聖女、国王と謁見する
王都はひどい有様だったけど、20年後の城はあの時のままだった。
民が苦しみ喘ぎ、王族は貪る。
城は国の心臓部でもあるからしょうがないとはいえ、皮肉めいた対比に見えてしまう。
人手が足りないのか、城の中で待ち受けていたのは疲れ切った表情をした侍女だった。
20代そこそこに見えるのに頬が痩せこけていて、まともに食事を取れていないとしか思えない。
どこに通じているかわかるけど、案内に従った。
「道中で採ったモモルの実、食べます?」
「え、いえ! いただくわけにはいきません!」
「一口だけでも齧ってみて」
おそるおそる果物に口を近づけて、少しだけかじる。
その後は猛烈な勢いで食べつくしてしまった。
そんな様子があまりに痛々しい。何日、まともに食べてないのかな。
「う、うっ……あ、ありがとうございます……」
「回復魔術をかけておいたので、今は辛抱してください」
涙をポロポロとこぼし始めた侍女。
休みだってろくに取れてないかもしれない。
謁見の間の手前まで案内してもらった後、何度も深々と頭を下げられた。
「では、私はこれで……。あの、すごく暖かかったです」
「回復魔術がですか?」
「本当に、本当に、どうも……ありがとうございます……」
また侍女が泣き出しそうになっていると、謁見の間の扉が開いた。
中から出てきた人達は冒険者を始めとして、緊張した面持ちを崩さない。
あの人達もきっと王都に招集されたんだと思う。
入れ違いで私達が入ると、玉座にはなつかしい人が座っていた。
「よくぞ参られた。楽にせよ」
20年という歳月を差し引いても、かなり老けて見える。
まだ40そこそこのはずなのに、皺が目立ってほぼ老年に見える。
アドルフ王子、いや。今はアドルフ王が私達に微笑みかけた。
「経緯は聞いている。王都防衛への多大なる貢献、感謝する。トリニティハート、治癒師キキリ、それに……」
アドルフ王がフードかぶりの私を凝視する。
国王の前で不敬同然だけど、私は取らない。
なぜならこの程度で怒り出すような人じゃないのはわかってるから。
「……少し寒かったか。近頃は老朽化に対する修繕も追いつかなくてな。困ったものだ。そういうわけで、治癒師ソアだったか。楽にしてよいぞ」
「ご容赦、感謝致します」
余裕がない状況なのに怒らず、軽く流してくれる。
昔から温厚で、それでいて強い。
今も起きているのが苦痛なほど、怪我に悩まされているのがわかる。
私達に会うために無理にでもベッドから体を起こして、ここに座ったんだろうな。
ありがとう、アドルフ様。そしてもう大丈夫。
私が回復魔術をかけると、アドルフ王の表情が少しずつ和らいでいく。
「これは……」
「出過ぎた真似をして申し訳ありません」
「治癒師ソア、とんでもない。むしろ気を使わせてしまった私に非がある。己の未熟さを恥じよう」
「あまりご自分を責めないでください」
ロイヤルガードを一人もつけていない。
この人の事だから、防衛や討伐に回したのかも。
自分の護衛をやっている暇があったら民を一人でも、なんて言いそうだし。
「さて、道中ご苦労であった。まずは先日のタウロス討伐の件、誠に感謝する。諸君がいなければ防衛できずに王都は壊滅していたかもしれん」
「は、はい! いえ、そのような! ことは!」
一瞬、キキリちゃんかと思ったけどサリアさんだ。かなり緊張している。
「本来であれば、このような招集は許可しないところだが事情が事情でな。まず王都やその周辺にはいくつかの問題がある。一つは頻発する魔物の巣だ」
「あのタウロスも、ですか?」
「そうだ。奴のように、かつての魔王軍を彷彿とさせる魔族も珍しくなくなってきたのだ。度重なる襲撃で王国の戦力も底が見えてな……。いや、それだけではないのだが」
「ハンターズや聖騎士団ですか?」
図星だったのか、アドルフ王は言葉を詰まらせた。
軽く咳払いをしてから、話を再開する。
「……聖女封印事件以降の反乱は本当にひどかった。聖女派と反聖女派の激しい対立の最中、生まれたのが聖騎士団だ。王国騎士団を見限って離職した者などが集まり、聖女信仰を掲げている。奴らにとって王国は聖女を封印した憎き仇というわけだ」
「そんな事があったんですか……」
「これはかなり有名なのだがな」
「あ、そうだったんですか」
油断するとすぐにボロが出る。
だけどアドルフ王は気にしないで、話を続けた。
「同様にハンターズも捨て置けん。多くの冒険者が彼らに取り込まれたせいで、冒険者ギルドは急速に弱体化してしまった。彼らとは昔から持ちつ持たれつの関係を築いていただけに、その支援を満足に受けられないのも打撃となっている」
「聖騎士団とハンターズが何か王都に危害を加えるようなことは?」
「それはない。ただし聖騎士団と違って、ハンターズは今や無法者の一大勢力だ。間接的にでもこちらの資源を奪われ続ければ、ますます立ち行かなくなる」
「敵は魔物だけではないのですね」
「敵対したくはないのだがな」
王都だけでもひどい状態なのに、人間が問題を起こしている。
このせいで各街や村との流通が厳しくなって、物資の供給がほぼ絶たれているのは間違いない。
はてさて、これは私一人の手には負えないな。
「さっそくだがトリニティハートの諸君にキキリ、ぜひ協力してほしいのだが異論はないか?」
「もちろん協力を惜しみません。しかしお言葉ですが陛下、大変なのは王都だけではない事はご存知ですよね」
「デューク!」
サリアさんは咎めているけど、当然の反応だと思う。
デュークさん、相手は王様だというのにすごい胆力だ。
王国側の弱体化という弱みがあるにしても、デュークさんから怯えや遠慮が一切ない。
むしろ少し怒っているように見えた。
「私は常に民を第一に考えているつもりだ。ただし見ての通り、全員を救えるような状況ではない。つまり時には残酷な取捨選択をしなければいけないのだ。君達には酷だが、私は私の判断を信じている」
「了解しました。我々一同、陛下と共に国に尽くします」
「おい、ハリベル。オレのセリフだろ」
「すまんな」
デュークさんなら一言、二言くらいは反論したと思うけどさすがは冷静なハリベルさんだ。
そういう事にして丸く収めた。サリアさんも半ば呆れてるけど王様の手前、黙っている。
「では諸君の任務は後ほど伝える。次にキキリ、そなたには軍医として働いてもらう」
「軍医ですか?」
「そうだ。情けない状況だが宮廷魔術師含めて、王国軍における治癒師が不足しておるのだ。そなたのような優秀な治癒師が加われば、防衛は増して安定するだろう」
「なるほど! 軍の聖女となるわけですねぇ!」
「聖女……?」
なんだかキキリちゃんが変な方向に行きつつある。
私のせいかな。
「そして最後にソア、そなたとは後ほど話そう。別室にて待機してほしい。案内させる」
「わかりました」
どこか弾んだ声に、私もなんとなく察する。
アドルフ王の目が私のフードの奥を見透かしている気がした。
私もそのつもりだったけど、こちらからもアプローチしておこうかな。
「では……」
「陛下。聖女リデアは今、どちらに?」
唐突かつ直接的なアプローチだ。
もちろんアドルフ王は何も答えなかった。





