聖女、皆を信じる
「空間……転移っ!」
王都から国境付近に点在する街へ部隊を派遣しなきゃいけない。
普通に遠征していたら間違いなく後手に回るから、私の出番だ。
大部隊の転移は難しいけど、小隊単位なら問題ない。アドルフ王の指揮の下、空間転移をフル活用していた。
なかなか魔術研究の時間が取れないけど、魔術式完全理解は頭の中で空間魔術を完成させられる。
仕事をしながらも、私の空間魔術は少しずつ進化しているのだ。
といってもこの規模の転移が出来るようになったのは、本当につい最近だけど。
「はぁ……はぁ……まだ魔術式の練りが甘いようです。魔力消費の抑えはまだまだ改善の余地ありです」
「少し休憩を取るか?」
「いえ、大丈夫です」
魔力値125万は伊達じゃない。
朝から始めて昼過ぎには部隊の転移を終えた。片手にサンドイッチを持って、ようやく一息。
「国境付近にあるファルーセ、ルッセルン、カドイナの街はこれで万全の防衛と信じたいです」
「ふむふむ、ソアリ……おっと、ソアよ」
「ちょいちょい危ないのやめて」
「すまぬ。聖騎士団とはどのような集団なのだ?」
「えぇ、あれはですね」
一通り説明を終えると、マオはさもつまらなそうに小指で耳をほじる。
気持ちはわかるけど説明させておきながら、その態度はやめて。
「我ら魔族は打倒人間に一丸となったものだがな。人間は我々よりも、あれこれと考えすぎるのがよくないのかもしれん」
「それはありますね。あなた達、魔族の強さが人間の反面教師となっているのでしょう」
「お前に褒められて悪い気はせんな。ところでこのサンドイッチという食物、信じがたいほど美味である」
「ソースこぼれてますよ」
マオの口元や服を拭いていると、なんだか妙な気分になる。
元魔王に私は何をやってるんだろう。こんな調子だから、また変な噂が立つ可能性すらあった。
「王都の守りも疎かに出来ん。ソアよ、そなたはどう見る?」
「とにかく聖騎士団がジョーカーなので、そちらを追跡します。彼らの動向次第ではこちらも傾きますからね」
隣国に対しては騎士団の防衛力を信じるしかない。
今まで沈黙していた隣国が動き出した理由を考えると、どうしても最悪の事態ばかり思い浮かぶ。
そしてやっぱり炎の魔人が引っかかった。
「ソア、皆が心配か?」
「えぇ、でも……私は信じてます。皆さん、強くなりましたから」
さすがアドルフ王、私のわずかな動揺も見逃さない。
皆、強くなった。私が信じてあげないでどうする。
アドルフ王だって、何も死にに行かせたわけじゃない。信じて送り出したはずだ。
* * *
私、キキリに与えられた任務はとてつもなく重いです。
ソアさんのおかげでこのファルーセに一瞬で到着したのはいいですが、現地は想像以上にめちゃめちゃでした。
すでに隣国の兵隊が攻めてきた後のようで、多数の負傷者が出てます。
治癒師としての仕事はもちろんですが、もう一つの任務はファルーゼの防衛です。
私達がこの街に到着した時にはすでに第一波を凌いだ後のようでした。
「部隊の規模は?」
「30人にも満たない部隊だ。しかし奴ら、普通ではない……。訳の分からない事を口走って、痛みすらも感じていないような……」
「攻めてきた理由も不明と?」
「意思疎通の余地もない」
街の出入り口で、私の部隊の隊長さんとファルーセ駐屯部隊の隊長さんが話し合ってます。
どうも隣国の部隊は普通ではないようです。しかも30人にも満たない相手なのに、こちらの被害は小さくないです。
街への侵入は防いだみたいですが、住人の不安は広がっています。
「どうしてだろうねぇ……。なんで私らがこんな目にあうんだろうねぇ……」
「大丈夫だよ、ばあちゃん。騎士団が守ってくれるさ」
おばあちゃんと若い孫の会話が心に響きます。
他の家族が見当たらないところからして、察してしまいました。
こんな時、ソアさんならどうするでしょう? などと、なぜかソアさんの事を思い浮かべてしまったのです。
「き、来たぞー! 敵襲だ!」
「規模は!」
「おそらく魔族です!」
「とにかく門は締まっているな! そのうちに」
轟音と共に粉々に砕け散った門、異様な魔族が姿を現したのです。
太った白黒模様の牛型の魔族です。しかも大量のお乳にすいついているのは人間……。
ひー! なんですかぁ! もう!
「せ、接近まで早すぎる!」
「んもー! この子達が待てないっていうからぁ!」
口調と声色は完全に女性です。でも太った牛の二足歩行とミスマッチです。
今の速度からして、あの魔族はかなり強いです。たぶんタウロスと同じかそれ以上?
しかも、あれに加えて何か特殊な力も垣間見えます。なんて、ソアさんじゃあるまいし!
「んもー! あんた達、いつまで飲んでるのよぉ!」
「しゅみましぇん……」
「私のかわいい子達、大好きな戦いよ? そこに相手がたくさんいるでしょ?」
「はいっ! ホルスター様!」
だらしなくお乳にしゃぶりついていたのは隣国の兵士達です。
気持ち悪い……。私、キキリが抱いた嫌悪感はあの魔族だけではありませんでした。
人間がだらしなく魔族のお乳にぶらさがっている。
そうさせたのはきっとあの魔族です。人としての尊厳を奪って、こんな戦いまでさせて。
気がつけば私は魔族の前に出てしまってました。
「んもー! かわいい子がいるじゃない!」
「そこの人達はどうなっちゃったんですか?」
「私のかわいい子達のことぉ? んもー! あのお方のおかげですっかり戦いが大好きになっちゃってぇ! いい子になったわぁ!」
「あのお方?」
兵士達がゆらりとやってきます。
虚ろな表情、口の端から垂れる涎。この普通じゃない人達をどうすればいいんでしょう?
私が大好きな聖女様ならきっと救うはずです。
でも私は聖女じゃありません。
「キキリ! 君は下がって後方支援に徹しろ! 敵の詳細がわからん以上、切り札の君を出すわけにはいかん!」
「切り札……隊長、私がですか?」
「私以外も皆、君を評価している」
そう言って隊長を始めとした騎士達は私を守ります。
私が評価されている? 私は聖女様じゃありません。
「君のおかげでここにいる者達は今日まで戦えたのだ」
「隊長の言う通りだ。君の治癒があれば怖くない。まるでかつての聖女様のようだ」
「えっ……」
私が、そんな。でも、なんだか温かいです。こんな時なのに熱くなってきて、力が入ります。
「んもー! なんなの、この子達はぁ!」
ソアさんのおかげで、私は強くなった気がします。
私よりもソアさんのほうが聖女様です。でも、今だけは。
「キキリは皆さんの聖女です……!」
今だけは私が聖女です。
そして聖女信仰の証のペンダントを握りしめた後、魔力を解放しました。





