第六十三話 たまもり
朝の清浄な空気が気持ちいい。
山の気配を胸いっぱいに吸い込む。
「気持ちのいい山だね」
「だろ?」
ヒロにほめられてうれしくなる。
昨夜あれだけ大騒ぎをしたのに、朝早くに目が覚めた。
いつもの習慣が身体に染み付いているのだろう。
全員起きたので、桜を見に行くことにした。
夜が明けたばかりのこの時間なら観光客もいない。
着替えて、縮地で駆け花見に出かけた。
桜は、今がちょうど満開だった。
山の中、桜の下を駆ける。
あまりにも綺麗で、なんだか現実感がない。
「スゲー!」「スゲー!」とさわぎ、桜の花に手をのばす。
六人で笑いながらじゃれながら山を駆けまわった。
晃オススメの展望場所で休憩だ。
さっきは桜の木の下を走ったが、ここは少し離れて桜の山全体を見ることができる。
「上千本、中千本、下千本ていって…」
晃が説明するのを、ナツが一生懸命聞いてくれる。
「晃の言ったとおりだ!
ホントにすごい!
おかあちゃんに教えてあげなきゃ」
屈託なく笑うナツに、晃も、ヒロも笑顔になる。
「確かにここもすごいけど、醍醐寺のしだれ桜もすごいだろ。帰りに寄るか?」
「しだれなら平安神宮もすごいよね」
「ナツ、平野は行ったことあるか?」
「もーちょっとしたら御室桜が咲くから。
行ってみようぜ。ナツ」
口々に行先を言われ、目を白黒させていたナツだが、花が咲くようににっこりと笑った。
「おれ、行くとこいっぱいだ」
ふわりと風が舞う。
すっかり春の山になった。
ついこの間、ここを出ていくときとは大違いだ。
「おれ、自分がこんな風に思えるなんて、思ったことなかった」
「激動の春休みだったよね」
ナツとヒロの言葉に、全員がうなずく。
「まあでも、結果的にいい春休みだったんじゃないか?」
トモの言葉に笑みがこぼれる。
きっと一生忘れられない春休みだ。
朝食を食べたら出発しようと話していたはずだったが。
「ダメな大人がいる」
運転手の父ズがまだ起きられない。
二日酔いだと頭を抱えてうなっている。
「ヒロ…。ヒロ…。オレはもうだめだ…」
「アタマイタイ…。もう飲めない…。
ハルぅぅ…。薬。薬ちょーだい…」
「未熟者」
「ダメ父」
ハルとヒロの口撃に、トドメをさされ撃沈した。
時間ができたので、さらに遊ぶ。
川で釣りをする。石投げをする。
どれも京都育ちの五人は初体験で、晃を先生に楽しんだ。
昼食のあとは畑で野菜を収穫する。
自宅へのお土産だ。
まだ春先であまり種類はないが、キャベツや人参などを収穫する。
これも五人共初体験だという。
虫がいたミミズが出たといちいち大騒ぎになる。
「吉野に来てから、僕、初めてのことばっかりだ」
おやつを食べながらハルがそうつぶやく。
その顔が年相応に幼く見え、興奮しているように感じられた。
そんなハルに、復活した父ズが真顔で晃の祖父母に詰め寄る。
「日村さん。ゴールデンウイークのご予定は」
「夏休みはこちらの宿坊どうなってますか」
「お前達暴走するな」
「止めるなハル!
ハルがこんなに楽しんでるなんて、滅多にないじゃないか!!
父として、さらに楽しませるのは当然の義務!!」
「そうだ!
ヒロとハルのためなら、いくらでも交渉するぞ!
計画立てるぞ!!」
わあわあと騒ぐ父ズをハルが抑える。
「いつもこうなんだ」
苦虫を潰したような顔でヒロが晃達にあやまる。
「いい父親じゃないか」
「うんうん。うらやましい」
ナツの言葉を隆弘が耳聡くひろう。
「なっちゃん! いい子だななっちゃん!!
なっちゃんもトモくんも佑輝くんもこーくんも、もうみーんなオレ達の息子だそ!!」
「ぎゃあああぁ!!」
「離せ! 構うな!!」
隆弘にぎゅーっと抱きしめられ、ナツが悲鳴をあげる。
ヒロに邪険にされる隆弘をみながら、晃は「おれも息子なのかぁ」と、うれしいようなちょっと困るような気持ちになった。
おやつが終わると、車は出発した。
車が見えなくなるまで手を振った。
車の窓から身を乗り出して手を振ってくれていた。
ここ数日ずっと一緒にいたのでさみしい。
いつもの日常に戻っただけのはずなのに、なんだか物足りない。
布団に入るも、静かすぎてなんだか落ち着かない。
眠れなくて、『宿題』のことを考えた。
「善人がしいたげられることのない世の中」をつくるにはどうしたらいいのか。
祭壇のある部屋で報告をしあっていたときに、『彼』に啖呵を切った件についてみんなに聞いてみた。
「むずかしい問題だね」とヒロ。
「そもそも前提条件がちがうからな」とはハル。
「前提条件って何?」
「政治体制がちがう。社会情勢がちがう。
世の中をとりまく環境がちがう。
おそらく『彼』の時代は奈良時代初期。
疫病と災害の時代だ。
その頃と現代とでは、ずいぶん世の中が変わった」
「何をもって『善人』とするかという問題もあるよね」
「『しいたげられる』というのはどういう状態か、も、人によって判断が違うだろうしな」
なんだかムズカシイことのようだ。
安請け合いしてしまったと晃が青くなる。
「『彼』は、王になることで善人を救おうとしたんだよね」
ヒロに問われ、「うん」と返事をする。
「なれるかどうか、良いか悪いかはともかく。
方法としてはひとつの方法ではあるよね。
政治を変えることができるわけだから。
今だったら、政治家。総理大臣」
「法案の立案をする、官僚もそうじゃないか?」
「法関係だったら弁護士や裁判官」
「警察官や役所の人だって、世の中を支えてるわけだし、いちばん助けを求めやすい位置にいるかもだよな」
ヒロ、トモ、佑輝、ナツと、次々に職業並べられ、さらに国連職員や自衛隊、医者、教師と意見が飛び交い、晃がぐるぐるする。
「ひとつだけ、わかっていることがある」
涙目の晃に、ハルが重々しく告げる。
「学力が必要だってことだ」
絶望的!
