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聖女、休みを満喫しようとする

「ソアさん! おはよう!」

「ソアちゃん! 今日もかわいいね!」


 自警団を倒してから一ヶ月、街はどこか活気づいたように思える。

 朝靄の中、少し前まではこうして挨拶される事なんてなかった。

 狸寝入りしていた冒険者こと、レックスさんの指導の甲斐もあって少しずつ街の戦力が整いつつあるのが大きい。

 一方で魔物討伐は私の役目だ。

 周辺の魔物の巣(デモンズネスト)を片っ端から潰しているおかげで、この街への魔物の侵攻がない。

 そうなったら他の街との流通も復活してくる。してくるんだけど――


「昨日まで、5つの魔物の巣(デモンズネスト)を破壊……。さすがに多すぎる」


 一方でため息も出る。

 魔物の巣(デモンズネスト)、その名の通り魔物の根城だ。

 形や場所は様々で、数や強さも違う。またいつどこに発生するかも予測できない。

 聖女時代は度々、王国軍や冒険者が対処できない魔物の巣(デモンズネスト)を潰してきた。

 魔王や邪神がその最大規模で、ここまでくると国が脅かされる。

 だけどそんな時よりも、今のほうが明らかに魔物の巣(デモンズネスト)の数が多かった。

 そのせいか、思ったより流通が活発にならない。

 考えてみたら他の街もここと同じように苦労してるのかも。

 

「何か大元がいるのかなぁ」

「ソアさん! おはようございます!」

「エルナちゃん、おはようございます。今日も冒険者ギルドへお出かけですか?」

「はい! 魔物討伐に素材採取、やる事は山積みですからね!」

「うんうん、立派に私の手を離れてくれましたねぇ」


 エルナちゃんは本当に驚かせてくれた。

 先日の段階で基礎ばかり重点的に教えたけど、魔力値の上昇値がすごい。


名前   :エルナ

攻撃力  :2+100

防御力  :2+100

速さ   :2+100

魔力   :875+230


「一ヶ月で魔力値が300も上がるなんて……」

「ソアさんの指導がいいからですよ」

「えっへーん!」


 こうして褒めてもらえるとやっぱり嬉しい。

 あれから魔術による攻撃に特化してもらったおかげで、この周辺の魔物はもう敵じゃない。 

 魔力の身体強化は最低限にして、魔術による攻撃能力を高めてもらった。

 これのおかげでバフォロットを含めて、この辺りの魔物なら先制で倒せる。

 仮にそうじゃなくても、まず負けない仕上がりだ。

 杖も少し手を加えてあげたおかげで、魔力増幅の効果が高まっていた。

 魔力値だけなら2級冒険者クラスだ。この子が強くなったおかげで、より素材を市場に流せるようになった。

 魔物の巣(デモンズネスト)はさすがに控えてもらってるけど、その辺の魔物を討伐してくれるだけでありがたい。

 いくら私が頑張っても、限界があるからね。


「ソアちゃん、今日も討伐かい?」

「レックスさん。いえ、今日は久しぶりにのんびりしようと思います」

「それはいい! 君には世話になりっぱなしで申し訳なく思っていたからな。一か月前の自分をぶん殴ってやりたいよ」

「それはダメです。ご自愛ください」


 あの時はやる気のない人だと思ったけど、今はこんなに熱量がある。

 人間、環境ときっかけが大切だと改めて学べた。

 とはいっても、レックスさんが鍛えた人達が冒険者登録試験を受けられるようになるまではもう少しかかる。

 今はまだ基礎を積み上げているみたいで、今日もこれから朝の訓練をやるみたい。


「今日もいい天気ですねぇ。さて、久しぶりにどこでのんびり……」


「いたぁ! ソアさん! 来てくれ!」


 血相を変えて走ってきたのは、この街の数少ない冒険者さんの一人だ。


「ハァ、ハァ……。ま、街の入口に怪我人がいる! 来てほしい!」

「怪我人? わかりました」


 一緒に街の入り口へ向かうと、人だかりが出来ている。

 かきわけて進むと確かに血を流してうつ伏せになっている人がいた。

 鎧に刻まれているのは紛れもなく王国騎士団のシンボルだ。

 王都からここまで、かなりの距離があるはず。それなのにわざわざここに?


