きにして頂いて構わない。火炙りでも斬首でも好きにしろ。



デザート:殊勝な事だ、がっ!



0:アストレアを蹴りつけた



アストレア:っ…!



デザート:頭が高い。膝を着いて顔を伏せろ。俺は陛下直属、貴族連合参謀。デザート・ディーパーだぞ。もう一度言う。頭が、高い



アストレア:…



デザート:反抗的な目だな。気に食わない。おい、こいつを連れていけ



マチア:(女兵士)はっ!



アストレア:待て。



デザート:まだ何か



アストレア:私は私の首を差し出した。約束通り、彼らの命は保証すると言え



デザート:貧民風情が、俺に指図するな。



アストレア:デザート・ディーパー、私は例え。手元に武器が無くとも貴方を殺せる。今、ここで。確実に



デザート:脅しているのか?この状況で。



アストレア:約束しろ。私以外の全員の命は保証すると



デザート:…二言は無い。さっさと行け



アストレア:(M)初めて聞いたその声は、どこか無理をしているように感じた。ディーパー公爵家。私でも知っている名家だ。きっと恐らく、度重なる期待と重圧に潰されそうになっては強く立ち続けたのだ。



アストレア:(M)あの若さで参謀を務める程の手腕と、それらを背負う背中に。少しばかり、同情したりもした。



0:場面転換



0:グリムドリン帝国領



デザート:貴族連合参謀。デザート・ディーパー、ただいま戻りました



狐:んん。やっと来たね



マチア:あれが戦の聖女…。



マーリーン:戻ったか、デザート



デザート:はっ。ヨームにて賊軍が起こしていた暴動鎮圧、占領を完了しました。そしてこの者が、各地方にて「戦の聖女」と呼ばれた女でございます



アストレア:(M)手足を拘束され、為す術もない私が通されたのは、継承権争いの中勝ち残った、マーリーン・A・アルバート皇帝陛下の住む城。



アストレア:(M)汗も泥も、血の匂いもない。飢えも争いも無かったかのように綺麗な。不気味さすら感じる王の城というやつだ



狐:ほげぇ、美人



マチア:…



アストレア:(M)幾人もの貴族と騎士の視線を感じる。二列に別れた隊列は、極端に匂いが違った。片方は鉄の匂い。片方は花や紙の匂い



デザート:して、陛下。彼女の処遇ですが。



マーリーン:そう急くな。まずは労わねばな。よくやってくれた。ありがとう



デザート:滅相もない。陛下のご命令とあればこそ



マーリーン:相変わらず硬いな、君は



狐:ぷっ



デザート:……



マーリーン:彼女の拘束具を外してやれ



デザート:な…!?



マチア:お言葉ですが陛下、アストレアは素手で五人の兵士を殺害したという噂もある危険人物です。陛下の身の安全を考えればこそ、彼女の拘束は解くべきでは無いかと



マーリーン:良い。彼女は「そういう人間」じゃあない。目を見ればわかる。



アストレア:………



マーリーン:マチア、私を信じれないか



マチア:とんでもございません。ですが…



狐:でしたら僕が外しますよ。何かあれば殺せばいいんでしょう?お高い絨毯が汚れるのは許して下さい



デザート:お前はまた…!



マーリーン:構わない。よろしく頼む



狐:はい。



アストレア:……っ。



マーリーン:初めまして。私はマーリーン・アダム・アルバート。アダムは省略して貰って構わない。君の名前を聞かせてくれ



アストレア:私の名など知っている筈だ



マーリーン:君の口で聞きたいんだ。



アストレア:…アストレア。ただの、アストレア



マーリーン:ああ。君は目が見えないのか



アストレア:どうして知っている



マーリーン:私が今、君の喉元に剣を突き立てているのに。君は全く微動だにしない



アストレア:鉄の匂いはしていたが。音も風も無いなんて、驚いた



マーリーン:君は人をよく見て、よく感じている。私が君を殺すつもりで剣を突き立てていないと分かったからこそ、君は私の行動に気付かなかった。



アストレア:……。



マーリーン:君が殺してきたのは人ではなく、殺意であったり悪意であると。私はそう思う。



アストレア:(M)ほんの少し。苛立ちを感じた。この男はどこまでも品高く、高潔で、この時代に置いて穢れを知らない。いいや、穢れなぞ吹き飛ぶような風格と余裕があった。



アストレア:(M)同じ人だと言うのに、私は臭く、汚く、醜い。だと言うのにこの男は、爪の端から頭の先まで美しかった。



アストレア:(M)私は、不条理を感じた



アストレア:…っ!



0:アストレアはマーリーンを組み敷く



マーリーン:うぉっ…!



マチア:――っ!陛下ぁ!!



デザート:こ、の!貧民風情が!



狐:ははっ。大胆



アストレア:近づくなっ。これ以上近づけば、この男の喉仏を潰す。



デザート:下衆



マチア:だから私は嫌だったんだ、こんな奴を城に招き入れるのも、拘束を解くのも



デザート:おい、お前がしっかり見張っとかないからだろ



狐:面目ない、けど速すぎるよ。本当に人なのかいあれは



マーリーン:静かに。全員武装を解除しろ



デザート:ですが陛下っ!



マーリーン:私を信じろ



デザート:…貴族連合、戦闘の意思を取り下げろ



狐:りょうかぃー



マチア:帝国騎士団も同様だ、陛下の意のままに



マーリーン:…君には何が見えている。アストレア。あてどない暗闇の中で矛を構えるその景色に、私はどう映っている



アストレア:…私はただ、生きていたかった。それだけだ。だから私は人を殺すしか無かった。きっと貴方には分からない



マーリーン:私は十数年続いた継承権争いの中で、沢山の兄弟を殺した。数多の命を奪ってきた。だからこそ私には分かる。君は優しい。だから強い。勿論外側もそうだが。内側の話だよ。



マーリーン:君は強く在る事が出来る。良い子だよ



アストレア:何を言っている。人を殺した私も、貴方も、良い人間なわけが無い



マーリーン:綺麗事ばかりではまかり通らないのが現世だ。私も君も、ここに居る全員がきっと天国には行けない。だから、そう死に急ぐな。きっと地獄は住みやすいところでは無い



デザート:陛下…?まさか



マーリーン:アストレア。私達と共に歩まないか。



デザート:陛下…!何を…っ



アストレア:どういう意味だ



マーリーン:人は一人では生きられない。人と人とは奪い合い陥れ合う生き物だ。人類史の中でそれは一切変わらない。だからこそ



マーリーン:私は王になった。人と人とが紡げる平和を、私は築きたい。君もこの王道に、付いてきてはくれないか



デザート:陛下ぁっ…!!



マーリーン:デザート。私を信じれないか



デザート:貴方はいつも口癖のようにそれを言う。俺がその言葉を、否定できようはずもないでしょう。卑怯です、陛下は



マーリーン:……



デザート:…っ。陛下の、意のままに



マーリーン:ありがとう。改めて言う、アストレア。私達と共に歩もう



アストレア:…私は。貴方達が嫌いだ。人のものを奪うし、人の命も奪う。それでも貴方から嘘をついている呼吸はしない。本心からそう言ってるんだって分かる



マーリーン:…君は、どうしたい



アストレア:私は。天秤でありたい。条理も不条理も、全てが平等であるように。



マーリーン:まるで正義の味方のようだ。が、私は気に入った。マチア



マチア:はい



マーリーン:今日からアストレアを、君達帝国騎士団に預ける。まずは…風呂に入れてやれ



マチア:かしこまりました。陛下の意のままに



マーリーン:デザートも、すまないな。折角捕えてきてくれたと言うのに



デザート:それが陛下のご意向なのでしたら、私に不満などあるわけがないでしょう。私の、たった一人の。先生なのですから



マーリーン:懐かしい呼び方をする。さぁ、皆、時間を取らせてすまなかった。各自、業務に戻ってくれ



アストレア:(M)彼は、優しい呼吸をしていた。暖かい鼓動をしていた。私は、彼にならついて行ってもいいと。心から思った



0:時間経過 数年後



マチア:帝国騎士団、凱旋であるっ。道を開けろ!



