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聖女、冒険者として落ち着く

「ご、5級冒険者に認定するよ! 見る目がなくて悪かった!」


 ギルド職員の声が上擦って、さっきのぶっきらぼうな対応とは全然違う。

 興奮して冒険者カードを渡す際に強く手を握りしめられた。

 狸寝入りしていた冒険者もすっかり起きたみたいで、硬直して見ている。


「一瞬、あいつらが斬れたように見えたが……。風系の魔術の使い手か?」

「それは秘密という事にします」

「そうだよな。うんうん。このご時世に君みたいな子が冒険者になってくれるなんてなぁ」


 深く追及されなくてよかった。

 すごすぎて何がなんだかわかってない感じだ。


「そういえば、他の冒険者さんがほとんど見当たりませんね」

「あぁ、今や冒険者よりもハンターズのほうが人気みたいだからな」

「ハンターズ?」


 受け付けのおじさんがつらそうに深々とため息を吐いた後、説明してくれた。

 聖女事件以降、勢力を伸ばした組織で冒険者ギルドから次々と優秀な人間を引き抜いているらしい。

 報酬の羽振りも良くて、仕事もたくさん紹介してくれるから今や冒険者よりも人気だとか。


 ただし、混沌とした世情に乗じて法の壁を堂々と越えている。

 だからこそ問題になってるけど、急増した魔物の対応に手一杯な王国軍に余裕なんてない。

 更には規模が大きくなりすぎて、元締めがどこかもわからないほどだとか。


「元々は冒険者パーティの一つだったとか、いろいろな噂はあるがね……。この有様を理解しただろう?」

「そうだったんですか。でも、そんな中で冒険者ギルドに残っているエルナちゃんは偉いですね」

「いい子だよ。病気のお母さんの為に毎日、働いている」

「病気……」


 エルナちゃんを見ると、作った笑顔で安心させてきた。

 さっきも助けを求めなかったし、誰かに迷惑をかけたくないんだと思う。

 こういう子が報われなくてどうする、聖女ソアリス!


「いろいろと問題は山積みですね。わかりました、一つずつ解決していきましょう。ここにいた自警団はハンターズなんですか?」

「いや、あいつらはそんな枠ですらない。おこぼれを狙っているとは聞いたがな」

「何にもなり切れない人達ですか……」

「それと奴らはほんの下っ端だ。さっき君が撃退した奴ら、怯えながら逃げただろう? ボスの元へ向かったと思う」

「ゲッ! あの人達だけじゃないんですか!」

「だから厄介なんだよ……」


 ゴキブリを一匹見たらなんちゃら、というようにまだまだ駆除しなきゃダメかー。

 でもそんなものよりも大切な事を知ってしまった。


「さぁエルナちゃん! お母さんの病気を私が治しましょう!」

「……ソアさんが?」

「あなたも元気になりませんとね」

「わ、私は元気ですよ?」

「あなたのような子には本気で笑顔になってほしいんです」


 出会ってからずっとそんな気がしてた。

 私が全力で笑顔を見せると、エルナちゃんが目元を潤ませる。


「す、すみません。出会ったばかりなのに……」

「もう無理しなくていいんですよ」

「は、い……」


 少しの間だけエルナちゃんを抱きしめた。

 すすり泣くたびに震える身体が、痛々しい。

 それはまるで堪えていた悲しみがあふれ出て決壊したようでもあった。


                * * *


 家の中は殺風景だった。必要最低限のもの以外がない。

 私が見渡していると察したのか、お金のためにほとんど売ったと説明してくれた。

 彼女自身も冒険者ギルドで討伐の仕事をこなしているけど、家計はかなり苦しいみたい。


「お母さん。こちらが旅の治癒師のソアさんだよ」

「旅の、治癒師?」


 ゴホゴホと咳をしながらも上体を起こしたから、ひとまず止める。


「無理しないでください」

「はい……」


 エルナちゃんのお母さんを見ると、体中の至るところが弱っていた。

 しかも持病とその他で合併症を起こしていて、このままだと1年ともたない。

 お母さんの手を握って、静かに瞑想した。


「まずはお母さんの魔力に回復を促します。通常、魔力は毒にも薬にもなりません。しかし、訓練次第でいろいろな事ができるようになります」

「力を強くしてバーン!ってやるやつですね!」

「あ、はい。まぁそうです」


 雑な表現だけど、なんとなくわかってくれた。

 エルナちゃんがいう身体能力強化がその一つだ。

 私の場合は魔力で大体の相手はゴリ押しできるように強化している。

 このお母さんの場合、バーンとまではいかなくても身体を助ける程度の機能をもたせればいい。

 その甲斐があって、お母さんの顔色が良くなり始める。


「なんだか体が楽になりました……」

「普通の生物であれば、工夫次第でこんな回復もできます」

「ソアさんはすごい腕前です!」

「えっへん!」


 久しぶりに褒められて嬉しい。やっぱり人助けはいいものだね。


「これが治癒魔術なんですね!」

「広い定義でいえばそうなりますが、本格的な治癒魔術はこの一歩先にあります。と、説明すると長くなるので次です」


 エルナちゃんの目が輝いてるように見える。

 興味を持ってくれてるのかな?

 次はお母さんの病だ。原因になってる部分をピンポイントで狙い撃つ。


最高位治癒魔術(エンジェルヒール)……」


 今度は私の魔力をお母さんの体に注ぐ。

 浸透させるように変換した魔力で、身体に害を及ぼす要素を排除してくれる。

 先にお母さんの魔力で体を回復したのも、少しでもこの魔術による回復の助けになってほしいから。

 当たり前だけど健康体のほうが、不健康体よりも治すところが少ない。


 だから魔力による働きかけも健康体のほうが効率よく行える。

 相手の健康状態を見ないでいきなり回復する乱暴な治癒師もいるみたいだけど、穴だらけの治癒になる可能性が高い。

 怪我の治りが遅い場合も、これが原因な事が結構あると私は思う。


「な、なんだか……不思議な、心地……」

「まだです。もう少しだけジッとしていて下さい」


 お母さんの体から病が消えたかどうか。これも魔力の流れで判断するしかない。

 少しずつ感じ取って、目で見て。健康体と同じように、落ち着いた流れになればいい。


「あ……」

「お母さん?」

「スッキリしたような……」


 最高位治癒魔術(エンジェルヒール)が終わると、エルナちゃんのお母さんがベッドから降りた。

 少し体を動かしてから、大きく深呼吸する。


「咳も出ない! ウソみたい!」

「はい、治療が終わりました」

「すごいすごい! エルナ! 私、元気になったんだわ!」


 親子で手を握って、ダンスのように回る。

 なかなか微笑ましい光景です。私も頑張った甲斐があった。

 この街に立ち寄れてよかったと思う。

 今、この瞬間にも苦しんでいる人達が世界中にいるけどすべての人は救えない。

 だからせめて、こういう人達のところに立ち寄れた事が私にとって奇跡だ。

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