1.2 目を覚ます
「左之助は、闇は嫌いかい?」
その声で目を開ける。しかし、何も見えない。
真っ黒な闇の中が続き、その中で正座をしているのに気づく。
「嫌いではありません。好きでもないですが」
静かに聞こえるその声に答える。
「忍びの道は闇の道。常夜をどこまでも歩く者だけが成る事ができる」
正座から立ち上がる。
「そう、立ち上がれ。天も地もわからずとも、膝をつくな」
左之助は闇の中を歩きだす。
「そう、歩め。道が見えぬとも、前に進むのだ」
左之助は足を止めた。
「じいちゃん。久しぶりに夢に出来てくれてありがとう。でも、もう大丈夫だよ」
「左之助、何も見えぬ闇でも歩み続けよ。その心を不破の刃に昇華させよ。折れぬ刃を心に持つ者こそ忍者なれば」
その言葉が終わると共に、闇の中から気配が消えた。
そして、左之助は息苦しさと共に目を覚ます。
目の前には、年輪模様の薄い膜があり、日の光を浴びながらキラキラと輝いている。
左之助はその膜に向かって頭突きをするとべリッという音を立てて膜は破れ、
左之助は自分が巨大な切り株の真ん中で、人一人分の空間に横になっていたことを確認した。
(木の中に箱型の空間を作る「木棺の術」にしては中途半端だな)
身体を思い切り伸ばし、切り株に座る。
(とりあえず、状況確認だな)
目をつぶり、両手を合わせて集中する。それは、まるでラジオのチューニングを自分でするように、
世界の中から、自分が作り出した分身の意識を拾い、自分の意思を合わせていく。
(見つけた)
その瞬間、左之助の頭のなかにさまざまな情報が流れ込む。
ただ、それは召喚された時のように高い水圧の蛇口からペットボトルに水を入れるが如くではなく、
ゆっくりと、弱い水圧でコップに水を灌ぐように頭に入ってくる。
巨大な塔の崩壊、森にいる魔獣の存在、川の場所、そして、分身がちょうど商人ギルドにいるということ。
(気を失っていたのは大体4日くらいか?)
もう一度体を伸ばしてみるが、わき腹に痛みが走り思わずうずくまる。
(だめだ。ボロボロだ)
ふたたび切り株に座りなおすと、右手の人差し指と中指だけを立て、目の前の木に集中した。
「風術・風刃」
声と共に、バシュ!という音がして目の前の木に横一線の傷が走った。
それを見て落胆する。
「……術はでるけど、この程度の力しかでないのか。まずいな」
さらにもう一度右手の人差し指と中指だけを立て、目の前の木に集中した。
「火術・火矢」
今度は声を共に、左之助の目の前に火で出来た矢が出来て、目の前の木に向かって飛んだが、
火の矢は木に届く前に消えて煙になった。
「まじかぁ~。これは術力回復が最優先だな」
それから上着の内ポケットに手を入れ、そこから黒いビー玉のような丸い球を取り出した。
(兵糧丸もこれで最後。ほんとに何も持ってない。きついな~)
兵糧丸を口に入れる。
するとすぐに口から全身に走る苦味で身体が震えたが、震えるまま立ち上がり、目をつぶって大きく息を吸う。
「でもはじめよう。折れぬ心の刃を武器に。そうこれは、俺が、家に帰るまでの物語だ!」