狐:こりゃまた、ぞろぞろと。



デザート:…アストレア。また無傷だな



狐:んー。ああ、そうだね。戦の聖女の異名は伊達じゃないって感じだ



アストレア:…



狐:あれから一年。激動のギリシャで陛下が力をつけてるのはアストレアの功績ありきだって誰もが認めてる。いやぁ、すごい凄い



デザート:行こう



狐:面白くないって顔だね。



デザート:別に



狐:わっかりやすい。



0:



マーリーン:騎士団諸君。本当にご苦労だった。誰一人欠けることなく戻った事、心から嬉しく思う。おかえり、皆



アストレア:(M)貴方は、何よりも正義らしい人物だった。人間である以上、完全に正しい訳では無い。自らが正しいと思った政治を、正義として広めるその姿に。私が憧れるまで、そう時間はかからなかった



マチア:これが。キング。一番大事な駒だ。これが取られたら負け。ほい



アストレア:はい。先端が痛いですね



マチア:で、これがクイーン。こっちがビショップで、盤上にはそれぞれ…



マーリーン:なんだ、チェスを習ってるのか?



アストレア:陛下。はい、軍略というものを学びたくて



マチア:陛下の前では頭を下げる



アストレア:あっ。申し訳ありません



マーリーン:良い、身内で畏まり過ぎるのも肩が凝る。表でのみ、相手の正義を踏みにじる時にのみ。私が王であればいい。



マーリーン:それ以外は、そうだな。家族のようでありたいよ、私は



マチア:陛下…。勿体ないお言葉、身に余る光栄でございます



マーリーン:良いと言っているのに。恵まれているな、私は。どれ、私もチェス見習いに一枚噛ませてくれ、良いか?



アストレア:願ってもない、ありがとうございます



マチア:では、もう一度役の説明と棋譜の読み方から



アストレア:(M)目が見えない私に、陛下とマチアさんはブラインドチェスという棋譜を口で説明しながら打つ手法を教えて下さった。



マーリーン:…マチアの勝ち、だが。



マチア:教えたばかりでこの上達。君は飲み込みが早い



アストレア:とんでもない、まだまだですよ。



マーリーン:……



アストレア:陛下?どうかされましたか



マーリーン:いいや。満月が、出ている。



マチア:…?ええ、綺麗な月ですね



マーリーン:これで三日連続。か。



アストレア:それが、どうかされましたか



マーリーン:いいや。確証の無い占いみたいなものだ。明日も早い。君達も早めに休んでくれ



マチア:はっ。



アストレア:おやすみなさい、陛下



マーリーン:ああ。おやすみ、二人とも



0:後日



狐:お。帰ってきたよ



デザート:ああ。…。



狐:少ないね



デザート:ああ。少な過ぎる。



マチア:帝国騎士団の凱旋だ。道を開けろ



アストレア:…



狐:やあ、今日は暗い顔だね、マチア



マチア:…



狐:無視って。酷いなぁ



デザート:…団長殿の顔が見えないが、どうされた



マチア:…まずは、陛下への御報告が先だ…。



0:



マーリーン:……そうか。逝ったか、ドルフィン。



マチア:陛下…



マーリーン:…すまない。少し、一人にしてくれ



マチア:承知しました。皆、下がれ



アストレア:…



0:場面転換



0:貴族連合、応対室



デザート:ドルフィン殿の、訃報だと?



狐:うん。残念だねぇ、騎士団の顔がやられちゃった。団員を庇っての殉死らしいけれど。どこまでもできた人だ



デザート:…。そう、か。すまない、イマイチ。湧かないものだな。実感が



狐:帝国には欠かせない人だったからね。



デザート:…ああ。



狐:ねえ。デザート



デザート:なんだ



狐:……。変わるよ。ここから



デザート:…なにがだ?



狐:これは予感だ。そんな気がする、ただそれだけだけれど



デザート:…。そうか。お前が言うなら。きっとそうなんだろう。古い友人として、お前をよく理解しているつもりだ



狐:こりゃあまた、どうも



デザート:何があっても。構わない。例え。先生の下にいるのが俺は一人になっても。



狐:へぇ。ならこれからにお手並み拝見だ



0:場面転換



0:騎士団、談義室



マチア:…無い、な。投了する



アストレア:ありがとうございました



マチア:凄いな、一年もしない内に追い越されるとは思わなかった。剣の腕も文句無し。見事だよ、アストレア。君はすごい



アストレア:マチアさんのお陰です。先生が良かったですね



マチア:世辞まで言えるようになったか、参った参った



アストレア:本心です



マチア:分かっている、そうむくれるな。うん。これなら問題無さそうだ



アストレア:?



マチア:帝国騎士団団長、ドルフィン殿が先日の戦で亡くなられた



アストレア:…はい。強く、勇ましい方でした。非常に残念です



マチア:騎士団の中で話し合っていたんだ、次の団長は誰か、と。私は君を推薦したい。アストレア



アストレア:私ですか…?



マチア:初めは陛下に矛を向けた君へ敵視を向ける者も少なくはなかった。が、あれから一年と半年。周りの圧にも負けず君は陛下の為、身を粉にし働いた。その功績は誰もが認めている



アストレア:ですが…



マチア:君は、陛下に憧れているだろう



アストレア:…はい。恐れ多い事なのは重々承知ですが



マチア:帝国騎士団の紋章は、剣と盾。私は君こそ、陛下の剣となり盾となるに相応しい人物だと思う



アストレア:…私に務まるでしょうか



マチア:そんな事はやってみないと分からない。だが、君ほど真っ直ぐに自らの求める正義を追い求める人間を私は知らない。これは個人的な頼みだが。陛下の為、引いては世のために。陛下の剣となり盾となってくれ



アストレア:…



0:



アストレア:(M)嫌な話なはずが無かった。誰よりも崇敬する陛下の傍で働ける。これほど名誉で、誇らしいことは無い。それでも。私は



0:場面転換



0:夜。皇城、長廊下



マーリーン:やあ。アストレア



アストレア:…陛下。こんばんは



マーリーン:今日も月見か。



アストレア:…ええ。月明かりが瞼を貫く事もない。辺りは一面闇で。そこに月はない。それでも、確かに。



アストレア:それはあそこに。在るのでしょう。陛下。



マーリーン:…ああ。あるとも。月も。私の目には。それを見ている君が映っている。確かに、そこにある



アストレア:…マチアさんから。推薦を頂きました。



マーリーン:勿論。聞き及んでるよ。



アストレア:…陛下としては。やはり、私のような半端者を隣に据えるのは。嫌、でしょうか



マーリーン:嫌なわけがないだろう。だが。ドルフィンの代わりは居ない。



アストレア:…。



マーリーン:それをどうか。重荷に思わないで欲しい。ドルフィンの代わりは居ない。マチアの代わりも、デザートの代わりも。居ないんだよ。



0:アストレアを見た



マーリーン:勿論。君の代わりも



アストレア:……。身に余る、光栄です



マーリーン:嫌じゃない。君でも、マチアでも。今私の傍に居てくれている誰が団長になろうとも、これっぽっちも嫌だなんて思わない



0:マーリーンは笑った



マーリーン:寧ろ。感謝しかないよ。お前達には



アストレア:…。私の方こそ。陛下には、礼を述べても足りません。それこそ、感謝のみでは収まらない程。



マーリーン:…アストレア。君は、迷っているな



アストレア:…。流石ですね、陛下。おっしゃる通りです。私は、迷っている。私などでドルフィン団長の代わりが務まるのか、と。



マーリーン:…さっきも言ったが。替えのきく人間はいない。それこそ。私だって同じだ



アストレア:…?それは、どういう



マーリーン:アストレア。これは内密に頼みたいのだが。



アストレア:…はい



マーリーン:私は。長くない



アストレア:…っ!



マーリーン:もって一年。と言った所だろう。肺炎だ。現代医学では太刀打ちの出来ない。不治の病だよ



アストレア:そんな…!



マーリーン:仕方がない。人は死ぬ。いつかは、死ぬ。それが明日でも、今でも。ずっとずっと先の事でも。人は、いずれ死ぬ



アストレア:…



マーリーン:お前に重荷を託すわけじゃない。わけじゃないが。後を託すなら、お前がいい



0:頭を撫でた



マーリーン:アストレア。お前は、いい子だからな



アストレア:…私は…っ



マーリーン:お前は優しい。いつかきっと、誰もが認める人間になる。たとえそれが私の下であろうと、他のどこかであろうと。お前は、正しい



マーリーン:気がかりは、デザートだなぁ。あいつは強いようで、酷く脆い。そういうやつだ



アストレア:…



マーリーン:あいつの隣に立てるのは、今のところ、二人しか思い当たらない、が。一人には既にフラれてしまってな



アストレア:…私は。陛下が居たから、今。ここに居ます。まだまだ陛下から、学びたい事も。山のようにある



マーリーン:まだ一年ある。それに、私から盗むものなんて、お前にはないよ。お前は十分。つよいじゃないか



アストレア:…



マーリーン:勿論。断ってもらっても構わない。ただ、騎士団の皆の命を預かる立場だ。私が居なくても、強く在れる君がいい。



アストレア:…っ。陛下の、意のままに…。



マーリーン:…はっ。ありがとうなぁ



アストレア:…



マーリーン:…。そうだっ



アストレア:?



