1.8 森の中での出来事
ウプと共に、森を疾走する。
もともとは、ちゃんと木々が生えていた森の中なのだろうが、
魔獣暴走のせいで、西に進めば進むほど森の木々は倒されており、
いまでは、大きな倒木を避ければ走りにくい森ではない。
しかも、統制の取れない魔獣暴走の途中でほかの獣につぶされ、圧死した獣の死体もあり、
肉や素材も集め放題なので、使えそうなものは拾ってから進んでいく。
おかげで空間忍術の「空箱」にも、いろいろな素材や非常食が充実し、
肉のおかげでウプも元気いっぱい、左之助の術力も確実に回復していく。
そんな少し寄り道もしながら西に向かって2日が立った昼の事。
左之助は、獣以外の理由で足を止めることになる。
「オラ!さっさと詰めろ!」
木々が倒れ、だいぶ開けた場所になっている森の中で、
人の声が聞こえたために足を止め、左之助は様子を見ることにした。
そして、最初は左之助と同じように死んだ獣の素材でも集めているのかと思ったが、
止まっている2台の馬車の近くには、手に剣や槍をもったガラの悪そうな男が7人。
馬車に獣から取ったであろう素材を入れている質素な服をきた男2人。
(まっとうな商売の奴ではないだろうな……盗賊か?馬車に詰める作業をしているのは捕虜?奴隷?)
この世界の捕虜や奴隷については知識がないため、
左之助は勉強のためにと、さらに森の茂みにかくれてこの連中をじっくり観察することにした。
ウプも左之助の横で静かに連中を見ている。
「早くしろって言ってんだろ!」
盗賊のようなの男の一人が、捕虜か奴隷の男の一人を、どなりちらして足蹴にする。
すると蹴られた男は地面に倒れてしまう。
しかし、反抗することなく立ち上がると、再び作業に戻った。
(捕虜なら多少の反抗はするが、しないなら奴隷か?もう一人の男は反応しないな)
左之助にとっては、ある程度の事が分かればそれでよく、助けてやる気はなかった。
さらに言えば、なぜ彼らがここにいて、蹴られた男が捕虜なのか奴隷なのかも確かめる必要はない。
しかし、2台ある馬車のうちの一つの中にある何かに反応し、ウプが吠えてしまった。
「ウォン!」
左之助が止める間もなくウプは隠れていた森の茂みから飛び出し、盗賊たちの前に姿を現すと威嚇した。
その声に男たちはすぐに身構えると、7人の盗賊のうちの5人がウプに向かって武器を構え前にでる。
「獣?シルバーウルフ……子供か」
身構えた盗賊の男一人から、そんな言葉がでる。
(あ~。もう~)
左之助は様子見をあきらめて、
空箱から黒いマスクとマントを取り出して身に着けると茂みから出てウプの隣に立った。
「あ~、すまない。うちのが興奮して吠えてしまったようだ」
突然茂みから出てきた左之助に、男たちは警戒の手を緩めることはなく、
こちらに向かって武器を構えたまま動かない。
「あんたは?」
そして、こちらに武器を構える男とたちの後ろから、スキンヘッドで体格がよく人相の悪い男が出てきた。
「旅の者だよ。オーサムに向かっている。あとこの狼はもっと小さい時に拾った子なんだ。
俺の言うことは聞くから攻撃しないで欲しい。それにすぐにこの場から離れる」
左之助の言葉にスキンヘッドの男が手を挙げてすぐに下におろすと、
身構えていた男たちが構えを解いた。
「そうかい。じゃあ、行ってもいいぜ」
スキンヘッドの男がそういうと、左之助は男たちを見ながら後ろに下がろうとするが、
ウプに引くことを促しても、背中を叩いて後ろに下がるように促しても、その場で威嚇して動かない。
「……二匹目だぜ」
そうこうしているうちに、目の前の男たちの一人からそんな言葉が聞こえた。
その言葉で、ウプの行動の意味を左之助は察する。
