第六話 安倍家到着
本日も五話投稿します
このお話は二話目です
落ちる! と思った瞬間、思わず目を閉じた。
次に目を開けた時、そこは今までいた場所と全く違う場所だった。
屋外にいたはずなのに、今いるここはどこかの部屋だった。
薄暗い部屋。数か所にろうそくが立ててあるので真っ暗にはなっていないようだ。
目の前に二人の人物が座っているのがわかる。
そして自分は。
何故か大きなタライの中に立っていた。
タライの中には水深数センチの水がはってあった。
周りの変化についていけず呆然と立ちすくむ晃だったが、じんわりと足に水が染み込む感触で、かろうじて夢ではないとだけはわかった。
そして、何かひっぱられるような、共鳴するような感覚がある。こんな感じは初めてだ。
晃を川に突き落とした張本人たちが、ぴょんぴょんと一人にまとわりついているのが薄暗い中ぼんやりと見える。
「あぁ、よくやったね。えらいぞ。ご苦労様」
やさしくねぎらわれて赤ん坊達が大喜びで飛び回っている。
もう一人は立ち上がり、どこかに行ったようだ。
すぐに辺りが明るくなった。どうやら閉めてあった扉を開けに行ったらしい。
次々に扉が開け放たれ、室内が明るくなると同時に、親しみ慣れた緑の香りが入ってきた。
どうやら山深い場所のようだ。
先程まで車が行き交う街中にいたはずなのに、どういうことかと疑問に思う。
徐々に明るさが増していき、部屋の様子もわかるようになってきた。
広さは十二畳ほどだろうか。四隅に燭台があり、ろうそくが立っている。扉を開けた時に消えたのか、今は煙がたなびいている。床板はつややかに磨かれ黒々としている。
右側は窓。外に木立が見えるので、山の中で間違いないようだ。
左側はふすま。こちらも開け放たれ、部屋の外の庭と庵がよく見えた。
正面はただの壁。真ん中に花器がかけてあり、白い椿が一枝生けてある。
自分の後ろの壁面には、祭壇のようなものが置かれている。何かの儀式をする部屋だろうかと、晃はうっすら考えた。
「ようこそ。『火』の霊玉守護者」
目の前の人物が声をかけてきた。
明るくなってようやく姿形が見えた。
若い男だ。
自分より二~三歳は上、高校生くらいだろうか。
ほっそりとした顔立ちで、肌は女の人のように白い。
黒くてつややかな髪はさらさらで、前髪は真ん中で左右に分け、後ろもほどよく整えられている。
筆ですっと描いたような眉の下には、吊り上がった目。黒い瞳にはとんでもない強さが込められていて、目が合っただけで怖くなる。
まるで、狐のような人だ。
白のスタンドカラーシャツに黒のズボンというシンプルな装いにもかかわらず、どこか高級そうな感じがするのは、着ている人の中身の問題だろうか。
その男は、ひざに肩に赤ん坊を遊ばせたまま、にっこりと笑った。
「京都駅まで迎えをやれなくて悪かったね。ちょっとこっちも立て込んでいてね」
「あ、いえ、その、大丈夫、です」
しどろもどろに何とか答えていると、もう一人が近寄ってきた。
こちらも若い男だった。
目の前の黒髪の男と同じ位の年齢と思われる彼は、にこにこと穏やかに笑っていた。
茶色のふわふわの髪。前髪はやはり真ん中で分けているが、髪質が違うからか黒髪の男とは違って見える。たれ目が整った顔に甘さを加え、他人に親しみを与えているようだ。
濃い紺色のズボンにボタンダウンの白シャツ。落ち着いた青色のボタンがおしゃれだ。
やっぱり都会の人はちがうなぁと、感心してしまう。
だが晃は感じていた。
この人の良さそうな青年の、底知れない『何か』を。
そう。まるで、狸だ。
狐と狸がそろって自分を化かしにきているのではないかと、そんなことを考える位には現実味がなかった。
それと同時に、先程感じた不思議な感覚を、目の前の青年から感じていた。
『何か』が、響き合っている。
身体の奥底の『何か』が、共鳴している。
それが何かわからず、狸のような青年を見つめていると、にっこりとほほえまれた。
「とりあえず、こっちにおりてくれる?」
指示された場所を見ると、自分の入っているタライの横に新聞紙が広げてあった。
どうやら足がぬれることは想定内だったらしい。
言われるがままタライから出て、新聞紙の上に立つ。ぐじゅりと鳴る足元が気持ち悪い。
が、次の瞬間。ぬれていた靴も足もさっぱりと乾いていた。
「え?」
突然のことに驚いて足を上げ下げしていると、隣に立つ狸男にくすくす笑われた。
「足が乾いたら靴を脱いで。こっちへ座って」
どうぞ。と座布団を出してくれたので、言われた通りに靴を脱ぎ、座布団に座る。
かけっぱなしだったボストンバックのひもを肩からはずすと、先程の赤ん坊の一人が盆にグラスを乗せてやってきた。
座った三人それぞれにグラスを出してくれる。麦茶のようだ。
赤ん坊はそのままどこかに行ってしまった。
残りの二人も晃が入っていたタライを持って、えっほえっほと一緒に行ってしまった。
「とりあえず、飲み物をどうぞ」
狐男ににこにこと勧められ、グラスを手に取る。
氷の浮いた冷たい麦茶をひと口口に含んだ途端、あまりのおいしさに驚いた。そのままの勢いで一気に飲み干す。
ぷはっ、と一息ついたところで、相手が声をかけてきた。
「改めて。ようこそ。『火』の霊玉守護者」
目の前に並んで座った狐男と狸男が姿勢を正す。晃もあわててグラスを置き、ぴしりと背筋を伸ばす。
「僕は安倍家の次期当主、安倍 晴明だ」
安倍家の次期当主!
