聖女、真相に一歩近づく
屋敷の地下にある私専用の研究室で、タリウスの遺体を調べていた。
いつもみたいな表面的な情報だけじゃなく、もっと根本的な部分だ。
体内に残る魔力を検出して、魔術式完全理解でひたすら解析をしていた。
魔力は基本的に人間も魔族も本質は変わらない。
ただ相手によっては禍々しい魔力なんて感じる事があるように、性質は変化する。
このタリウスは何を考えて、どう生きてきたのか。それによって性質は変化する。例えばこのタリウスは刺々しい魔力という表現が適切だ。
その刺々しさを更に分析して、魔力の奥底を見透かす。
「ソアリス、その魔族について何かわかったようだが?」
「はい。予想通りなので驚きはしないのですが、やりきれませんね」
秘密裏に招いたアドルフ王が、タリウスの遺体を見つめたままだ。
ここに人を招いたのは初めてだった。リデアもこの場所は知らない。
そうじゃなかったら、私の私室じゃなくてこっちに超魔水を置いたと思う。
お父様とお母様には悪いけど、本当の意味で誰にも邪魔されないで魔術に打ち込める空間が欲しかった。
ここにいると頭の中で魔術式が踊ってくれる。
楽しいダンスが描いた軌跡が、私に新しい閃きを与えてくれる事もあった。
「結論から言いますと、このタリウスは純粋な魔族ではありません。元人間です」
「……私としては頭を抱えたくなる」
「心中お察しします。ただし、この元人間が自分の意思で魔族側についたかどうかは不明です」
「今更、我が国の民が……などと嘆くつもりはない。第二、第三のタリウスが出現する可能性があるわけだ」
確かにこんなのがずらりと並んで一斉射撃、なんて冗談じゃない。
王様の発言は比喩でも何でもなくて、そのままの意味も含んでいると思う。
「タウロスもその線だと思ってます」
「例の薬か? そうなると、大元はマザー・グレースか?」
「その可能性は低いと思います。私が調べたところによればグレースは20年間、王都から出ていません。彼女がデモンズ教として活動し始めたのは少なくとも20年前、私が封印された以降です。それ以前は当然、私がいましたしデモンズ教なんてあったら存在すら許しませんでしたよ」
「う、うむ。つまりグレースが王都の外にいる人間をタリウスに変貌させた……とは考えにくいわけだな」
「グレースは自らの意思で姿を変えましたし、タリウスもその線と考えられなくもないですが。ただタウロスやタリウスは、いずれも王都の外にいました」
タウロスもタリウスも、20年前にはいなかった。
グレースが大昔から薬を手に入れて、配っていたとも考えにくい。
タウロスが王都内で薬を与えられて変貌したなら、王都の外から攻めてくるのは不自然だ。
タリウスが王都内で薬を与えられて変貌したなら、アルカマイダ草原を活動場所にしたのも不自然だ。
慎重な性格だったし、街中で暴れるような真似はしないだろうけど。
「……あくまで推測ですけどね。もしかしたら私が想像もつかない方法で、どこかから来たのかもしれません」
「そなたの予想が当たっているとすれば、グレースも黒幕の手駒に過ぎなかったかもしれんな」
「さすがはアドルフ王。そうです、私も彼らの背後に何かいると睨んでいます」
「そして私が頭を抱えた最大の理由がある。それは……」
アドルフ王が仮眠用のベッドに腰をかけた。
断りもなくこういう事をする人じゃないだけに、話だけでも今回は疲れたんだろうな。
いや、別にいいんだけど。
「グレースの薬の供給元は王都内にいる。もしくは王都に出入りできる何者か、という事になる」
「はい。勢いあまってグレースをそのまま殺したのは間違いでした」
「気にするな。むしろ誇れ。お前は心に従ったのだからな」
「そう言っていただけると少しは気が晴れます」
剣を振るった結果に偽りなどない。
レーバインさんならそう言ってくれるかな。
レーバインさん、か。
「まずは王都へ入ってくる物資をより厳しく取り締まる。情報収集にも力を入れて、疑わしき人物は拘束しよう。それと……ソアリス、どうした?」
「私、レーバインさん……聖騎士団の騎士団長に会います」
「どういう算段だ?」
「聖騎士団をこの目で見極めます。騎士団から独立したとはいえ、少なくとも敵ではありませんからね」
「それもいいだろう。彼らの存在は私の不徳でもある。今更、何も言えん」
そうやってすぐに内側に飲み込んでしまうのはこの人の良いところでもあり、悪いところでもある。
王家や民を守護する使命があるはずの人達が逃げたというのに、微塵も怒りを見せない。
先を見据えて、淡々と出来る事をやっている。この人は強い。
「アドルフ王、喉が渇きませんか?」
「いや……」
「フルーツジュースを作りますね」
「いや、いいと言ってるのだが……。待て、なぜそんなものが作れる? そもそもフルーツなど」
「贅沢は敵だというお気持ちはわかりますが、あなたはこの国の王です。たまには力を抜いて一息ついて、次に備えましょう」
王様という立場上、気づかってくれる人はいても強制はできない。
放っておいたら休まずに歩き続ける人だ。
だからたまには押し付けてでも、休ませてあげないと。
「炭酸も可能ですよ?」
「……苦手だ。さっぱりとしたもので頼む」
もう突っ込む気力も失せたところで、冷凍保存の魔導具からフルーツを取り出す。
魔術式完全理解によって完成させたフルーツの旨味だけを抽出する魔術を披露したところで、王様がようやく噴き出した。
才能の無駄使いと言われたら、返す言葉もない。
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