マーリーン:騎士団長になるなら。君にも必要だろう。



アストレア:なにが、でしょうか。



マーリーン:おお。ほら。組織の頭に立つ上で必要不可欠なあれだ



アストレア:…剣なら。いつも懐に



マーリーン:違う



アストレア:銃の扱いは…。あまり上手くありませんが、それも胸元に



マーリーン:違うって



アストレア:…。盾ですか



マーリーン:あーもうっ、名字だよ。名字



アストレア:……名字、ですか



マーリーン:ああ。私がくれてやる



アストレア:光栄です。



マーリーン:硬いなぁ。もっとこう、馬鹿みたいに喜んで欲しいものだ



アストレア:…善処、します



マーリーン:は。さー。どうしようか



アストレア:(M)貴方の顔は、私の視界には映らない。貴方が今、どんな表情で。私と話しているのか。私の目には、きっと今後も。映らない



マーリーン:…ああ。よし。これにしよう



アストレア:(M)それでも。貴方の優しさは。慈悲は。親愛は。



マーリーン:アストレア。君の名前は―――



アストレア:(M)貴方は。確かに、そこに在る。



0:場面転換



0:作戦会議室、長机。椅子に腰掛ける五人



マーリーン:帝国騎士団先代団長、ドルフィンが先の戦にて旅立った。まずは、勇敢にも戦ってくれた彼に、心からの敬服を



狐:…



デザート:(M)ドルフィン・スミス。先生が王となる際に結成した騎士団の初期団員であり、先生の懐刀と呼ばれた鬼将。



デザート:(M)本当に立派な方だった。それに、最も信頼を寄せていた家臣を失っても強く在られる先生にはお見逸れする。いつ折れてもおかしくないと言うのに。



マチア:…。



マーリーン:そして。だ。アストレア。前に



アストレア:はい



デザート:…?



マーリーン:次期騎士団長に。彼女を推薦したい。との声が多数挙がっていた



狐:へぇ



デザート:…っ!ばかなっ。王の懐刀、騎士団の頭に薄汚れた元逆賊を据えるとおっしゃるのですかっ!



マチア:ディーパー…!発言を撤回しろ。彼女は私達騎士団の誇りだ



デザート:笑い話だな。平民の出、さらには逆賊の女だぞ。いくら騎士団内で評価が高かろうがっ、そんな暴挙貴族派閥が黙っているはずもない!



狐:あー。そりゃあ、そうだろうねぇ



マチア:貴方達はいつもそうだな。人を見下す事でしか自身の優位条件を満たせない。貴族だからなんだ。平民だからなんだ



マチア:アストレアは。もう、立派に。陛下の剣として矜恃を全うしている



デザート:…っ。先生!まさかとは思いますがっ。本当にこの推薦を受け入れるおつもりですかっ!



マーリーン:受け入れるも何も。私が許可した。



デザート:ご冗談を…っ!一度は先生を組み敷いた人間ですよっ!



狐:まぁまぁ。落ち着きなよ、デザート



デザート:貴様も少しは抗議しろっ。それでも貴族かっ



狐:貴族だからって声を荒げなきゃならない決まりはないでしょーよ。ほら、落ち着い、て。



デザート:……。ああ。すまない



狐:構わないよ。友人だからね



デザート:…ありがとう



マーリーン:…さ、て。本題に戻ろう



アストレア:…



マーリーン:今回の議題は。アストレアの騎士団長就任の是非



デザート:…。陛下のご意向があれど。私は。反対します



マーリーン:構わない。君の、率直な意見が必要だ。



デザート:…陛下の民主主義を否定するつもりは毛頭ありません。当然、多数決で負けた際は、大人しく身を引きます



マーリーン:ああ。すまないな



デザート:いえ。とんでもない



マチア:私は当然。現騎士団の全員がアストレアの団長就任に賛成しています。アストレアは。陛下の剣に足る器だ



狐:うげ。それってずるじゃないの



マチア:なにがだ。



デザート:ならば。俺の意見は貴族連合の意見と思って貰いたいな。俺はデザート・ディーパー。貴族連合、参謀総長だ



狐:うわ。こっちもずるい



デザート:意地でやっている訳では無い。俺は、俺の最善を尽くして。陛下の国を。ギリシャを。正しく導く。



マーリーン:はは、ラチがあかんな



アストレア:この場に居ない方々で多数決、というのも…



マーリーン:いいや。まだ居るだろう。あと一人。一番変革を待つ目をした人間が



0:視線が集まる



狐:…ああ。僕、ですか



デザート:…っ。俺に着いてこい。お前は、俺の友人だろう。



マチア:…。友情交渉か。賄賂にも近いな。私たちは、陛下の剣だ。誤った選択を自ら歩むつもりもない。私達は、本気だよ



狐:あー…



デザート:お前は。俺と。騎士団。どっちの味方だ



狐:…はは。冗談。デザート、僕はね



0:狐はアストレアの手を取った



狐:いつだって。面白い方の味方だよ



アストレア:あの…



狐:アストレアの団長就任に。僕から一票



デザート:…っ!



マチア:…意外だな。最後の一票が貴方になった時点で。望み薄かと思ったが



狐:今も言った。僕はデザートの味方でも、君らの味方でもない。アストレア。君が。団長になれば。面白い、と。そう思った。ただそれだけだよ



アストレア:…ありがとうございます。で。合っているでしょうか



狐:ああ。僕からすればこれ以上ない評価だ



マーリーン:やはり。君だけは、いつまで経っても読めないな



狐:褒め言葉、と。捉えさせて頂きます



マーリーン:ああ。勿論。さて――



0:腰を上げた



マーリーン:本日より。アストレア・アステルを。帝国騎士団、団長に任命する



デザート:アストレア・アステル…。



狐:ほー。



マチア:姓を頂いたのか。良かったな



アストレア:はい。恐縮ながら



マチア:大切にしろよ



アストレア:勿論ですよ。私の、宝物ですから



マーリーン:さあ。貴族連合、総参謀長。デザート・ディーパー



デザート:はい。



マーリーン:帝国騎士団、団長。アストレア・アステル



アストレア:はい。



マーリーン:今日から君達と。この国の。引いては、いつか来たる私の理想の世界を。築いて行こう



アストレア:陛下の。御心のままに



デザート:…。陛下の。御心のままに



マーリーン:ああ。これからも。よろしく頼む



0:場面転換



0:皇城、庭園



デザート:…くそっ!ふざけるなよお前!



狐:えー。普通に怒られる



デザート:そりゃそうだろっ。何を考えてるんだお前はっ。お前も見ただろっ。最初、あの逆賊が先生にまたがり、馬乗りになったっ!挙句手を出そうとまでしたっ!



狐:そこだけ聞くとえっちだね



デザート:ふざけてる場合か!あまつさえドルフィン殿が殉死なされた今っ、帝国は一致団結しなければならない。ならない、と言うのに…!



狐:じゃあ君が折れてアストレアと仲良くすればいいじゃない。アストレア・アステル団長とさ



デザート:冗談じゃないっ!



狐:じゃあ、どうする?彼女を暗殺でもする?



デザート:…はっ。



0:冗談交じりに



デザート:それもいいかもなっ!



0:その場を去った



狐:あっ。行っちゃった。



0:



デザート:(M)認められるか。先生は。優し過ぎる。淘汰する事でしか成しえない統一もある。あの女は、綺麗事の象徴のような女だ。



デザート:(M)気取るなよ。アストレア・アステル…!



0:狐は噴水を眺めた



狐:…。災い独り行かず、より深く。取り縋る。



0:狐はチェスの駒をポケットから出した



狐:罪を憎んで人を憎まず。飲み下す。通りすがるは、研ぎ澄ます。



0:チェスの駒を地面に置いた



狐:…。xa6。キング。これは。どっちだろうか



0:場面転換



0:時間経過



デザート:(M)それから、ふたつきが経った



狐:(M)前騎士団長を失った帝国騎士団は、指揮系統を一から立て直し、アストレア・アステルが先頭に立つ新生騎士団は、その勢力を確実に取り戻しつつあった



マチア:アストレア!やったな、東部戦線は降伏!完封だ!



