聖女、自称自警団を討伐する
「あぁ……あなたはまるで聖女様のようです」
エルナちゃんのお母さんの言葉にドキリとした。
手を合わせて祈りを捧げられる。
確かに本人だけど、ばらすわけにはいかない。
今の私は犯罪者であり、ノコノコと姿を現す資格もないからだ。
何より20年後の聖女ソアリスは30歳を超えているから、今の私が名乗り出ても誰も信じない。
「聖女ソアリスを知ってるんですか?」
「えぇ、昔にね。この街にいらっしゃった事があるんです。その時、一度だけお顔を見たのですが……あの美しいお姿は今でも忘れません」
私、そんなに綺麗だったのかな。あまり自分の外見を意識したことがないからわからない。
自分の顔をペタペタと触っていると、エルナちゃんが目を輝かせていた。
「ソアさん、一体どこでそんな魔術を身につけたんですか?」
「え、いや、その。旅の修業中にですね。そんな感じでバーンと習得したんです」
「ふーん……」
なんか納得したっぽい? 目がちょっと疑ってるけど。
さてと、次の問題は――
「おぉい! 出てこいやぁ!」
外から怒声が聴こえる。
空間掌握で確認したところ、数十人くらいかな。
自称自警団の報復なのはわかってる。
エルナちゃんの家を特定された以上は決着をつけるしかない。
「二人はここで待っていて下さい。エルナちゃんもですよ」
「私も!」
「ダメです」
「ソアさんの実力はわかってますけど、自分の街は自分で守らないと!」
「エルナちゃんは真面目で優しいですね。でもあなたにはやってもらいたい事がありますから、ここは私に任せて下さい」
力不足や足手まといみたいな理由じゃない。
こんなところで手を汚してほしくないからだ。
この子にはこれからお母さんや街を守ってもらう。
そんな大切な大仕事の前に、下衆な人達のためにその手を汚してほしくなかった。
ぬいぐるみは表がかわいくても、裏は汚い。
聖女も同じで皆を安心させる一方で、綺麗じゃない事もやらなきゃいけない。
それが私が選んだ道だから。
「わかりました。不甲斐なくてすみません」
「大丈夫、エルナちゃんは強いです」
エルナちゃんに笑いかけてから堂々と外へ出ていくと、自警団が強面を揃えて待っていた。
その中心で偉そうに腕組をしている男がリーダーかな。
赤い長髪が過激なイメージだ。
「どーも、自警団でーす。この度は街の治安維持のためにやってきましたー」
「初めまして。旅の治癒師のソアです。この度は街の正常化の為に尽力します」
まずは団員、実力はどんなものかな。適当に3人くらいでいいか。
名前 :自警団員A
攻撃力:156
防御力:140
速さ :138
魔力 :5
名前 :自警団員B
攻撃力:143
防御力:129
速さ :130
魔力 :1
名前 :自警団員C
攻撃力:145
防御力:128
速さ :141
魔力 :2
「ふーむ!」
実力でいえば5級冒険者の上位くらいかな。
数値だけ見ればエルナちゃんの敵じゃないけど、何しろ数が多い。
病気のお母さんを抱えてこんな人達を相手にするには、リスクが大きすぎる。
あの子の性格上、立ち向かうよりもお金を稼ぐのに精一杯だろうし。
ならず者としては標準値だと思う。
というのも大体、ならず者に落ちるような人はこのくらいの実力で留まる。
理由は様々だけど、この壁を超えられるかどうかで駆け出しを卒業できるかどうかが決まると思う。
戦い抜けばもっと強くなるし、やめたらここで終わり。それか死ぬ。
「あなた達は冒険者ギルドに所属して、真面目に働く気はないのですか?」
「は? 冒険者ギルドだってよ」
「ぷっ、今時あんなところに所属してる奴なんかいねーよ」
「時代はハンターズだよな。オレが知ってる奴なんか、あそこで相当稼いだって聞いたぜ」
ギルドのおじさんが言ってた通りだ。
隙あらばハンターズ入りを望んでいるならず者達だった。
なんて考えているとリーダーらしい赤髪の男が、一人の男の髪を掴んでいる。
掴まれているほうはギルドで私が空間魔術をくらわせた団員だった。
その左右に数人、いずれもあの時のメンバーだ。全員がひどい怪我を負っている。
「よくここがわかりましたね」
「その辺の奴をとっちめたらすぐ吐いたよ。わかる?」
「はぁ……」
「エルナって女は前からオレ達の邪魔をしやがってさ。もういい加減、どうにかしてやろうって思ったわけよ。わかる?」
私の考察とは裏腹に立ち向かっていた。
そしてついにここまでやるんだ。
絵に描いたような悪党だけど、まだマシかな。
本当の悪党はこんな小物じゃない。報復として家に火を放ったり、家族や友達を人質にとる。
エルナちゃんのお母さんの病気を治すといって、さりげなく家まで付いていったのもこの為だ。
放っておいたら、絶対にこの人達が何かしてくると思った。
