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聖女就任式

「ひゃー! すげぇ人の数!」


 俺達、トリニティハートは王都に帰ってきた。この王都、最初に来た時とは大違いだ。

 人々は荒んで塞ぎ込み、物乞いがいる。建物の修繕も追いつかなくて、路上生活者が多かった。そんなのが遠い昔のように思える。


「聖女就任式……。概念だった聖女が正式に国から権威として認められるんだな。ソアリスのやつ、ますます忙しくなるんじゃないか?」

「うむ……。予想はしていたが、大騒ぎどころではないな」

「ハリベル、お前さ。ちょっと前に進んでくれないか? 人の群れをかき分けたいんだ」

「魔物から守るのは賛成だがな。全員で離ればなれにならないように手を繋ぐぞ」

「ちぇーっ!」


 あのソアが聖女ソアリスだった。あれから何日か経つが、何一つ実感できない。

 そもそもソアリスといえば二十年前に封印されたはずだ。どうやって封印を? 話をしたかったがそんな暇なんかなかった。

 ソアリスの宣言直後、戦いが終わると全員が押し寄せてまったく近づけない。実はソアが士気を上げるために、でっちあげてるんじゃないかと疑っているオレがいる。

 だってあのソアだ。料理を作らせれば死ぬほど甘く、拳一つで敵を粉砕する。魔術が得意だと忘れるくらいだ。一方、聖女といえば厳かで気品あふれる少女と聞いている。だけどこの賑わいようだ。


「聖女様はまだか!」

「まだ時間じゃない、慌てるな」

「へっ、どうせ国が用意した偽物だろ?」

「お前は馬鹿か? あの聖女様を誰が演じられるんだよ」


 すでに乱闘の気配さえ漂っている。そりゃそうだ。全員が聖女を崇拝しているわけじゃない。

 聞いた話だとこの王都では二十年前、聖女派と反聖女派で争ったせいで多くの血が流れたそうだ。

 そんな中でこれだけの人間が集まってるんだからいざこざの一つや二つが始まってもおかしくない。


「あ、デュークさん!」

「エルナか。よく見つけられたな」

「ハリベルさんが大きくて助かりました」

「役に立ったな、ハリベル」

「お前の赤髪もなかなか目立つと思うがな」


 ハリベルがでかさを強調するように、オレの頭に手を乗せる。嬉しくねぇ。


「エルナ、ソアが聖女だって信じられるか?」

「実は薄々そうじゃないかって気づいてました……」

「ウソだろ?」

「私を含めて、弱い人達に手を差し伸べて守る。初めて会った時からずっとソアさ……ソアリスさんのスタンスは変わってません」


 オレ達にも戦いや魔術の指導をしてくれた。国を守るためだけじゃない。いざという時、自分で身を守れるようにするためだ。

 そして本当にどうしようもなくなれば駆けつける。確かにそういう奴だった。

 偽物だと疑ってるわけじゃない。グランシアとの戦いでも、あれだけの人数が決起して信じた。本物じゃなきゃ出来ないだろう。


「そうだよな。聖女なんて呼ばれてるけど、聖女だからじゃない。ソアリスだから聖女なんだ」

「料理は甘いし殴って戦ってますし、たまに抜けてますけど……私達が知るソアさんが本当のソアリスさんだと思います」

「……本人が聞いたらどうなるだろうな」


 オレ達はソアリスのおかげで成長できた。あのグランシアの魔術師団長に勝てたし、他の連中だってそうだ。

 今や国境付近は衰退前と変わらないほどの防衛力をつけている。あれからグランシアは大人しいみたいだが、いつまた攻め込んできてもおかしくない。

 そうなった時にソアリスがいなくても、きちんと守れるように成長しているはずだ。


「王都の学園も再開すると聞いてますし、ワクワクしますね。私、通う予定なんです」

「学園かぁ。お勉強はなぁ」

「あのソアリスさんも卒業したそうですよ。一年しかいなかったみたいですけど」

「……あいつが人並み以下なのは料理だけだな。さて」


 近くで始まったケンカをハリベルがあっさりと止めて、オレも男達の腕を握る。サリアとエルナはお喋りに夢中だ。

 ちょうどラドリー騎士団長が城の門から出てくるのが見えた。あの人、泣いてる? いや、号泣だ。


「ソア、リス様ッ……! よく、よくご無事で……!」

「ラドリー騎士団長、しっかりしてください」


 あんな状態でまともに警備が出来るのか。と訝しんだところで肩を叩かれた。


「ちょっと失礼。就任式の場所はここで合っているかな?」

「あぁ、そのはずだけど。あんたは?」

「しがない魔術師さ。聖女ソアリスのファンでね」

「そうか。やっぱりそういうの多いんだな」


 黒いローブにマスクというルックスが怪しく見える。まぁこれで怪しいなんていったら常に白いフードを被っていたソアリスも大概だ。見た目で判断するのはよくないな。


「すごい人の数だね。聖女ソアリスは城から出てくるのかな?」

「そうじゃないか? なんか時間がかかってるみたいだけどな」

「帰ってくるのにこんなにも時間がかかったんだ。仕方がない」

「ん? そうか」


 引っかかる物言いだ。変なファンがつかないといいが、これだけいたらそれも難しいか。

 怪しかろうが大人しく待っていれば問題ない。が、ふとマスクの男の視線が気になった。


「な、なんだよ?」

「失礼」


 耳に手を当てて何やってたんだ? しかもこいつ、城の門じゃなくて一瞬だけオレ達を見ていたような。

 そんな時、サリアが腕をつんつんとつっついて耳打ちしてくる。


「気をつけて。魔力の感じからして只者じゃない」

「マジか」

「警戒しなくていい。私はただ感じていただけだ」


 聞こえたか。こいつ、やっぱり何かおかしい。


「君達は凄腕だ。そちらの女の子二人も素晴らしい。心地よく感じるよ。聖女ソアリスがそろそろやってくるな。着替えに手間取っていたようだ」

「お前、何者だッ!」

「言っただろう。私はただのファンだよ。それよりあまり騒がしくしないほうがいい」


 エルナもサリアも完全に警戒態勢だ。ソアリスのおかげでオレ達の魔力感知の精度は格段に上がっている。

 だからこそこいつの異質さに気づけた。そもそもこいつ、気がつけばオレ達の背後にいて声をかけてきたんだ。何者だ? グランシアの魔術師か?


「恐れなくていい。私は本当に何もしないよ」


 マスクの奥から発せられるその言葉には何の感情も籠ってないかのように思えた。

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