アストレア:ええ。これも斥候部隊の皆様が耐えてくださったおかげです。ありがとうございます



狐:(M)アストレアの考案によって、職のない恵まれない貧民街から、志願者のみを騎士団員に集った。これにより、新生騎士団の勢いはさらに留まる所を知れなくなった



マーリーン:先の大戦、よく勝利を収めてくれた。犠牲も最小限。ありがとう、アストレア。君のおかげだ



アストレア:勿体ないお言葉です。陛下



マーリーン:先遣部隊と本隊の連絡路を絶っての挟撃。もう軍略もお手の物って具合か



アストレア:いえ。まだまだ半端者ですよ。これからも精進するのみです



マーリーン:まったく、頼もしい限りだな



狐:(M)敵勢力を無闇に殺さない。無血開城、電撃占領等、最も血の流れない方法を尽くした彼女の軍略は、すぐ様噂となり国内外へとその名を知らしめた



アストレア:我々はグリムドリン帝国騎士団です。



狐:(M)そしていつしか。帝国騎士団、団長。アストレア・アステルは



アストレア:無用な殺生は望みません。今すぐに、降伏を



狐:(M)鋼の聖女。そう、呼ばれるようになった



0:皇室。チェスをする二人



マーリーン:そうか。そんな呼び方をされているのか、アストレアは



マチア:はい。強く、顔もいいといった完全無欠ぶりで庶民からの人気も非常に高い。やはりアストレアを団長に選んだ選択は間違いではなかった



マーリーン:ああ。私もそう思うよ。



0:マーリーンは最後の駒を置いた



マチア:…。投了、ですね。ありません



マーリーン:また随分と手を挙げたじゃないか、マチア



マチア:それでも。一度たりとも陛下に勝てたことはありません、ここまでお強いと、陛下は誰かに負けたことがあるのかと疑問に思うくらいです



マーリーン:これは自慢だが、私はチェスで誰かにも負けたことがない。ああ、一人私の頭を悩ませたのはいるが



マチア:ほお。気になりますね。私の知る人です?



マーリーン:ああ。デザートだよ



マチア:…ディーパー公ですか。



マーリーン:おや、苦い顔だな。なんだ、喧嘩でもしたか



マチア:いえ。私は…。ただ、アストレアが、ですね



マーリーン:アストレアとデザートか?



マチア:はい。二人とも、目指すべくは同じ場所なのでしょうが…。どうにも、ウマが合わないようで…



0:場面転換



デザート:ふざけるなっ。なんだこの資料案は



アストレア:ふざけてなどいませんっ。今の騎士団員の数を考えればこの程度の食料分布は必須ですっ



デザート:誰もが誰もお前みたいに大食いだと思うなよっ。



アストレア:なっ。標準量ですっ。



デザート:どーこが標準なんだよっ。小麦足りるかっ



0:場面転換



0:マーリーン爆笑



マーリーン:はっはっはっ。なんだ、仲良くしてるじゃないか



マチア:仲が、いいのでしょうか



マーリーン:喧嘩するほど、というやつだ。いずれこの国の双璧を。引いては、私亡き後、この引っ張っていくのは彼らだ



マチア:陛下。縁起でもない事を仰らないでください



マーリーン:縁起もない。な。確かにそうだ



0:場面転換



狐:(M)それから更にふたつき後。貴族連合と騎士団の名は、ヨーロッパ全土に轟き、一大国へと成ろうとしていた



0:戦場



アストレア:デザートっ!



デザート:なんだよ。またお前か



アストレア:捕虜を、殺したそうですね



デザート:なんの問題がある。そうした方が向こうも白旗をあげやすいだろう。



アストレア:だからと言って…!



デザート:アストレア。お前の聖女っぷりは確かに綺麗だし、正しい事だと思う。でもな。正しいだけで世は良くならない。



アストレア:…。



デザート:正しい事を成すために、正しくない事をする。それが上に立つ人間のすることだ。俺はお前と違って前線には立たない。部下を死なせない事、陛下への損害がより少ない選択をする



アストレア:デザート。貴方は排他的過ぎると思います。



デザート:じゃあなんだ。言葉も、人種も、食ってきたものも崇拝してるものも仕えてる主も違う人間が、皆揃って手を繋いで大団円を組めるとでも?陛下じゃあるまいし



アストレア:そんな理想論を語るつもりはありません。ですが、出来る限り。そう在りたいです。



デザート:…。アストレア。お前の正しさは、綺麗事だ。お前はここに来た時。陛下に言ったな。



アストレア:全ての天秤である、ですか



デザート:覚えてるんじゃないか。だったらお前のやるべきことは、全ての事柄に平等であることじゃない



アストレア:…



デザート:そんなのは天秤でもなんでもない。ただの理想論主義の、盲目馬鹿だ。視力だけにしとけ



アストレア:今のは失礼かと



デザート:うるさいなっ!洒落だよ洒落!やりづら!やりづらいわーおまえ!



0:場面転換



狐:(M)そして。双方の働きにより、ギリシャ南西の土地全てを制圧、帝国領とした。



マーリーン:帝国騎士団、団長。アストレア・アステル



アストレア:はい



マーリーン:帝国貴族連合、総参謀長。デザート・ディーパー



デザート:はい



マーリーン:今日。帝国は更なる飛躍を遂げた。ギリシャ南西、全ての領土化。この大義は、二人の力あってこそだ。よくやってくれた、ありがとう



デザート:勿体ないお言葉。感謝致します



アストレア:これも一重に、騎士団員。貴族連合各位の皆様方の尽力のお陰です。一人ではとても



マーリーン:その彼らか尽力するに値する二人だった、という事だ。謙遜せず胸を張れ。二人とも。本当によくやってくれた。重ねて、礼を。ありがとう



0:場面転換



0:皇室



アストレア:…。やりましたね、デザート



デザート:馴れ馴れしくするな。



アストレア:…貴方とは本当に。いがみ合いばかりですね。少しは仲良くしませんか。私たちは、陛下に最も近い所に居る二人なのですから



デザート:はっ。懐刀気取りか。逆賊の分際で



0:アストレアはムキなった



アストレア:そうやって昔のことを掘り返すところ、あまり好きじゃありません



デザート:はぁぁ?好き嫌いでいったら俺の方がお前のこと嫌いだが。嫌いな割によくやってる方だと思うが



アストレア:だから、少しは仲良くした方が今後もより良い連携を組める、と言ってるのですっ



デザート:やかましいっ。そもそも、だ。俺はまだお前が騎士団長になった事を認めてない



アストレア:何を今更っ。あれから半年も経ったというのにっ



デザート:半年前からずっと認めた覚えないんだよ俺はっ。鋼の聖女だかなんだか知らんが、俺から見りゃいつまでたっても小汚い兵隊だよ。



アストレア:……。聖女を気取った覚えはありません。ですが。私はただ、報いたかった



デザート:…報いたかった…?



アストレア:今まで奪ってきた命の、奪わなかった命の、その違いは何だったのか。私は思うんです。死ぬべきとして生きている人間はいない



デザート:…。



アストレア:だから。私は報いたい。自分が奪った命に。自分の命を奪った人間が、下衆や外道では。それこそあんまりではないですか。



デザート:だからせめて聖女に殺されるならって言いたいのか。傲慢だな



アストレア:そう言われても。仕方がありませんね。



デザート:…はっ。結局、俺にはどうでもいい事だよ、アストレア



アストレア:…



デザート:俺は俺の王道を行く。それが陛下の歩む道だ。俺が気に食わないのは。



0:デザートは指さした



デザート:お前が、小汚い兵隊だから。ただそれだけだよ



アストレア:は……。なんですか、それ



デザート:嫌味だよ。ただの嫌味だ



アストレア:…もう。本当に、意地の悪い人です



デザート:お前にだけだ



アストレア:(M)この男は。不思議な人だ。汚れている様で、醜いようで。あまりにも真っ直ぐだ。時折、恐怖すら感じるほどに



アストレア:…デザート・ディーパー



デザート:なんだ



アストレア:貴方は、なぜ陛下に心身を捧げるのですか



デザート:…。どうしてお前にそんな事を語らなきゃならん



アストレア:ただ気になった、では。だめでしょうか



デザート:…。アストレア。このあと時間あるか



アストレア:…?ええ。訓練はもう暫く後ですので



デザート:長くなる。茶でも飲みながら話そう



0:場面転換



狐:(M)二人が帝国No.2になって、半年が過ぎ去った。役者は揃った。あとは、歯車。



マーリーン:…ごほっ。……ああ。もう、冬か



狐:こんばんは。陛下



マーリーン:ああ…。君か、どうしたんだ。こんな夜分に。今更頼みを呑みに来てくれたのか。でも生憎だな、もうアストレアが引き受けてくれた



狐:冗談じゃない。僕は面白そうな事にしか首突っ込みませんよ



マーリーン:はは。だと思ったよ。だったら、どうしたんだ



狐:…どうした。と、言われれば。そうですね



マーリーン:…?



