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国の為に成すべきこと

「また来たか……!」


 死傷者ともに数百人は出たというのに早朝、またも奴らが攻めてきた。

 城壁が破壊されて、民にも被害が出たというのに。アドルフ王が重傷だというのに。

 いや、泣き言など無意味だ。どのみち国を守り切らねば。

 部下の騎士達の士気が下がり切っている中、敵の大将が高らかに笑いながら巨体を揺らしてやってきた。


「おぉ! 時間をくれてやったんだ! 再開だぜぇ!」


 一つ目の牛巨人、タウロス。

 王都付近に魔物の巣(デモンズネスト)を構えて、以前から手下の魔物をぶつけてきた主だ。

 炎の魔人と並んで厄介極まりない。

 その炎の魔人はどういうわけか、こちらから攻めねば手出しをしてこないが奴は違う。


「だいぶ疲れてんなぁ! けどよぉ、仕方ねぇよなぁ? てめぇらが弱すぎるからこうなってんだもんなぁ! おぉ?!」


 一つ目をぎょろりと動かして、私を捉える。

 周辺にはバフォロットを始めとした牛型の魔物が多数いて、明らかにこちらが劣勢だ。

 それでも私はその腐った瞳から目を逸らすわけにはいかない。

 その挑戦から逃げるわけにはいかないからだ。

 国に忠誠を誓う王国騎士団長として、最後まで立って戦う義務がある。


「こりゃダメかぁ?! てめぇじゃなくてよぉ、なんかいるだろぉ? 少しはマシなのがよぉ! おぉ?!」

「……お前は強い者と戦えれば満足なのか?」

「いや?」

「ならば何故、王都を襲う!」


 答えずにタウロスと手下達は下品に笑い合っている。

 どこまでも侮辱しおって……!