もうだめだとがっくりした晃の肩を、ハルとヒロがポンとたたく。
「勉強合宿だな」
「大丈夫。ぼくらが教えるよ」
今回のような地獄の修行になることが簡単に予想できて、ちょっとだけ泣いてしまった。
「それは、むずかしい宿題をもらったね」
同じ質問を、バーベキューをしながら晴臣と隆弘にも聞いてみた。
そこに至った経緯も簡単ではあるが説明して。
「宿題?」
「そう」
晴臣はにっこりと笑って続けた。
「『善人がしいたげられることのない世の中を』
それはきっと、昔から、世界中で求められてきたことのひとつだ」
それはきっとそうだろうと晃にも思えたのでうなずく。
「でも、今現在、それが叶っていると言えるだろうか」
どうだろうか?
ニュースではひどい事件が報道されている。
紛争や戦争がある場所だってある。
「ある意味では叶っているといえるだろうし、ある意味では叶っていないともいえるよね?」
これにも同意できたのでうなずく。
「どうすればいいか、その答えを持っている人は、きっといない。
いればもう叶っているはずだろう?」
それもそうだ。
これにもうなずく。
「でも、どうすればいいか、たくさんの人が試行錯誤してきた。
その結果が、今僕達が暮らす、この世の中だよ」
なるほど。
確かにそうだ。
うなずいてばかりの晃に、晴臣はやさしく頭をなでてくれる。
「きみがその『彼』と『善人がしいたげられることのない世の中をつくる』と約束したのならば。
きみがその約束を叶えたいのならば。
まずはきみ自身が、善人をしいたげることのない人間になることが大切なんじゃないかな」
「おれ、そんなことしない」
驚き、あわてて反論すると、「そうだね」とやさしく笑って続ける。
「そして次に、どうすればいいか、考えること。
考え続けること。
『彼』からの宿題に、向き合い続けること」
「向き合い続ける」
言葉の重さに思わず復唱する。
そんな晃の頭から手をおろし、晴臣は晃の目をまっすぐに見つめた。
「きみはこれから、その宿題をかかえて生きていくんだ。
迷うことも、苦しいこともあるだろう。
でも、そうやって考え続けることが大事なんだと、僕は思うよ」
晴臣からの言葉を何度も反復して考えていると、今度は隆弘が口を開いた。
「オレはいい宿題だと思うぞ」
今度は『いい宿題』だ。
やっぱり宿題なんだと思っていると、隆弘はグビリとビールを一口飲んで、プハーッと息を吐き出した。
「職業や立場なんて、人それぞれだ。
ずっと同じ立場の人間もいないし、この職業でないとダメってこともない。
これから成長していって、立場が変わって、職業に就いて。
自分自身が変化していっても、常にその宿題と向き合っていたらいい。
そうすれば、こーくんは人を大事にする人間で居続けられる」
なんとなく、二人の言いたいことがわかったような、よくわからないような。
そんな晃に、隆弘が続ける。
「その宿題を抱えて生きることは、きっとその『彼』と一緒に生きることにつながるよ」
その言葉は、ストンと晃の中に入ってきた。
『彼』の想いと一緒に、生きていく。
晴臣がさらに言う。
「晃くんは、その『彼』の『魂』を引き継いだんだな」
『魂』。
ああ。そうだ。
おれは『たまもり』だ。
『魂守り』だ。
『彼』の魂を引き継いで、『彼』と共に生きていく。
「――なんか、納得しました」
「そう? よかった」
「迷ったり困ったりしたら、いつでも言うんだぞ。
ハル達でも、オレ達でも、誰でもいい。
ひとりで抱えることだけは絶対にしちゃダメだぞ!」
二人に言われ、何でも相談することを約束させられた。
『宿題』のことを考えながらみんなのこと思い出し、なんだか胸があたたかくなった。
『彼』のことも思い出す。
布団から左手を出し、少しだけ霊力を込める。
すると、いつもどおりに霊玉が現れた。
持ち上げて、目の前にかざす。
透明な、ピンポン玉くらいの大きさの珠。
中は炎がゆらめいているように紅い。
珠の表面には赤い文字で『火』と書かれている。
いつもと変わりない霊玉に、晃は小さくつぶやいた。
「――これからも、一緒に生きような」
小さく、リン、と聞こえた気がした。
霊玉をやさしく握ったまま手を布団の中に戻し、目を閉じる。
手の中のぬくもりは、まるで誰かと手をつないでいるようだった。
完結しました。
最後まておつきあいくださった方、ありがとうございました!
アクセス数があまりにも少ないので、近日中に説明部分をごっそりとった改訂版を投稿予定です。
お話は変えません。
ご意見、ご感想などありましたら、お教えいただけるとうれしいです。
このお話に出てきたハルとヒロの両親の若い頃のお話を2021年6/22より連載します。
「『霊力なし』『役立たず』と一族でうとまれていた僕が親友と奥さんを得て幸せになるまでの話」
全八話です。
こちらもよろしくおねがいします。