狐:一手。投じに来ました



マチア:(M)とある、冬の晩。



デザート:俺が陛下…。いや、先生と出会ったのは。12年前。ちょうど、こんな感じで外は冷え切ってた。



アストレア:12年前、と言うと。陛下が即位なされた少しあとですか



デザート:俺はその時。陛下に仇なす敵として。その捕虜として、皇城に連行された。あの時の、お前と同じようにな



アストレア:…え?



デザート:俺の父親は、前皇帝派の列強貴族だった。



アストレア:…。なるほど、皇位継承問題、ですか



デザート:陛下が自ら皇位をもぎ取るまで。父親は、貴族連合総参謀長として。前皇帝亡き後も皇位を守り続けた。



アストレア:前皇帝亡き後も、ですか。それは少々…



デザート:ああ。自分の父親ながら、無茶な話だ。当然、支持率は下がった。領土も没収。兵隊も逃げ出して、俺たち親子は、皇城へと連行された。



アストレア:…なるほど。それで



デザート:俺は初め、陛下を見て思ったよ。こんな誇り高い人間が居ていいのか、と



アストレア:…!



デザート:不条理を感じたね。ああ、そうか。こんな穢れも知らない奴に殺されるのか。って、思ったよ



アストレア:…そう、ですか



デザート:…先生は。やっぱり俺達親子を殺しはしなかった。父親は、その晩、自害した



アストレア:自分の信じたものの為に、ですか



デザート:馬鹿な父親だよ。一銭にもならない物のために死にやがった。



アストレア:…見上げた、お人ですね。



デザート:…馬鹿な父親だったが、それでも。俺の父親だ。先生は、そんな父さんの墓を立ててくれた。信じられるか?自分の仇となる人間の墓を立てるだなんて。



アストレア:まあ、陛下の人となりを知っていれば当然、と思えますが。当時は違ったでしょう。私もそうでした



デザート:ああ。感服したよ。綺麗事でも、理想論でもない。人と人とが紡ぎ合う。そんな絵空事を。きっとあの人なら、成し得てしまう。



アストレア:…私も、そう思います。あの方なら。必ず



デザート:だから俺は。何度も陛下を殺そうとしたんだよ



アストレア:…ひょぉ。どういう、意味でしょうか



デザート:そのままだよ。こんな人間が居てたまるか。という話だ。俺は俺の人生の全てをかけて、あの人を否定したかった。それでも



0:回想



マーリーン:おや。また来たか。懲りないな



デザート:(M)あの人は。何度も何度も、俺をいなした。武器は使わない。外傷も最小限。



マーリーン:ほら。また俺の勝ちだ。いい加減俺と付いてきてくれよ。デザート



デザート:(M)俺が、先生に憧れるまで。そう時間はかからなかった



マーリーン:へぇ。今日は殺し合いじゃないんだな。



デザート:(M)俺の目的は、いつしか陛下を殺す事から。陛下から盗む事になっていた



マーリーン:チェスで決着。と来たか。はたまた面白い。



デザート:(M)軍略。政略。帝王学。その全てを



マーリーン:チェックメイト。いや、今日は惜しかったな。やるじゃないか



デザート:(M)俺があの人を先生と呼び出したのも、いつからか覚えていない。あの人の全てを学び、盗もうとしている内に、あの人の夢を、大望を。



マーリーン:ようやく来たか、デザート。一年待ったぞ



デザート:(M)俺が、叶えたいと思ったのも。いつからか、覚えていない



0:回想終了



デザート:…これが、俺が先生について行くと決めた、と言えば変だな。



デザート:俺が今。ここに居る理由だ



アストレア:…。私は。目が見えません。



デザート:ああ



アストレア:貴方がどのような顔をしているか、分かりません。



デザート:ああ



アストレア:ですが。きっと、私は。貴方とよく、似ている。根本は全く、それこそ真逆なのでしょうが。私は、貴方を。ある種の好敵手として、認めなくてはならない。



デザート:…はっ。お前が好敵手か。落ちぶれたものだな。俺も



アストレア:…。ふふ、本当に。意地の悪い人ですね



0:場面転換



マチア:帝国騎士団!凱旋であるっ。道をあけろっ



アストレア:マチア、その威圧するような物言いは良くないと思うんです



マチア:うるさい。様式美だ



狐:やあやあ、おかえりー新生騎士団諸君



マチア:おや。今日はディーパー公と一緒では無いのか



アストレア:そう言えば姿が見えませんね



狐:ああ。彼なら、今。一局打ってる最中だよ。ここから始まる。やっとだ。やっと、動き出す



0:場面転換



0:皇室、二人はチェスをしている



マーリーン:急な呼び出しですまんな



デザート:いえ。先生がお呼びなら何処へでも



マーリーン:お前はずっと。私にそうして着いてきてくれるな。もう十年か



デザート:今年で11年目、です



マーリーン:そうか。もうそんなに経つか



デザート:はい。もうそんなに経ちます



マーリーン:…また攻めあぐねてるな。いつもそうだ



デザート:ええ。悪癖ですね。先生の様には、とても



マーリーン:いいか、デザート。王ならば



0:チェスを進めた



マーリーン:まず。キングが動く。そうでなくては民も、兵士も付いてこない



デザート:…悪手、ですよ



マーリーン:いいんだよ。悪手で



デザート:そういう所は、いつまで経っても学べそうにない



マーリーン:いいんじゃないか。お前はお前だ



デザート:さっきは王ならばと言ってくれたではありませんか



マーリーン:お前が王になるなら、の話だよ



デザート:そんな話は出ませんよ。先生がいる限り



マーリーン:だったら。私が居なければ。お前は王になるか



デザート:…。それは、どういう意味ですか



マーリーン:私は。あと数ヶ月したら。死ぬ。



0:最後の駒を置いた



マーリーン:チェックメイトだよ。デザート



デザート:……は?



マーリーン:私はもう長くない。これからは、アストレアと。お前で。この国を作って行く。私には妻も子供も居ないからな



デザート:ちょっと待ってください。笑えませんよ、先生



マーリーン:冗談ではない。事実だ



デザート:それこそ冗談じゃないっ…!俺はっ。先生が居たからここに居る!



マーリーン:お前はなるべくしてこうなったんだよ。私が居なくても、いつかはきっとここに居た



デザート:笑えない



マーリーン:死に際が近いと口数が多くなる、というのは本当らしい。昔話でもしたい気分だ



デザート:笑えないっつってんですよっ!!



0:静寂



マーリーン:…デザート



デザート:先生。俺には、貴方しかいない。貴方がいないこの国なんて、俺には…!



マーリーン:デザート。こっちを見なさい



デザート:…



マーリーン:お前は。もう立派だよ。王になるに相応しい器だ



デザート:先、生



マーリーン:私を。超えて行け。デザート・ディーパー。



デザート:先生…!



マーリーン:私から願うのは。それだけだ。お前は、私の下でいつまでも燻っている人間じゃない。



マーリーン:あるんだろう。お前にはもう。お前の理想が



デザート:……。



マーリーン:だから。これは私からの頼みだ



デザート:……はい



マーリーン:お前は、お前の正義を全うしろ



デザート:…………はい。



0:場面転換



狐:(M)西暦1102年。二月。



マチア:陛下…っ!陛下ぁああっ…!



アストレア:…。マーリーン…。



狐:(M)マーリーン・アダム・アルバートは、危篤状態となった



デザート:―――――…。



0:場面転換



0:皇室



狐:やあ。デザート



デザート:…。



狐:思い詰めてるね



デザート:流石に、な。いざ現実が直面したとなると、かなり堪える



狐:そりゃそうだ。陛下はほら。良い人。だったから



デザート:…。お前はいつもそうだな



狐:え。ぼく?