「これだけ大地にのさばっていてよぉ。人間以外が抑え込まれていたわけだろぉ? だったらてめぇらはてめぇが一番強いって思い込んでるって事だ」

「そんな思い上がりなどない!」

「謙遜するなよ! オレはな、そんなてめぇ自身を強いと勘違いしてる奴を叩き潰すのが面白れぇんだ!」

「下らぬッ!」


 痛む身体を奮い立てて、剣を握り直す。部下達も同じだ。

 中には剣や槍を杖がわりにして立とうとしている者もいる。

 今、ここにいるのは最後まで国に残った者達だ。

 これまで重傷を負って二度と剣を握れなくなった者、命を失った者、精神がまいった者、見限って騎士団を抜けた者など数えきれない。

 そんな中で今日まで戦い抜いてくれた。

 これだけでも我が国が誇るべき事だ。笑われる道理などない。

 自分よりも遥かに強い相手に立ち向かえる精神、これのどこが弱い。

 年寄りらしく口を酸っぱくして教え込んだ甲斐があったか。よく今日まで戦ってくれた。


「おぉ? こいつ、泣いてやがるぞぉ! おい、見ろ!」


 またも聞くに堪えない下品な笑いだ。

 バフォロットごときでも、ご主人の言葉は理解できるのか。

 いずれにせよ無駄な知恵と忠誠心だ。


「ラドリー騎士団長。命に代えても王都を守りましょう……!」

「ベイウーフ部隊長、私はお前達のような部下を誇りに思う。だからこそ死なせはせん」

「その言葉だけでも、何度でも立ち上がれます!」

「くっ……もう何も言えん……!」


 腐敗した上層部を見限らずにしがみついているのは私のような年寄りだけで十分だというのに。

 何故、お前達はそこまで。何故、戦える。


「私は子どもの頃、ラドリー騎士団長に憧れて……。あなたのようになりたくて騎士を志望したのです」

「もういい……」

「それは今でも変わりません。今、あなたは奴らに立ち向かおうとしている。だから私は最後まで(まっと)うします。あなたのようでありたいと」

「もういいッ!」


 吐くほど過酷な訓練を課したというのに。心が折れるほど叱責したというのに。

 この期に及んで、こんな古臭い人間にもったいない言葉をぶつけおって……。


「おもしれぇ話でもするのかと思ったけどよぉ。聞いて損したわ。おぉ?」

「貴様の為になるような話などない。牛頭など三歩も歩けば忘れるのだからな」

「お、おぉ?」

「昔、田舎で飼っていた牛がな。何度も脱走しては迷いおる。小屋も柵も壊すパワーくらいが取り柄だったな。お前を見て思い出したわい」


 怒りで言葉が出てこないのか。鼻息だけが荒くなっている。

 口達者な素振りを見せても、しょせんは魔族風情だ。


「やっぱりてめぇが一番強いと思い込んでんじゃねぇかよ……なぁッ!」


 タウロスの拳が地面を打つ。

 地響きだけで崩れかけていた城壁の一部が崩壊した。

 地面の隆起だけで騎士達が浮足立つ。

 そのパワーたるや、天災そのものだった。

 それが合図になったのか、手下達が一斉にかかってくる。


「我々の後ろにあるのは祖国だ! それを忘れるなッ!」


 迫るバフォロットごとき。

 老いぼれの剣の錆にしてくれる。


「ぐふっ……!」


 耐えろ、我が体よ!

 一匹でも多くの鬼畜どもを道づれにするのだ!


「ぬおぉぉぉっ!」


 我が大剣にて斬られる牛ども。

 年寄りと見くびるからこうなる。


「老いぼれてもぉ、腐ってもぉ……この剣に誓ってぇ!」


 これまで多くの優秀な部下を死なせてしまったからにゃ。死ぬまで現役よ!


「てめぇらはよぉ! そんな様で生きてどうすんだよぉ! いつ死ぬかわかんねぇでよぉ!」


 死に怯えて人生、生きられるか。

 こんな死にぞこないのジジイすらも倒せぬ牛どもよ。

 この命尽きてようやく気づくか。ジジイ一匹の為に散った同類を数えるか。

 数えられぬだろうよ! 牛頭ではな!


「生きてて情けなくなんねぇのかよぉ! おぉ?! なぁ?」


 死ぬまで鳴け。

 私は死ぬまで――


「ぐふぉっ!」


「しぶといジジイだなぁ」


 1級の魔物の突進を受け止めた身ですら、タウロスの拳は耐え難かった。

 殴り飛ばされて起き上がろうとするも、身体がまったく動かない。

 

「う、うぅ……」

「ラドリー騎士団長ッ!」


 手に力が入らない。剣がこの手から離れていく。

 待て、まだなのだ。まだ、その時ではない。

 何故、動かぬ。


「あーあ……ダメだ、こりゃ」


 牛頭の言う通りだ。どうも血を吐いて、惨めに倒れたか。

 せめてあと一匹、一匹でよかったものを。

 

「おい! てめぇらのボスはくたばったぜ! おぉ?! 見ろよ! よーく見ろ! みっともねぇこのカスをよ! おぉ!」


 闇が近づいているのを感じる。

 指先から少しずつ冷たくなる。

 直感した。これが死か。


「どれどれ、あんだけ大口叩いてくれたジジイよぉ。勇敢な死に様で満足してんのかもしれねぇがな。潰してやるよ。きたねぇ死体をあそこの王都に放り込んでやる。どうだ?」


 ソアリス様。私はこれでよかったのでしょうか。

 あなたがいなくなれば、この有様です。

 国内を屑どもに良いようにされて、嘲笑されて。

 これもほぼすべての問題をあなた様に丸投げした報いかもしれません。

 あなたを信じているなどといいながら、私は甘えておりました。

 あなたさえいれば、そんな風に楽観していたのです。

 だからせめて、最後に。


「申し訳、ありま……せん……」


 謝らせて下さい。


「ソア、リス……様……」


 私は旅立ちます。どうかいつの日か、再会を――


「ありがとうございます」


 願って――


「あ? なんだぁ?」


 今のは。


「動かないでください。すぐに治します」

「え……」


 幻聴? 死後の世界? 私は何を聴いている? 何を見ている?

 この心地よさはなんだ? 果てしない懐かしさを感じる。

 そうか、私は回復魔術をかけられているのか。


「これは……嘘のように怪我が……」

「お怪我のほうはすぐに治ります。こんなところで申し訳ありませんが、安静にしてください」

「あ、あなた、は?」


 激痛が消えた私が目にしたものは、フードを深くかぶった治癒師だ。

 背格好からして、少女と呼ぶ年齢か。

 あれほどの大怪我が一瞬にして消えるとは、只者ではない。

 しかしこの声、どこかなつかしい気がする。


「私は治癒師のソア。この度、要請により助っ人として馳せ参じました。彼らもまた同じです」


 そう言い終えると、彼女の背後には見知らぬ若者が立っていた。

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