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第五十七話 真名

「――み、きみ。大丈夫かい?」


 肩をゆさゆさとゆさぶられ、はっと意識が浮上した。

 あわてて晃は辺りをきょろきょろと見回す。

 ここはどこだろう?


 辺り一面真っ白な世界だ。

 先程突入した『(まが)』の結界の中とは違う。

 清浄な空気がただよっている。


 展開がくるくると変わりすぎて頭がコンランしている。

 ちょっと落ち着こう。

 落ち着いて、順に思い出してみよう。


 まず、五人で『(まが)』の異界に侵入した。

『悪しきモノ』と戦った。

(まが)』の結界に入った。

 封印石を起動した。けど、弾かれた。


 うん、ここまでは間違いない。


 ――で。


 赤い炎のなか、たくさんの人が苦しむのを見た。

 あのときに感じた感情は、誰のものだったのだろう。

 黒い炎を展開しようとして、霊力が消えた。


 それから。

 そうだ。

 赤い髪の男の子と旅をした。

 幸せな気持ちだった。

 でも、死んでしまって。

 男の子は、チカラを求めて。



 そこまで思い出して、唐突に理解した。



 あ。ナツのときと一緒だ。



 ナツの異界に侵入したときも、ナツが展開していた見えない箱に触れることでナツの過去を見た。

 きっと、さっき見たあれらも、誰かの過去だ。

 誰かの過去の記憶だ。


 それは、誰の?