デザート:ヘラヘラしていて、いつもどこか他人事だ。お前は先生が亡くなっても。何も思わないのか



狐:…うーん。思わないかな。僕は面白そうな方について行くだけだもの。だから、ずっと君のそばにいるんだよ。デザート



デザート:…どういう意味だ



狐:君は今。迷っている。だろう?



デザート:…



狐:僕は君の友人だ。だから、これを君に



デザート:…なんだこれ。林檎か?



狐:そう林檎。赤い赫い、林檎だよ



デザート:こんなものがなんの役に立つ。



狐:これは選別で、餞別だ。ほら。君の正義を全うできる



デザート:おまえ。なんでそれを



狐:気が向いたら食べてみるといい。きっとそれが、君の原罪だ



デザート:……



狐:大丈夫。君は強いよ。友人である僕が、保証する



0:場面転換



アストレア:…デザート



デザート:ああ。アストレア。ちょうど俺も呼びに行こうと思ってた所だ



アストレア:…どうしますか。これから



デザート:俺は。陛下の作ったこの国を。潰す事にした



アストレア:…っ!?何を言ってるんですか…!



デザート:陛下亡き帝国に。俺は価値を見い出せない



アストレア:意味が理解できません!



デザート:人と人とが紡ぎ合う。こんな理想論。陛下以外の誰に体現できる?俺には無理だ。勿論、お前にも。無理だ



アストレア:陛下が作ったこの国を、陛下が語った理想を、その思いを継ぐのが私達の役目の筈です…!



デザート:死体に媚び売ってどうする



アストレア:デザート!!



デザート:だってもう。先生はもう、目を覚まさない。きっとあのまま、亡くなられる。もう、陛下の理想に付き従う事も出来ない。陛下の為に戦う事も、語らう事も、チェスを打つことも。



デザート:―――出来ない…っ!



アストレア:…っ



デザート:俺がここに居る意味は、もう無くなった。俺がこの国を作る理由も、無い。アストレア



デザート:俺は、王になる。先生の成し得なかった、ギリシャ統一を。俺が成し遂げてみせる。俺の、やり方で。だからアストレア



デザート:俺は、陛下の作ったこの国を。潰すよ



アストレア:…。



マーリーン:(M)あいつは強いようで、脆い所がある。そんなあいつの隣に立てるのは――――



アストレア:デザート。私は、全ての天秤である。と、陛下に誓いました。それは今でも変わりません



デザート:ああ



アストレア:全ての正しさを拾うことは出来ない。私は、私の正義で。あなたの信念を試さなくてはならない。



デザート:ああ。



アストレア:それが。私がここに居る、意味です



デザート:―――ああ。



0:場面転換



狐:たいへんだよーぅ!



マチア:なんだ、騒がしいぞ



狐:デザートとアストレアが、一触即発だ



マチア:なに…!?



0:場面転換



アストレア:貴方は、これまで殺してきた人間の数を、覚えていますか。



デザート:十までは数えてたよ。



アストレア:…貴方は、殺した人間の顔を、覚えていますか



デザート:覚えていない



アストレア:……。そう、ですか



0:扉が開く



狐:こっちだよマチアー!



マチア:っ…!アストレアっ!



アストレア:デザート・ディーパー。貴方のそれは。私の中の正しさから逸脱している。貴方は、ええ。そうですね。貴方は、いけません



デザート:本当にお前とは、気が合わんなぁ



アストレア:ええ。まったくです



デザート:だがそれでこそ。天秤だ。アストレア・アステル



アストレア:…マチア



マチア:…。な、なんだ



アストレア:貴族連合と対立しました。近日中に、内戦が起こります。武装準備を



マチア:な、何を言ってるんだアストレア!陛下が危篤の今内戦なんてやってる場合じゃ…!



アストレア:遅かれ早かれ。あの男は。激動を作ります。裁くのなら、今だ



マチア:アストレア!



デザート:俺達も行こうか



狐:はいな〜。やる気だね、デザート



デザート:障害は全て排除する。それが俺の王道だ



狐:やっぱり。君達は。面白いなぁ



0:場面転換



狐:(M)余りにも。唐突。余りにも。呆気ない。陛下が居ない。ただそれだけの事が。帝国を二分した。



狐:(M)戦局は、至って単純。貴族連合圧倒的優位。国土を奪い合う内戦は、数と資材の勝負になる。必然的に、内戦はそう長くは続かなかった



アストレア:…



マチア:アストレア。東部戦線は壊滅した。第一師団には爪痕すら残せていない



アストレア:…そうですか



マチア:これ以上の戦闘は無意味だ。死人を増やすだけだ



アストレア:…私が出ます



マチア:待て。アストレア



アストレア:…



マチア:確かにお前は強い。強い、が。所詮は人だ。お前一人で殺せる人数なんて高々知れている。



アストレア:無闇には殺しません。



マチア:お前がそんなだから、騎士団は壊滅状態なんだ。無殺の道ほど難しいことは無い。お前は正しいが、それは理想論だ



アストレア:…誰かにも、同じ事を言われましたよ



マチア:おい、待て!アストレア!



アストレア:もう一度言いますよ。私が、出ます。



マチア:…っ。



0:アストレア退室



アストレア:…。



狐:やあ。アストレア



アストレア:貴方は、貴族連合の…。騎士団領に一人で乗り込んでくるとは。まさかとはおもいますが。やりますか



狐:まさか。最強とサシでやり合うつもりは無い。ご挨拶回りだよ。隣、いいかい



アストレア:…。どうぞ



狐:切羽詰まった。という顔だね



アストレア:…そうかも。しれませんね



狐:あれから半月。圧倒的不利だね。騎士団は



アストレア:…。ええ。



狐:いくら君が強くても。みんながみんな君じゃない。悲しいね



アストレア:…。



狐:それでも君は、君自身の無力さを痛感している。自分がもっと強ければ。自分がもっと賢ければ。ってね。ああ。どこまでも聖女だ



アストレア:なにが、言いたいのでしょうか



狐:怒ってるね。それもかなり



アストレア:…。自分で選んだ事とは言え。やはり、デザートを討つ為には犠牲が多すぎる。これは、正しいのかと。自分自身に対する憤りの方が大きいです



狐:そうかもね。君は君の正しさに、周りを振り回している。でもそれも。今日で終わりだ



アストレア:…はい?



狐:君の力に、なりに来た。



アストレア:……はい?



狐:既に、デザートとあと一人には渡してる。最後の原罪は。君に。



0:狐は林檎を投げた



アストレア:…林檎…ですか



狐:そうだよ。毒林檎



アストレア:これはまた。堂々たる毒殺ですか



狐:いいや。それを食べて、毒となるか、徳となるか。それは君ら次第だ。そう。君ら、次第だ



アストレア:…。



狐:ま。食べたって死にゃしないよ。ただのおまじないだと思って、食べてみたら?



アストレア:貴方は。ずっと、不思議な人だ、と。そう思っていました。団長選定の時もそうでしたが、この内戦でも、貴方の部隊はずっと。動きませんでしたね



狐:よく見てる



アストレア:貴方は、何故。ここに居るんですか



狐:…映画鑑賞、かな?



アストレア:…。



狐:それじゃあアストレア、またね



0:場面転換



デザート:…。



マーリーン:(兵士)ディーパー公っ。報告です!



デザート:なんだ、騒がしい



マーリーン:(兵士)東部戦線に、アストレアが現れました



デザート:…。やっと出たか。小汚い兵士が



デザート:東部戦線に第三師団までを投入するっ。西部戦線からも第六師団を迂回し挟撃にしろ。いよいよ佳境だ。



デザート:逆賊、アストレア・アステルの首をとれ…っ!



0:場面転換



0:戦場



マチア:くそっ!騎士団員!追え!アストレアだけは死なせるな…!



狐:(M)そして、第四次衝突。アストレア率いる騎士団残党。その数凡そ150



デザート:全師団。進軍しろ



狐:(M)対する貴族連合は、デザート・ディーパーによるヒットアンドウェーい作戦によりアストレアとの衝突を全回避。



狐:(M)お陰様で、第四次衝突に至るまでほぼ損害なし。残ったその数、凡そ1800



アストレア:…おまじない。ですか。



狐:(M)人類の原罪は、林檎を食べたことだという



アストレア:(M)何故それを、口にしたのかは。覚えていない。そうするべきだ。と、何故か。そう思った



狐:(M)この世は腐っていると彼は言った。



アストレア:…。陛下…。いえ。マーリーン。私は…。



狐:(M)だから、どうやら彼らは。世界にナイフを突き立てたらしい



デザート:…。先生。



狐:(M)曰く、それは感情であり、人間性



デザート:とりますよ。キングを



アストレア:執行します。正義を



狐:(M)端的に言うのであれば。それが、林檎だった



0:二人は林檎を齧った



アストレア:…。行ってきます。マーリーン



狐:(M)ここから始まるんだ、異能力者達の、午後が…!



