聖女、復活する
暗闇空間に裂け目が出現して、私はそこから足を出す。
全身をくぐらせると、裂け目が閉じる。
「やっと空間魔術を完成させられた……」
手足、体を確認する。どこにも異常はないみたい。
暗黒空間の冥球内で、私はあらゆる脱出方法を考えていた。
特級魔導具である冥球は、物理や魔術問わずあらゆる干渉を拒否する。
冥球内で出来る事といえば思考だけだった。
考えた末に私が出した結論は『現時点で存在する魔術での脱出及び破壊は不可能』だ。
「ここはどこなんだろう? 洞窟の中?」
魔導具の破壊が不可能なら、干渉せずに脱出する魔術を開発するしかない。
私は自分の才能をフルに発揮した。
持っているあらゆる常識の破棄、一から魔術式を学び直すように思い出す。
飛躍に次ぐ飛躍、無数に広がる選択肢は全部試した。
それでもダメならもう一度、最初に戻る。
魔術の原点から復習して、そこからは気が遠くなるような思考だった。
それは私という魔術師が才能の限界に挑戦した結果でもある。
空間魔術。『時』『理』と並んだ未来魔術を私は頭の中だけで構築した。
この未来魔術を完成させたという実績が、私の魔術師としての最高の実績になると思う。
だけどそんなものが欲しくて、完成させたわけじゃない。
「だいぶかかっちゃったなぁ。冥球……。あなたは強かったよ。危険だから私が確保しておくね」
封印された時は大きくなってたけど、今は手頃なサイズに戻っている。
球体の冥球を拾い上げて、次は周囲の確認だ。
私が封印された王国裁判の場とは似ても似つかない暗い場所だけど、すぐに理解できた。
冥球で私を封印した後、リデアがここに隠したんだ。
「光属性低位魔術……」
手の平から光の玉を出して、暗い洞窟を照らす。
落盤の痕跡を確認した後、深くため息をついた。
完全に閉じ込められている。
そして問題はここが地図でいえばどのあたりなのか、見当もつかなかった。
「空間掌握……」
空間魔術にて、障害物を含めた周囲の状況を確認する。
これで一定の範囲における生物、無機物などを含めた空間の情報を習得できた。
うん、覚えたてにしては上出来。よしよし。
「この落盤地点から進んだところに魔物がいるなぁ。強さまではちょっとわからないし……。しょうがない、空間転移」
掌握した空間内なら自在に転移できる。
でも今はそんなに広い範囲に適用できない。
完成とはいっても、まだまだ向上できる。
転移した先にいた魔物を光属性低位魔術が照らす。
「こ、この魔物は……」
どんな生物にも少ないながら魔力がある。魔力の流れ、速さ、パターン。
すべて解析すれば相手の強さが大体わかった。
こうやって収集した情報を王国軍や冒険者ギルドに流すのも、私の仕事の一つだ。
おかげで国内の魔物討伐が効率よく進んでくれた。
名前 :ダークサーペント
攻撃力:21,970
防御力:19,677
速さ :33,412
魔力 :1,045
スキル:暗視
うん、王国内にいるような魔物じゃない。
未踏破地帯の地下迷宮『タルタロス』の中層を住処にしているやつだ、これ。
このレベルになると前に私が討伐した魔王の幹部に匹敵する。
スキルの暗視は暗闇の中だと、より命中率が上がる厄介なスキルだ。
他国からの調査依頼を受けた私は、発見されたタルタロスに潜った。
1級冒険者パーティが帰らず、軍隊ですら行方不明というのだから断る理由なんてない。
でもいくら調査とはいっても、さすがに引き返そうかと考えたほどの人外魔境だった。
今思えば最下層まで調査を終えられたおかげで、だいぶ鍛えられたなぁ。
「考える事は山ほどあるけど、まずは蛇ちゃんを退治しないと!」
この魔物が外に出たら、騎士団総出でも危ない。
国家規模の災厄指定されるレベルの魔物だ。なんでこんなところにいるの。
「キシャアァァァァッ!」
「これは……洞窟が崩れるかも!」
蛇が私を食べようと超高速でかぶりついてくる。岩肌ごと綺麗に歯型を残して消えた。
でも魔力で身体能力を強化している私にとっては楽にかわせる。後は洞窟の心配だけ!
「成功するかわからないけど……空間切断ッ!」
指をくいっと動かすと、ダークサーペントの頭と背景が一刀両断のごとくずれる。
背景ごとずるりとずれた後はダークサーペントの頭が暗がりに落ちた。
これで安心しちゃダメだ。
こいつはしぶといから、念には念を入れないと。
というわけで、うねっている胴体も同じ手順で分割した。
すべて終わった後は切れた背景だけが元の位置に戻る。
万物は空間なくして存在できない。
つまり空間に依存した万物は、空間が分割されると存在を維持できなくなる。
時の干渉そのものに抗えるものがないのと同じで、空間という概念からは逃げられない。
と、身に付けておいて何だけど震えるほど強い。
「さすがにこれくらいは倒せたかー……。でも、これはまずい」
ここで私はステータスを確認した。
名前 :ソアリス
攻撃力:2+50,000(魔力強化補正)
防御力:2+50,000(魔力強化補正)
速さ :2+50,000(魔力強化補正)
魔力 :1,250,000
スキル:魔術式完全理解
「ダークサーペントの時はこのくらいでよかったけど、普段は抑えてもいいかな?」
久しぶりに自分のステータスを確認できて安心した。
物心ついた時には、すでに1万超えだったのを思い出す。
それから段階的に魔力が跳ね上がって、これ実はすごいんじゃないかなと思った時には数万。
魔術学院に入学する10歳の頃には20万ちょっと。卒業した頃には60万くらいだった。
聖女時代の数年だけで倍以上も上がった。
魔術式完全理解は魔術に関するすべてを理解するという一見してわかりにくいスキルだ。
未来魔術だって時間をかければ習得できたし、魔術師憧れの無詠唱だってお手の物。
魔力消費だって極限に抑えられるし、何なら魔力の流れでステータスやスキルを確認できる。
実際、魔力をフル解放して戦った事は一回もない。
魔力値以上に、本当にすごいのは魔術式完全理解だ。
極め付けに今回の空間魔術習得で、出来ない事はないんじゃないかとさえ思ったほどだもの。
「……あーあ」
ふと王国裁判を思い出す。
超魔水の入手、冥球、封印術。あの子はこれを全部こなしたんだ。
私はそんな妹のリデアを思い浮かべた。
「やるじゃない、リデア。でもね……おかげで私は超魔水所持の犯罪者だよ」
子どもの頃から魔術に打ち込んで、更には寝る時間を削った事もあった。
心配したお父様とお母様が止めたこともあったっけ。
二人が喜ぶならと無茶をしすぎて反省したなぁ。
私に濡れ衣を着せて封印までしたリデアは今頃、何をしてるんだろう?
立派な聖女になれたかな?
どっちにしても、私はすべてを奪われた。お父様とお母様も失望してると思う。
あんなに頑張ったのに。
大好きな二人を喜ばせたかったのに。
皆が笑顔になれたら、それでよかったのに。
「リデア……!」
洞窟の壁に亀裂が入り、地割れが発生する。
怒りで魔力暴走なんて段階はとっくに乗り越えたと思ったけど、まだまだ未熟みたい。
逆上しそうになる感情を振り払うかのように、私は外に向かって走り出す。
入り口から差し込む光が、なつかしくも眩しかった。