「こいつらがさ、なんかひっでぇ目にあったらしいんだけどさ。まー、一応? お礼しとかなきゃいけないじゃん? わかる?」
「その人達から私の実力は聞いてないのですか?」
「魔術を使うんだろ? そういうのでイキってる奴は何人も知ってるよ。そこの家のガキもその一人なんだけどさ。まぁオレも実は使えるんだよね」
「それはすごいですね」
ちょっと意外だ。この男の実力は――
名前 :自警団ボス
攻撃力 :405+200
防御力 :395+200
速さ :312+200
魔力 :124
「うーん……」
「ん?」
「おそらく自警団の中で魔術を使えるのはあなただけですよね。それならもう少し魔術による攻撃に特化させたほうがいいですよ」
「なんで?」
「物理での攻撃が通りにくい魔物もいますし、敵が人間でも同じです。相手の戦力や戦術次第では魔術があれば楽な事もあります」
「はぁ……?」
つい敵に解説しちゃった。昔の癖かな。
でも幸い、呆けた顔をして真剣に受け止めてない。
私のこの考えでいくとエルナちゃんもちょっと無駄配分なんだけど、それは後の話だ。
「あのさ、リーダーのオレが強くて何が悪いの?」
「あ、別に聞き入れろと言ってるわけではありませんのでお気にならさず」
「癪に障る女だなぁ。殺していい?」
「それはダメです」
肩をすくめて、手下にリアクションを求めるリーダーの男。
次の瞬間、顎で合図すると手下が一斉に襲いかかってきた。
少し思い知らせてやる。
素手で戦って脅かしてみよう。
「ぐぁッ……!」
「うぐっ!」
先発の二人を一発ずつ入れて昏倒させると、さっそく残りが怯んでくれる。
「まだやりますか?」
「……やるじゃん。素手で戦う女は嫌いじゃない」
本当は私専用の杖があるんだけど、たぶん王都のどこかに保管されている。
あれは壊せないからそうするしかないはずだもの。
「何してんの? 数人同時でたたみかけろよ」
「は、はい!」
「やってやる! やってやるぞ!」
二人じゃ足りなかったのか、残りが攻撃を再開した。脅かしも無意味か。
「う……!」
「パワーが、違い、すぎ……る……」
次々に倒れる団員達を前にして、リーダーの男の顔色が変わる。
残りが数人になったところで少し後ずさりして、逃げる姿勢だ。
「ボ、ボス! 聞いた通り、この女は化け物です!」
「何なんだよ、マジ何者だよ。ふざけるなよ……」
「ボス、ここは大人しく頭を下げ……いぎゃあぁッ!」
降伏を促した手下がリーダーの剣で斬られる。
見せしめだったのか、リーダーがまた顎で攻撃を促すと手下にやる気が戻った。
「うわあぁぁ!」
「チキショオォ!」
容赦なく拳で顔を打ってそれぞれ沈めた。
とうとう一人になったリーダーの男に近寄る。剣を持ったまま、リーダーが私を睨みつけた。
「マジで何なんだよ、お前。ここはオレの楽園だったのにさ……。クソッ、ハンターズに入りさえすればお前なんか……」
「ハンターズについて何か知ってるんですか?」
「オレが聞きたいよッ!」
全力で斬りかかってきたリーダーだけど、私にしてみれば手下と大差ない。
ひょいっとかわすと、リーダーの男が鼻息を荒くして剣を構え直す。
「やるね。でもしょせんこいつらは魔術すら使えないゴミさ」
「そういう差別は感心しませんね」
「仕方ないだろ? だって実際、魔力も魔術もない奴に負けた事がないんだ。あいつらはゴミだよ! 風属性低位魔術ッ!」
剣を振ると同時に真空波のごとく見えない刃が放たれる。
これに対して私は何もしない。するだけ無駄だと思ったから。
それはその通りで、風の刃は私に命中してそのまま消えた。
「は? え……?」
「強い魔術師ほど魔術に対する耐性を持っているものです。そんな相手に出会わなくて運がよかったですね」
「クソッ! もう一発!」
結果は同じだ。私のローブに切り込みすら入らない。
虚しく小さな風を巻き起こしてから消滅するだけだった。
「ううぁ……うわぁぁ!」
何度も何度も何度も繰り出す。
ものともせずに近づく私にリーダーの男は顔色を変える。
「終わりです」
拳で装備を貫通して胸に当てると、血を吐いた。
「ごふッ……」
「あなた達のような人達には残念ですが、私が戻ってきました。これからの悪党稼業はやりにくくなるでしょう」
「なに、もの、だ、よ……」
リーダーの男が倒れてから見渡すと、辺りには自警団だらけになっていた。
窓から様子を眺めていたエルナちゃんとお母さんを見て微笑みかける。
「まずはこの人達の装備を剥ぎ取って、と……」
聖女とあろう人が、と言われそうなシーンだ。
だけど私は聖人じゃない。
生かすべき人を生かせるなら、取捨選択だってする。
この装備だって売るなり使うなり、街の役に立つんだから。