アストレア:アストレア・アステル。出ます。



狐:(M)さあさあ!始まりました!内戦、第四次衝突!アストレアは完全独立!後方から騎士団残党が追いかけるも、間に合わない!アストレアは単身、何百人という敵兵の中に突っ込む!



マーリーン:(兵士)おおおおっ!



アストレア:ごほっ…!



マーリーン:(兵士)今だ!鉄砲隊!聖女の頭をぶち抜け!



狐:(M)圧倒的な数の暴力になすすべ無し。かと、思いきや



0:呟いた



アストレア:―――SWORDソード



マーリーン:(兵士)…ごほっ…。は…?



狐:(M)これが…っ!人類史上初めての、原初の、異能力者っ…!後の異常体ってやつだ…!



アストレア:…毒か。徳か…。でしたか。まったくもって。度し難い…!



マチア:(兵士)ぜ、全軍!一時撤退!ディーパー公に報告しろっ!



狐:(M)流石、戦の聖女!いいや今は鋼の聖女か!とんでもない!デザートの目論見とは大きく外れ、単身、第八師団を壊滅させた!そして彼女は



狐:(M)人を、殺した



デザート:なにをやっている…!相手はたった一人だろうが…っ!



マーリーン:(兵士)そ、それが…。異形の力を使っていた、と。本隊から報告が



デザート:なにを寝ぼけたことを言ってる…!ふざけてる場合か…っ!本隊と連絡を!



マーリーン:(兵士)…っ。後ろから追ってきた残党に、連絡路も断たれました…!



デザート:…っっ。意味がわからんっ!どれだけの師団を投入したと思ってる!



マーリーン:(兵士)それが、予定にあった第一から第六師団までは、残党狩りへと出たそうで…



デザート:はぁ!?どういう事だ!誰が指示した…!



マーリーン:(兵士)申し訳ありません…!不明、です…



デザート:(M)…。使えない。チェスのようにはいかないな。思ったように駒が動かない。どいつもこいつも…。ああ、そうだった。そうだった



デザート:(M)―――「私」が、出る



マーリーン:(兵士)ディーパー公、追って連絡です…!アストレア・アステルが、本陣に突入して来ました…!



デザート:…なんだなんだ。僥倖じゃないか。ちょうどいい。一手、打ってみろ。



マーリーン:(兵士)ディーパー公…?



デザート:例え悪手でも打たねばならぬ一手がある。xb6。キング、だ



0:場面転換



狐:(M)帝国領、南西。アドネ峠



マチア:はぁ…っ!はぁ…!皆!生きてるな…っ!



狐:(M)貴族連合の連絡路を断った騎士団残党の残兵力、凡そ50



マチア:はぁ…はぁ…っ。くそっ。半数、いったか…!



狐:やあ、こんにちは



マチア:お前は…っ!



狐:残念でした。ここから先はだめだよ。ちゃちゃ入れないで



マチア:全員!構えろ!



狐:あーあ。やめときなって



マチア:すまないが、こっちも団長を失う訳には行かないもんでな



狐:ふむ。鉄砲隊。



マチア:…おいおい。冗談だろ…。たったこれだけの人間殺すのに



狐:はは



マチア:何師団連れてきてんだてめぇ…っ!



狐:デザートの報告にあったやつ。ぜーんぶ



マチア:くそっ!皆!伏せろ!茂みに身を―――



狐:はい。うってー



0:発砲



マチア:…ごぽっ…!



狐:…直接手を下すのはポリシーに反するんだけれど。今回だけは、許してね



マチア:…はぁ…はぁ…っ。



狐:超大事な。イベントだから



マチア:…アス…トレア…。



0:場面転換



0:貴族連合本拠地



0:血塗れのアストレアは息絶え絶え



デザート:…来たか。アストレア・アステル



アストレア:…。デザート・ディーパー。



デザート:随分、血みどろじゃないか。聖女の名が泣くな



アストレア:…まったくです。



デザート:本隊から連絡が入っている。異形の力を使って、片っ端から首を跳ねているらしいな



アストレア:…



デザート:なんだ。本当だったのか



アストレア:そうですね。現実は、受け止められない。ですが、この力を使って人を殺した。それもまた、事実です



デザート:…。人類の原罪は。林檎を食べたこと。らしい



アストレア:…



デザート:…。どうだ。折角ここまで来たんだ。一局、打たないか



アストレア:呑気ですね。外は地獄だと言うのに



デザート:ああ。そうだな。これも、お互いに譲れなかった物のせいだ



アストレア:…。では、貴方から



デザート:ああ。私から。だ



0:発砲



アストレア:…ごほっ…



デザート:…。私は、あの時。お前を暗殺しておくべきだった。大義の為に。お前があの時、団長にさえならなければ。これ程の血が流れることはなかった



アストレア:…デザート…ディーパー…



デザート:この手段に。なんの迷いもなかった。ただでさえ化け物じみた戦闘能力に加えて、異形の力まで使う。魔女狩りでもしている気分だ



アストレア:デザート…ディーパーぁ…っ



デザート:だが。所詮は、人だよ。なあ?



アストレア:デザート・ディーパーぁああっ!



デザート:アストレア・アステルぅううっ!



0:鍔迫り合い



デザート:まだ動くか…!動くだろうな!本当に化け物じゃないか…!



アストレア:貴方は、自分の信念を曲げない為ならば…!手段を選ばない…!私が見逃せないのはそれだ…!



0:蹴りつけた



デザート:ごほっ…!なにが、悪い!結果が全てだ!過程はどうでもい!



アストレア:貴方はいつかっ!国を滅ぼす!他国だけではない!自身の国ですら!貴方のような人間は!生活を奪い!文明を滅ぼす!初め、貴方が私にそうしたようにっ…!



0:切りつけた



デザート:がはっ…!



アストレア:…。だから、私は天秤として。貴方を裁かなければならない。マーリーンが、そうしなかったが為に



デザート:ばかが…っ!どいつもこいつも、バカばかりだ…!陛下だって、そうだ…!綺麗事ばかり抜かす割に頭の足りない、愚図ばかり…!



アストレア:デザート…



デザート:羽虫が、羽、虫。がぁあっ…!



アストレア:貴方も…



デザート:――『誓約』…ッ!



アストレア:異形。ですか



デザート:全部だっ!私の全部をくれてやる!こいつを殺す術を!私にっ!寄越せ…ッ!



アストレア:(M)みるみるうちに、それは。デザートでは、なくなった。身体は神話に出てくる龍のように鱗を逆立て、獅子は蜘蛛のように伸び、その数を増やしていた



狐:へぇ。こりゃあ、また。面白いなぁ、アストレアは制裁。対象を殺す為のあらゆる術を手に入れる。デザートは



デザート:羽虫、羽虫、羽虫羽虫羽虫羽虫羽虫



狐:制約。自身のあらゆる目的を、対価を支払う事で結果を無理くり引き出す力。やっぱり異能はその人の深層心理を大きく反映させるらしい。ああ、やっぱり、面白いなぁ



アストレア:――定義収束。『鋼』



0:場面転換



狐:(M)…これで。二人の内戦はおしまい。結果的に勝ったのは。アストレア・アステル。支払う対価と、その結果よりも。彼女の方が強かった。ただ、それだけ



マーリーン:…アストレア…か…?



アストレア:陛下…。いいえ。マーリーン…



マーリーン:なんだ。本当に、アストレアじゃないか。見違えたな



アストレア:…。貴方は、なぜ。生きている



マーリーン:怖い顔だな。ひとつ、皮が向けたか



アストレア:答えなさい。貴方は、誰ですか



マーリーン:私は、マーリーンだ。君のよく知る、マーリーンだ。これに嘘はない



アストレア:…匂いが。違います



マーリーン:…ああ。そうだな



狐:(M)そして、僕が最初に林檎を渡した男。マーリーンも、また。



マーリーン:君の、その力と。同じだ



アストレア:…異形、ですか



狐:(M)彼の力は。『創造』。自身が知る限りの全てを、無条件に作り出すことが出来る。文字通り、神にも届く力だ



マーリーン:…。今の私は。二人目なんだ



アストレア:…は?



