デイビット、リデアに依頼する
「リデア! 仕事だ!」
以前、雇っていた使用人はきっと辞めさせたんだろう。
合鍵を使って入った僕を迎える者はいない。
王都の一等地に陣取る巨大豪邸、それがリデアの住居だ。
有り余る資産に加えて、男達から搾り取った養分はここに吸い上げられている。
そんな広い豪邸の二階へ上がり、彼女の私室へ入ると湿気が籠っていた。
換気もせずに一人で寝ているようだ。
僕が来たというのに抱きついてこない。
「リデア、僕だ」
「あぁ……デイビット様……」
「着替えろ。仕事がある」
「すみませんの……どうも、調子が優れなくて……」
怪我の具合いなど、悪いはずがない。
炎の魔人討伐から帰った後、リデアは僕と寝たのだ。
それから何度か体を重ねたが、これといった変化などなかった。
それなのになぜ今になって、不調を訴えるのか。
そうか、やっぱりそうだ。
「リデア、僕以外に男が出来たんだろう?」
「ち、違いますわ。頭痛と吐き気がひどくて……」
「僕以前の男達の事は不問にしたはずだよ。リデア、今なら正直に言えば許す」
「本当ですわ! 信じてくださいませ!」
僕はあきれ果てる。
ここは一つ、試すしかない。
ひとまずキングサイズのベッドに腰をかけて、リデアを抱き寄せて唇を重ねた。
しかし間もなく僕の体は突き飛ばされてしまう。
リデアが呼吸を荒げながら、僕を見下ろしていた。
「も、申し訳ありませんわ! でも今は本当に無理なんですの!」
「いい度胸だね。リデア、今の君があるのは誰のおかげだい?」
「もちろんデイビット様のおかげですわ」
「わかっているなら、どうして僕を拒絶する」
「ですから身体がきついのですわ! 頭が割れそうで、こうしているのも辛いんですの!」
リデアの男癖の悪さは知っている。
どれほどの男に散々貢がせて搾り取って捨てたか。
たとえ平民の貧乏人だろうが、血の一滴まで啜る女だ。
そんな女だからこそ王家とはいえ、僕を捨ててもおかしくない。
今すぐにでもどうにかしてやりたいが、リデアは僕より強い。
万が一にでも癇癪を起こされるよりは、こっちも利用するだけ利用してやろう。
「……それだけの元気があるなら問題ない。リデア、君に討伐してほしい奴がいる」
「と、討伐?」
「最近、王都に来た奴でね。治癒師と名乗って陛下に近づき、王都内で何かを企んでいるようだ」
「そんな奴が……。例のハンターズでは?」
「そうだとしたら尚更まずいが、今はどうでもいい。問題はそいつが並み大抵の実力ではないところだね。下手をしたら君よりも……」
リデアの眉間に皺がより、口をつぐむ。
プライドが高い女だから、こう言えば必ず食いつく。
「このわたくしよりも? デイビット様、聞き捨てなりませんわ」
「だったらすぐに支度をしろ」
「そいつの名はなんといいますの?」
「確かソアとか呼ばれていた。庶民向けの汚い治療院で働いていたが、とにかく凄まじい怪力だ。この僕がまったく抗えなかった」
「それはきっと魔力で強化していますわ」
リデアがふらつきながらも着替えを進めている。
この様子であれば、体調不良がウソではないかもしれない。
しかし多少の不利はあったとしても、今のリデアに敵う奴などいないはずだ。
魔力値にして1万超え。これは魔術師のトップ層と言われた宮廷魔術師をも凌駕する数値だ。
ただし僕自身がその数値を確認する事はできない。
リデアなど、ごく一部の者達はこうして魔力などを数値化する事が出来るという。
羨ましい限りだが、僕は力に関しては持たざる者だ。
だからせいぜいリデアには気張ってもらわないとね。
「勝算はもちろんあるよね?」
「お姉様ほどの魔力ならいざ知らず……。そこらの強者気取りに遅れは取りませんわ。わたくしの魔力を超えるとなればせいぜい魔王や邪神、八賢王……」
リデアが突然、言葉に詰まる。
「それと、あの炎の魔人くらいですわ。あれは仕方ありませんの……。おそらくかつての魔王と同等かそれ以上ですもの」
「そうか。あのソアとかいう治癒師がそのような強者である可能性は万に一つもないな。そんな奴がいるならとっくに今の情勢など塗り替わっている」
「仰る通りですわ。あの聖騎士団のトップでさえ、魔力は」
「あのー」
部屋のドアがノックされる。
間の抜けた声だ。まさか賊か?
「リデア、他に誰かいたか?」
「いえ、鍵もかけてましたし……」
「鍵……」
そういえば、入口の扉は合鍵で開けたままだ。
つまりこの豪邸には誰でも入る事ができる。
戸締りなど、僕の役目ではなかったから忘れていた。
あのボンクラのロイヤルガードもクビにした今、僕がやらなければいけなかったんだ。
いずれにせよ、どうするか。
「何者だ!」
「すみません。ベルもない上に鍵がかかってなかったので、ここまで来てしまいました。え、その声はデイビット様?」
「なに……?」
ベルなどない。
この豪邸に入る事が許される人間など限られているからだ。
それが仇となってしまったわけだが、聞き覚えがある声だな。
それもつい最近のようで、遠い昔に聞いたような。
この僕を知っているとなれば――
「リデア。修繕費は僕がもつ。ドアごと、向こう側にいる奴を殺せ」
「よいのですの?」
「良い。こんなご時世だ。僕達の命を狙った者かもしれないからね」
「わかりましたわ」
リデアが魔力を両手に込めてから一気に放つ。
彼女も無詠唱を可能にする魔術師だ。
敵がどれほどかはわからないが、魔力感知も許さないこの先手を防ぐ手立てなどない。
「光属性高位魔術ッ!」
思わず目をつぶってしまう光。
そんな瞬きをすれば終わる一瞬の決着だ。
ドアが消失して賊も当然――
「……は?」
何者かが立っていた。
衣服やフードすらも無事だ。
「いきなり手荒いですね」
途端、心臓が急激に高鳴って呼吸も整わなくなる。
忘れもしない。そこにいるフードかぶりの女こそがソアだからだ。
そいつが遠慮なく部屋に侵入する。
そしてフードの奥で笑ったように見えた。
まさかの日間総合入り……落ちると思ってたのですが皆様のおかげです!
まことにありがとうございます!
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