 自分は封印石を握りしめて『(まが)』に腕を差し込んだ。

 つまりは。


 あの燃え上がる感情。

 善人がしいたげられる世の中が憎いと、うらめしいと黒い炎に包まれていた、あれは。


 あれは、昔の『(まが)』だ。


 そして、その後の記憶は、今自分の肩に触れている人のもの。


 顔を向けると、晃の肩に手を置いたまま「大丈夫かい?」と心配そうにたずねてくる。


 僧形の男性だ。

 四十代くらいにみえるが、もしかしたらもう少し若いのかもしれない。

 痩せていて、頬もこけているが、おだやかな眼差しが優しい人柄をあらわしている。


 その優しい目で、いつも見てくれていた人。

 しあわせを教えてくれた人。

 兵器だった彼を、ヒトにしてくれた人。


「――お師さん…」


 まだ彼の感情が晃の中に残っている。

 お師さんのおだやかな顔に涙があふれそうになる。

 そんな晃に、僧はちょっと首をかしげるだけで、にこりと微笑んだ。


「そう呼ばれるのは久しぶりだ」


 晃ははっとした。

 突然知らない男にそんな風に呼ばれてはいやな気持ちにさせてしまったかもしれない。


「ごめんなさい」

 あわてて謝ると「何で謝るんだい?」とにこにこ笑っている。

 その様子にほっとする。


「お師さん、て、お呼びしてもいいですか?」

 たずねると、僧は「もちろんだよ」と喜んだ。


「きみのような男の子にそう呼ばれると、あの子と旅をしていた頃を思い出すよ」


 優しい眼差しの先をつい追うと、そこには『(まが)』がいた。

 先程晃達を取り込もうとした、大きな人型になっている。


 封印石の陣の効果が多少は残っているのか、動きはない。


 そんな『(まが)』を見る僧は、優しい眼差しを曇らせ、眉をよせた。

 そして、哀しそうな微笑みを晃に向けた。


「きみは、少し前にもここに来たね」


 あの時のことかとすぐにわかった。

 行方不明のナツを探してヒロと共鳴していたとき。

 白い世界で黒い塊を見た。

 その時にも確かにこの僧を見た。


 うなずくと、僧は晃の前に座った。

 向かい合わせに正座する形になった。


「私は、この子が封じられてからずっとここにいる。

 だから、あれからどれくらい経ったのか、外で何が起こっているのか、わからないんだ。

 きみさえよかったら、今何が起きているのか、教えてくれないか?」


 晃はひとつうなずくと、自分の知るかぎりのことを話した。

 白露から、ハルから聞いたこと。

 今現在やろうとしていること。


 晃の説明ではわかりにくいところもあったと思うのに、僧は黙って聞いていた。

 そして、晃が全て話し終えると、目を閉じた。

 祈りを捧げているように感じた。



 やがて僧はひとつ息をつき、目を開けた。


「きみが、きみたちがあの子の霊力を継いでくれたんだね」


 ありがとう。と、お師さんが優しく微笑む。

 しかしすぐに目を伏せてしまった。


「きみたちには申し訳ないことをした。

 私があの時、あの子を滅するのを止めなければ、封印でいつか浄化されることを願わなければ、きみたちにこんな苦労をさせることはなかった」


 申し訳ない、と彼は深々と頭を下げる。


「やめてください」


 年上の人に頭を下げられたことのない晃はあわてて肩を押さえて頭を上げさせる。

 いやいや、だめだめとしばらくふたりで押し問答になる。


「確かに、小さいころから大変なことばかりでした。それに今回の修行も。でも」


 晃はまっすぐに僧の目を見て、にっこりと笑った。


「でも、おかげでおれは白露様に会えました。仲間に出会えました。だから、貴方が謝ることはありません」


 きっぱりと言い切る晃に、僧は驚いたようだ。

 目が大きく開いたそのあと、くしゃりと顔をゆがめた。


「――きみは、本当に良い子だね」


 泣きそうな顔でそれでも微笑む僧に、ほめられてうれしい晃も照れながら笑顔を向ける。


「あなたのほうが良い人です」


 僧はまたも驚いた。

 驚いた僧に、しまったと晃はあわてた。



「ごめんなさい。おれ、何でかよくわからないんですけど、あなたと、ま――」


 この人の前で『(まが)』と呼ぶのははばかられた。

 少し考えて「彼」と呼ぶことにした。


「あなたと、彼の記憶を見てしまったんです」

 許可もなくごめんなさい。と頭を下げる。


 そんな晃に僧は納得したようだ。


「なるほど。きみは能力者か」


 自分ではよくわからないが、多分そうなのだろう。


「以前同じ能力を持った人を見たことがあるよ」

 その言葉に驚く。


「触れた対象者の記憶を呼び起こす能力。

 対象者の記憶に触れる能力だね。

 彼は『記憶再生』と読んでいたかな?」


 言語化されると、なるほどと自分でも納得した。

 こくこくと首を縦にふる。


「それできみがここに来られたんだね」


 僧の話によると、ここは『(まが)』の魂にくっついた、僧の意識世界ともいうべき場所なのだという。

 色々説明されたが、晃にはそれ以上のことはよくわからなかった。


「あなたと一緒にいたあの赤い髪の男の子が、『(まが)』になった彼ですよね?」


 念の為に確認してみると、僧は哀しそうにうなずいた。


「あの子はやさしすぎたんだ」


 僧の言葉に、晃もうなずく。


 あの男の子は、ただただお師さんが好きだった。大切だった。

 だから、そのお師さんを(かろ)んじ否定する世の中が許せなかった。


 その身を『(まが)』にする程に。



 どうにかできないのかなあ。

 晃の眉がへにゃりと下がる。



 最初は、こわいモノだった。

 白露を、晃の大切なかあさんを喰べた、悪いヤツだった。

 災厄を振りまく存在だと教えられた。

 封じなければならないと。

 ヒロを、ハルを、白露を助けるためにも、封じなければならない。


 でも。


 あの、燃えるような夕日の下の、心細そうな青い目。

 お師さんと手をつなぎしあわせそうに笑った顔。

 お師さんが大好きで大好きで、世の中を憎んだ気持ち。


 知ってしまうと、「悪いヤツ」と言い切れなくなった。



 なんか、ただ封じるのはちがう気がしてきた。



 封じれば、また霊玉を通して少しずつ浄化の力が送られ、いつかは浄化できるのかもしれない。

 でも、それまでに一体何年かかる?

 今だって最初に封印されてからもう千年以上経っている。

 その間に、今回も含めて二回封印が解けている。

 今後も封印が解けないとは限らない。

 そして、封印が解けるたびに彼はまた『悪しきモノ』を取り込み、それまでの浄化はなかったことになるのだろう。

 それでは、いつまで経っても浄化されることはない。



 赤い髪に青い目の少年。

 お師さんが亡くなっても、『(まが)』になっても、ずっとお師さんの作った面をつけていた。

 きっと今でもお師さんが大好きだ。



「あなたの声は、彼に届かないんですか?」


 僧の記憶の中では、何度も何度も彼に呼びかけていた。

 呼びかけても、彼には聞こえていないようだった。

 声が届けば、僧に気付けば、彼の反応も変わりそうな気がするのだが、どうだろうか?


「私の声はあの子に届かないんだ」

 哀しそうに言う僧に、晃も悲しくなる。


「どうにか声が届けられないのかなあ」



 何かそういう術があればいいのに。

 そこまで考えて、思い出した。



真名(まな)』。


 ハルとヒロが言っていた。

 真名がわかれば、術がかかりやすいと。



「名前がわかれば、『お師さんに気付け』って、できるかな?」


 晃のつぶやきに、僧もはっとした。

 が、あきらめの浮かんだ笑顔で「どうだろうね」とだけ答えた。


 きっと、今まで何度も何度も訴えてきたんだ。

 訴えても訴えても彼には届かない。

 お師さんは、期待することをあきらめてしまったんだ。


 僧のこれまでの時間を想い、晃はかわいそうになった。


 自分が白露に話しかけても気づいてもらえなかったら?

 考えただけで泣きそうになる。



「ダメもとで、やるだけやってみます。

 ダメだったら、一緒に来てる友達が陰明師なんで、何か方法がないか聞いてみます」



 決意を込めた晃の眼差しに、僧はくしゃりと微笑み、手を合わせた。

 僧だから感謝を示す当たり前の仕草なのかもしれないが、拝まれた晃はたまらない。

「やめてやめて」とあわてて手を振ってやめてもらった。



「それで、彼の名前は?」


 問われて僧は優しく微笑んだ。

 まるで宝物の話をするように、大事にその名を口にした。



「マカラ」


 

 その途端、晃の頭の中に二人の過去が再生された。


 何とか意思疎通ができ、初めて名を教えてもらったときの喜び。

 懸命に漢字を当てる。

 しあわせになるように。

 仏の加護があるように。


 それは「番号」だった。

 兵器に「名」などない。

 ただの「番号」に、お師さんは意味をくれた。

 しあわせになれ、喜びがあれと願いを込めてくれた。

 うれしかった。

 お師さんに名を呼ばれるだけでしあわせだった。


 たいせつなひと。

 たいせつな名前。



 マカラ


 茉嘉羅(マカラ)



 それが『彼』の名前。

次話は明日12時投稿予定です。

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