マーリーン:あの体は、もう助からない。だから。捨てたんだ



アストレア:…なにを



マーリーン:正直。残念だ。私が死んだ後も、二人は手を取り合って、この国をよりよくするものだと、思っていた。だが、違ったな



アストレア:…



マーリーン:この力を得て。真っ先に思いついたのは。君の視界を、取り戻すことだった



アストレア:…



0:瞼に触れた



マーリーン:…。どうだ、アストレア。見えるか。この惨状が



アストレア:…はい。



アストレア:(M)初めて見た。色を。初めて見た。炎を。初めて見た。血を。初めて見た。貴方を。



マーリーン:…お前と。デザートと。私なら。ギリシャを。ヨーロッパを。世界を、再成することが出来る。そう、思わないか



アストレア:(M)貴方の顔は



マーリーン:俺達は。もっと。正しく在れる



アストレア:(M)歪んでいた



0:場面転換



デザート:…ん。



アストレア:おはようございます。



デザート:…ああ。そうか。私は…。負けたのか…



アストレア:どうでしょう。残ったのは勝利ではない。痛み分け、でしょう



デザート:…。そうか。



アストレア:マーリーンは。生きていましたよ



デザート:……。何故だ



アストレア:異形、ですね



デザート:…はは。なんでもありだな。もう、めちゃくちゃだ



アストレア:……私も。貴方も。もう、長くはないでしょう。血を。流しすぎた



デザート:…ああ。そうだろうな。というか、目。見えるようになったのか



アストレア:マーリーンの力ですよ。あなたの顔も。初めて見ました。存外、男前ですね



デザート:はは。惚れたか



アストレア:冗談。私とあなたでは、どう足掻いても意見が合わない



デザート:…ああ。まったくだな



アストレア:…マーリーンは。新しい組織を。作るそうです



デザート:……そうか。



アストレア:興味がなさそうですね



デザート:先生のことは。尊敬している。今でも。だが、分かる。あの危篤状態から戻った先生は。もう、先生じゃない。違うか?



アストレア:…おっしゃる通りです。深層心理を反映した異形。その力で再成された脳は。きっと…



デザート:…そうか。まあ。気になりは、するがな



アストレア:…ですが。もう、死にますよ。私たち



デザート:…ああ。



アストレア:…死にたく。無いものですね



デザート:…ああ。



アストレア:…。



デザート:アストレア



アストレア:…はい



デザート:お前は。先生について行くのか



アストレア:…その。つもりです。マーリーンは。あの力を使って、異形を世の中にばら蒔いた。天秤として。そこに居るべきだと。そう、思いました



デザート:でも。もう死ぬだろ。私たちは



アストレア:…はい。そうですね



デザート:…死にたく。無いものだな



アストレア:…そうですね



デザート:どうだろう。私と。契約をしないか



アストレア:契約。貴方の異形ですか



デザート:ああ。あらゆる目的を達成する為の、契約だ



アストレア:……。その、目的とは



デザート:死なない身体



アストレア:…。



デザート:先生の異形で脳回路まで変わってしまうのなら。死んでしまった方がいい。だが、私は私で。まだ。この力でやれる事がある



アストレア:…はい



デザート:だから。私と。契約をしろ



アストレア:…内容は



デザート:お前が私を殺すまで。私は死なない



アストレア:…。対価は



デザート:私がお前を殺すまで。お前も死なない



アストレア:……。随分と。都合のいい契約ですね



デザート:双方同意なら。どんな内容でも。立派な契約だ。さあ。どうする



アストレア:……。そうですね。私は―――



0:場面転換



狐:(M)それから。どれだけの時が経っただろうか。創造の力で、マーリーンが異能をどうしたかは想像に容易い、火を覚えた猿みたいに



狐:(M)西暦。1521年。



マーリーン:……。



デザート:私は。反対だ



アストレア:……。わたし達の責任です。この世には、異形が増えすぎた



デザート:いいじゃないか。私達は新人類だぞ。淘汰されるべきは旧人類だ



アストレア:それは正しくない。貴方は、相も変わらず排他的ですね



デザート:先生。



マーリーン:……。ああ。俺の尻拭いは。俺がする



デザート:馬鹿げてる…!ここまで異形を増やした挙句、自らまた数を減らすというんですか…!



狐:(M)三人は。世界を再成しようとした。



アストレア:私も。マーリーンの意見に従います。力ある者が世を統べるのは、独裁的思考だ



デザート:冗談じゃない。私は降りる



マーリーン:デザート。



デザート:私の名前を呼ぶな



狐:(M)何度世界を繰り返しても。何度文明を繰り返しても。それは。変わらない



デザート:…やっぱり、先生は。あの時。死んだ。所詮は骸だ。



アストレア:デザート。発言を取り消しなさい



デザート:命令するなよ。手を貸すのはここまでだ。



アストレア:…



デザート:契約を履行する。私は。この力で世界を統べる。ああ。いいじゃないか。リベンジマッチだよ。アストレア



アストレア:そう、ですか。



デザート:お前は当然。立ちはだかるんだろう



アストレア:ええ。当然



デザート:…ああ。本当に。気が合わない



狐:(M)こうして。デザート・ディーパーという男は。表舞台から姿を消した



狐:(M)時はさらに進み。



狐:(M)西暦。1980年。6月



マーリーン:・・・



セノ:こんばんは



マーリーン:君は?



セノ:お初に。僕はセノ・アキラ。今日から中央政府監察局に配属された。ごくごく普通の人間です



マーリーン:・・・そうか・・・君が・・・



マーリーン:いや、いい。



セノ:…



マーリーン:少し、話をしないか。今日はなんだか。そういう気分だ



セノ:ええ。もちろん。死に目の話に付き合うくらいは。



マーリーン:…凄いな。君は。昔の誰かを思い出す



セノ:そりゃどうも。時期総帥はどうするんだい



マーリーン:ここから先は様々な企業や政府も加わってくる、次期会長も、中央政府の運用法も大きく変わっていくだろう



セノ:・・・なるほど。マーリーン会長。最後に、面接してくれないかい?



マーリーン:・・・はは、いいだろう。丁度いい。不思議と君の前では色々と喋ってしまうのでな



セノ:御社の活動理念は?



マーリーン:人と人とが、紡ぐ。そんな世界を作る事だ



セノ:それは成し遂げられたかい?



マーリーン:いや、まだだ。私が私の能力で世にばら蒔いた「赤い林檎」のせいでこの社会の裏側には様々な異常体が跋扈ばっこしてしまった。



マーリーン:故に、自分で自分の首を閉めてしまった



セノ:あ、そ。



マーリーン:思い返せば後悔ばかりだった・・・・・・うん・・・きっと向こうで皆に・・・怒られてしまうだろうな



セノ:帝国の皆にかい?



マーリーン:・・・!



マーリーン:なるほど・・・はは・・・そういう、ことか。



マーリーン:・・・君が、中央に入ろうと思った動機は・・・なんだ?



セノ:観光、かな。



マーリーン:・・・結構・・・存分に・・・楽しむといい・・・



セノ:君も、まぁせいぜい向こうで楽しく暮らしなよ



マーリーン:・・・あぁ・・・・・・それと・・・・・・



0:何かを喋ろうとする呼吸



マーリーン:――――。



0:マーリーンは息絶える



セノ:・・・あらら。数秒、間に合わなかったね



0:場面転換 マーリーンの葬式



アストレア:(N)中央政府創立者マーリーン・アダムは数百年に渡り組織拡大に尽力し、言葉の通り正義を貫いて死んで行った。



アストレア:そこには正しいとは言えないことも少なからず存在した。勿論そこに正義はあったのだろうがーーーーー



アストレア:ーーーしかし私にはもう、とうの数百年前から。貴方を理解することは叶いませんでした。



0:場面転換



0:バグテリア



セノ:やあ。君がバラエティ社長、デザートだね



デザート:ほお。中央政府職員か。何用だ



セノ:別に摘発しようってんじゃないよ。ただ、挨拶に



デザート:見上げたもんだ。命知らずか



セノ:面白いもの見たさで。ね



デザート:…。お前。名前は



セノ:ああ。そういえば。名前を名乗ったことも無かったね



デザート:…?



セノ:僕は中央政府監察局。二頭監察官。セノ・アキラだ。改めて、これからも末永く、宜しく。



デザート:…そうか。私は。デザート・D・クラウン。いずれこの世を統べる。王になる男の名だ



0:場面転換



アストレア:(M)…月が。出ている。



アストレア:(M)そこに在る月は。やはり、綺麗だった。


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