1.5 森の中
夜の薄暗い森の中。
左之助が右腕を思い切り振り切ると、2メートルはある大猪は左之助のすぐ左側を
猪突猛進の勢いそのまま通り過ぎ、木にぶつかり昏倒した。
左之助は一足でその傍に立つと、大猪の首めがけて手刀を振り下ろす。
そして名刀で切ったかの如く、大猪の首は綺麗に落ちた。
「ちゃんと食べるから。すまん」
両手を合わせ、すぐ近くにある平らな場所で火を焚き、
大猪から血を抜くと、手刀で何個かのブロックに切って串焼きの要領で枝に刺す。
そして、それらを火の周りに刺して焼いた。
ジュ~…ジュ~
肉を食べずに過ごして幾日だろう。
香ばしい香り、火にあぶられてかおる肉の匂いが脳みそを揺さぶる。
(あ~、これはやばい。猪、お前の命は無駄にしない!)
しっかり焼けた串焼きの一本を手に取り、口にする。
一口、二口、かむたびに口の中に良く焼けた肉の味が染みる。
味はただの肉だが、久しぶりの肉の味にうっすら涙がでる。
「……うまい」
いままで修行や任務で飲まず食わずは経験しているが、
異世界で一人、何も食べずにいたことはさすがに初めてで、
しかも猪に似てはいるが食べれるか分からない獣の肉。
それが食べたことのある味だったのが、体にも心にも沁みた。
それを一心不乱に食べ終わり、満足して夜空を見上げる。
そこにはいつも見ていたような星々が空に輝いていた。
それにも少し感動した。
ゥ~ヴゥ~
そんな満足感を邪魔するような唸り声。
焚火に照らされていない夜の森の中には何匹もの狼のような獣。
その頭には二本の角が生えている。
じりじりと近づいてきており、左之助は立ち上がる。
「お前たちのテリトリーだったらすまん。これを収めてくれ」
左之助は、食べなかった大猪の頭を持つと、
狼たちのいる場所に向かって大きく投げた。
しかし、それが地面に落ちるより前、大猪の頭が空中で止まった。
「ん?」
暗闇に大猪の頭が浮かぶ異様な光景。
左之助はすぐに目に術力を集めて、闇の中を凝視する。
そこには、ほかの狼たちよりも一回り大きな狼がいた。
その姿は角も毛も真っ黒で、完全に闇に溶けている。
そんな黒い狼が、闇の中で大猪の頭を咥えていた。
(黒い獣……魔獣か?)
左之助は少し身構えたが、黒い狼はその場に大猪の頭を置くと、
他の狼が群がって大猪の頭を食べ始めた。
一方で黒い狼は食べることなくその場に座り、じっと左之助を見ている。
その目に敵意は感じられない。
左之助は頭をぽりぽりと掻いたあと、埋めようかと思い猪の皮にまとめていた内臓などの
残りものを手に持つと、狼たちに近づいていく。
ヴゥ〜
それに気づいた狼たちは食べるのを止めて警戒し始める。
そのため、左之助はその場所に猪の内臓を置く。
「これもあげよう。俺には生の内臓は食べられないからな」
それだけ言うと再び焚き火まで戻り、振り返るとすでに置いた内臓にも
狼達は群がって食べ始めており、その姿に少しほっとした。
それからしばらくすると猪を食べ終えた狼たちは満足したのが姿を消していた。
だが、黒い狼だけは変わらず左之助を見ている。
ヴァ、ヴァウ
左之助と目が合って、黒い狼は何か話すように鳴いた。
(喋りかけてる?それほどの知性があるのか。でも、理解できないんだよな〜)
腕を組んで考えて、一つの方法を思いついた。
立ち上がり、優雅に座る黒い狼に近づく。
黒い狼は微動だにせず、目の前に立っても静かに左之助を見ている。
「君を理解したい。少し信じてくれないか?」
左之助が自分の右手をギュッと握ると、そこにはナイフで切ったような傷から血が出ており、
その手を黒い狼に向かって差し出した。
黒い狼はその姿をじっと見たあと、少し手の匂いを嗅いだ後、差し出された左之助の手を舐めた。