「ソアさん、助かりそうか?」

「正直に言うと虫の息です……。ですが、やれるだけやってみます」


 慎重に魔力を流して身体の治癒効果を促しつつ、回復魔術をかけた。

 さすが王国騎士だけあって、元の体力のおかげで治癒効果がみるみる上昇していく。

 エルナちゃんのお母さんの時とは比べものにならない。


「う……」

「喋ったぞ!」


最高位治癒魔術(エンジェルヒール)ッ!」


 強く発光した魔力が、全力で騎士を癒やしていく。

 出血が止まり、激痛も引いてるはず。あとはこの人次第だ。


「痛みが、引いて……」

「無理に喋らないで下さい」

「あなた、は……」


 騎士が薄く目を開く。私を見て何か思い当たったみたい。

 でも、まさか私が聖女ソアリスだとは思わないはず。

 あれだけの大怪我だったけど、騎士が起き上がる。


「あんな大怪我が一瞬で……」

「ソアちゃん、すごすぎでしょ……」


「ソア……?」


 騎士が改めて私を見る。顔を凝視して、何か腑に落ちないといった感じだ。


「どうしてこの街に? 何があったのですか?」

「そ、そうだ! 王都が大変なんです! 魔物が攻めてきて、騎士団総出で応戦して……。あれから何日も経ってるし、無事かどうか……」

「それでこの街に救援を求めたんですね」

「そうなんです! カドイナなら戦力が集結してるはずだと、騎士団長が私に早馬を命じたのです。しかし道中、魔物に馬もやられて私自身もご覧の有様でして……」

「よくここまで辿りついてくれました。後はお任せ下さい」

「お任せって、あなたは……。やはり、どこかでお会いした事があるような」


 きっと騎士団長のラドリーさんだ。まだ現役だったなんて……。

 あの人なら確かにそう判断するはず。

 でもこの街の状況は知らなかったみたい。

 あの人ほどの人物が知らないとなると、やっぱり王都や各町の流通がうまくいってないかも。

 私やエルナちゃんが魔物討伐をして数を減らしてなかったら、この人もここまで辿りつけない可能性が高かった。


「エルナちゃん。残念ですが今からでも発たなければいけなくなりました」

「え……。事情はわかりますけど、ソアさんが行くんですか?」

「はい。どなたか、この件を町長にも伝えてほしいのです。王都がそれほどの被害を受けたとすれば、この街も警戒しなければいけません」

「ソアさん、あなたは一体……」


 エルナちゃんにはきちんと伝えるべきだったかな。

 でもそれより今からでも旅の準備をして、発たないと。


「そんな目をしないで下さい。すぐに会いにきます」

「で、でも。そんなにひどいなら、いくらソアさんでも……」

「私を信じて下さい。今はそれしか言えません」


 泣きそうになるエルナちゃんを見てると、こっちも辛くなってくる。

 こんな時、聖女だった私はどうしてあげたかな。

 そもそも人を泣かせるような事はしなかったか。

 今の状況は私の弱さが招いた結果でもある。

 だから安心させるためのカードとして、聖女を出すわけにはいかなかった。


「エルナちゃんのお母さんにもよろしく伝えてください」

「ぜ、絶対に戻ってきてくださいね! まだ教わり足りないんですから!」

「そうですよ。あなたの成長を見るのが楽しみですからね。だから泣かないでください」

「ふぇ、ううぅ……」


 泣きじゃくるエルナちゃんの頭を優しく撫でた。

 しっかりと抱きしめて、せめてもの生の温もりを伝えよう。

 今の私にはこれくらいしか出来なかった。

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