「すまないが、どうもうちのがそちらの馬車にいるシルバーウルフの気配を気にしているようだ。
生きているか死んでいるかだけでも教えてくれないか?」
スキンヘッドの男が「二匹目だ」と言った男を人にらみした後、左之助を怒気を含んだ目で見た。
「てめえには関係ねえだろう」
「そうもいかなくなった。この森のシルバーウルフを気にする御人がいて、その人と約束があるんだ。
その狼をこちらに渡して貰えるか?」
「金をだすのか?」
「何を言っている。この森に住む狼は、お前たちのものではないだろう?なめてんのか?」
左之助の言葉は交渉の決裂、戦いの合図となった。
男たちは男一人と子供のシルバーウルフを殺そうと意気込んで再び武器を構えたが、
それよりも早く左之助の手から丸い玉が投げられ、辺りが煙に包まれる。
「ギャッ!」
それに驚くまもなく、煙に乗じたウプが男たちを襲う。
さらに左之助は、並んだ男たちの奥、馬車の近くで弓を構えてウプを狙おうとしている男に気づき、
その男まで一気に距離を詰めると、思い切り顎を横に殴り気絶させた。
それからは、他の男たちを手刀で気絶させる、簡単なお仕事だった。
そして煙が消える頃には、スキンへッドの男だけが戦斧を持って立っているだけだった。
しかし、男の目に先ほどまでのような怒気はなく、怯えすら見える。
「まだやるのか?降参してもいいぞ」
男は地面に倒れている仲間に目を走らせる。
「殺さないのか?」
「まだ誰も殺してはない……はず。いつでも殺せるが、死にたいのか?」
男は戦斧を地面に投げた。
「降参だ」
「いい判断だな。お前にはいろいろと教えてもらいたいことがあるからな。とりあえず座ってくれ」
そう言われた男は、怯えながらも素直にその場に座った。
「それで、まずお前たちは何者だ?」
「ただの冒険者だ。商人に雇われて、死んだ獣の素材を集めていた」
「馬車のシルバーウルフは?」
「弱っていたのを拾っただけだ。死んでも高く売れるだろうって」
「そうか。じゃあ、あそこにいる二人は?」
左之助は、馬車の近くにいる二人のみすぼらしい男二人を指さす。
「商人にこの仕事のために貸し出された奴隷だ」
「奴隷って、さらわれてなったりするのか?行動を縛る魔法とかあるのか?」
「拘束魔法はある。でも、奴隷にまでなるのは犯罪者だけだ」
そう言われた左之助は、倒れている盗賊の男が使っていた短剣二つを拾い上げ、
何やらぶつぶつと言いながら二人の奴隷に近づくと、二人の足元に短剣を投げた。
「奴隷もつらいだろう。今だけだ。拘束魔法は効いてない。自分で死ねるチャンスだぞ」
その言葉に、二人の男は足元にあった短剣を手に取ると、
先ほど足蹴にされていた奴隷は、一気に自分の首に短剣を突き刺した。
それは衝撃的な光景だったが、男はうっすら笑っていた。
そして、もう一人の男は手に取った短剣を構え、一足で左之助の前まで距離を詰めた。
男は突っ込んできた勢いそのままで、体ごと左之助に短剣を突き刺すつもりだったようだが、
不意打ちで目の前まで距離を詰めたにも関わらず、男の手には左之助を刺した感触はない。
左之助は男をかわしており、男はそれに気づいてすぐに振り返る。
「お前、奴隷じゃないだろう?」
左之助の言葉に男はなんの反応もせず、逆手で短剣を手にする。
「商人側の人間か?でも奴隷の必要はないよな?なんだお前?」
男は足に力を込め、再び一足で左之助に距離を詰めるために飛んだ。
しかし、男の記憶はそこで途切れる。
左之助は、男が自分のいる場所に着くよりもはるか手前、
男が一番勢いがついた場所で男の頭を片手でつかむと、
そのまま地面にめり込むほどの勢いで叩きつけた。
「ダメだった攻撃を二回もやるなよ。とりあえず寝てろ」