どうやら目的の安倍家に着いたようだ。内心でほっと息をつく。
「こっちは目黒 弘明。君と同じ、霊玉守護者だよ」
「え」
驚いた。
自分以外の霊玉守護者がいることは知っていたが、会えるなんて考えてもいなかった。
「『水』の霊玉守護者、目黒 弘明です」
そう名乗って左手を差し出す。
その掌には、透明な霊玉があった。
晃の『火』の霊玉と同じように、ピンポン玉大の霊玉。ただし、晃の霊玉は透明な霊玉の中で赤い炎がゆらめいているようなのに、目の前の男の霊玉は水がたゆたっているような水色だった。
表面には「水」の文字がみえる。
間違いなく自分と同じ霊玉守護者だ。
弘明が霊玉を出した瞬間、リィン…と何かが響いた。それがおさまると、先程から感じていた響きあう感じもおさまった。
自分と同じ霊玉守護者だと認めたからだと、何故かわかった。
「ヒロって呼んで。こっちもハルって呼べばいいから」
手早く霊玉を消し、こっち、と晴明を気安く指さして弘明が言うが、晃としてはとんでもない話だった。
次期当主ってエライんじゃないのか? それに、二人共とんでもなく強い霊力を持ってるみたいだし。年上っぽいし。
頭の中がぐるぐるになりながら、なんとか晃も自己紹介する。
「日村 晃です。『火』の霊玉守護者です」
そう言って、同じように霊玉を見せる。
この霊玉は、霊力の塊だと白露は言っていた。
昔むかしの、とてつもなく霊力の強い男の霊力を五つに分けたうちの一つだと。
そのためか、集中して霊力を集めると、こうして霊玉として出てくる。
逆に霊力を散らすと、先程弘明が消したように、どこかに行ってしまうのだ。
なんとなく、自分の中にある感じはするのだが、はっきりとはわからない。
晃の霊玉を見た二人は、ふむ。と何かを検証するように霊玉と晃を見比べる。
「霊力は安定しているな。昨日かなり暴走してたみたいだけど、体調はどうだ?」
その言葉に晃は驚いた。昨日山火事を起こすレベルで霊力を暴走させたことを知られていることも、霊玉と自分を見ただけでその状態がわかることも。
「え、と。体調は問題ない、です。その…」
何と声をかければいいのか迷ったのが伝わったのだろう。晴明が先に声をかけてきた。
「ハルでいいぞ。こっちも晃って呼ぶから」
「え、でも」
「気を使わなくて大丈夫だよ。どうせ同い年だし、気楽にいこう?」
「え?」
弘明の言葉に、またも晃は驚きに固まる。
今、何て言った? 同い年? この人が?
そんな晃の様子に、察した弘明が声をかける。
「初めて会ったヤツが自分の年齢知ってたら驚くよね。ゴメンね。安倍家の仕事の一環で、霊玉守護者のことはある程度把握してるんだ」
「あ、いえ、そっちじゃなく、いや、そっちも? うん?」
わたわたとわかりやすく混乱している晃に、二人共再度察したらしい。
「ぼくらの年齢? 二人共きみと同じ、十三歳だよ。四月から中学二年生」
「――うそォ?!」
思わず叫んだ自分は悪くないと思う。
次話は本日15時投稿予定です