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第四話 襲来

本日五話投稿しています

このお話は五話目です

 白露(はくろ)にいつもの修行を見てもらったあとは、模擬戦をしたり、おいかけっこをしたりと稽古をつけてもらう。


 白露から見て、現在の(こう)は充分及第点が取れている。

「あれだけ動き回っても霊力も安定しているし、コントロールもできている。晃の言う通り、体力も十分ね」

 座り込んだ晃に、白露が褒める。動き回ったあとの心地よい疲れを感じながら、褒められて口元が緩むのを抑えられない。むふふー! と笑った後で、白露が息も乱していないことに気付く。


「でも、まだまだだよね。おれはもうこんなにヘトヘトなのに、白露様は全然平気そう」

「そりゃあ年期が違うもの」

 ちょっとすねたように言うと、なだめるように頬ずりされる。


「晃はまだ十三歳でしょう? このまま基礎訓練を重ねていけば、もっといろんなことができるようになるわ。

 でも…そうねぇ。そろそろ次の段階に入っても大丈夫かしら?」

 その言葉に、座り込んでいた晃は飛び起きる。

「ホント?! 何何? 何やるの?!」

「落ち着いて。晃。明日からは松彦と一緒に修行に出るんでしょう。それが終わってからまた――」


 その時。

 ぞわりとする何かを感じ、晃と白露は動きを止めた。


 何かが、白露の結界を壊そうとしている。

 どん、どん、と空気が震える。


「――白露様…」

「晃。弱気はダメよ」

 思わず弱々しい声が出た晃を、白露がぴしゃりとたしなめる。と同時に自分の後ろに晃をかばう。低い姿勢を取り、いつでも飛びかかれる状態だ。

 晃も白露の声にぐっと気合を入れて立ち、左手に握った霊玉に炎をまとわせる。


 何回かの衝撃のあと。

 パリン! 結界が壊れた。

 その途端、どうっと一陣の風が巻き起こる。風はシュルシュルとまとまっていき、何かを形作っていく。




 現れたのは、面。


 ぎょろりとした目。眉や鼻の下のひげは長く白く、頭上には龍が乗っている。顔の横にあたる部分には鳥の羽のような装飾がついている。


 晃はその面に見覚えがあった。修験者として祖父達についていった行事のどこかで舞われていた舞楽(ぶがく)でこんな面をつけて舞っていた。あまりにもインパクトが強かったので帰って調べた。確か蘭陵王(らんりょうおう)という名の面だった。


 晃が調べたものは顔の上半分と顎の部分が離れていたが、目の前にぷかりと浮かぶ面は、顔全体を覆うものになっている。

 髪にあたる部分が血のように赤い。口は一文字に引き結ばれ、顔の部分は金色だが、ところどころしみのように黒くなってる。


 何より感じる、威圧感と禍々しさ。

 白露にかばってもらっているのに、恐怖で足が震えて止まらない。


「――吉野の結界だけでなく、私の結界まで破るなんてね。四百年前の霊力がまだそんなに残っていたの?」

 聞いたことのない白露の鋭い声。晃は立っているのがやっとだった。


「そのチカラは、我のモノだ」


 地の底から響くかのような、低く重い声。その声を聞くだけで悲鳴をあげそうになるが、ぐっとこらえる。


 恐怖を押し込めるために握った拳で、霊玉の存在を思い出す。

 そうだ。自分は霊玉守護者(たまもり)なのだ。

 いつも白露に言われていたではないか。悪いヤツに渡してはいけない。守れ、と。

 目の前の存在はどう見ても善いものには見えない。自分には戦う力がある。自分が戦わなければ


 目に闘志を宿し、晃は戦う姿勢をとった。




 この世には『人ならざるモノ』が存在する。


 神や仏、妖怪や精霊、妖、鬼、魔物、霊。様々な存在が様々に呼ばれている。


 人にとって善い存在もあれば、悪い存在もある。

 怨霊、悪霊といった人に害を成す存在や、病魔や人を敵視する妖怪などが、人にとって悪しき存在にあたる。


 それら『悪しき存在』と戦い、祓う者もいる。

 祈祷師、陰明師、退魔師などだ。


 しかしまれに、とてつもなく大きな霊力を持った悪しき存在がいる。

 力をつけた妖。何体もの怨霊を取り込んだモノ。

 成り立ちは色々あるが、瘴気を撒き散らし、良き『場』を穢す。災厄を生み出す『場』を作りだす。禍々しい存在としか例えられないそれは。


(まが)』と呼ばれる。




 吉野は『(かなめ)』の地であるため、結界で守られている。

 そのために悪しき存在は近づくこともできない。吉野の修験者達も、この結界を維持するために存在する。異変があれば悪しき存在になる前に浄化するのだ。


 ゆえに、晃は今まで悪しき存在を見たことがなかった。

 ひたすら己の霊力をコントロールすることを中心に修行をしてきたのだった。

 晃の霊力が大きく、『火』の属性が五属性のうちで最もコントロールが難しいため、他の修行ができなかったのだ。

 つい先程白露が話していた「次の段階」が、まさにこの悪しき存在と相まみえることだったのだが、練習の前に実践が飛び込んできた形になった。



「かえしてもらおう」


 禍々しい面はそう言うなり、カパリと大きく口を開けた。

 喰われる! 瞬間的に晃が感じた途端、面に強い衝撃がぶつけられた。

 白露が風刃をたたきつけたのだ。


「逃げるわよ! 晃!」

 頭で晃を下からすくい上げ、自分の背に乗せると、白露は脱兎の勢いで駆け出した。

 いつも自分が駆けている速さの何倍もの速さに、晃は白露にしがみついて身を伏せておくことしかできない。


「まだあんなに霊力が残っているなんて…。四百年くらいじゃ浄化が足りないのね」

 ぶつぶつ言う白露の声は聞こえるが、意味はわからない。

「晃! このまま京都に行くわよ!」


 振りきった。そのはずだったのに。


 目の前には先程の面が巨大になり、扉ほどの大きな口を開けて待ちかまえていた。


 トップスピードで走っていた白露は止まれない。何とか体をよじり、足を踏んばってブレーキをかけるが、とてもよけられそうにない。

 さらに体をよじり、晃を背中から無理矢理落とす。

 突然投げ出され、地面に二度、三度と体をはずませた晃だったが、日頃の修行のたまものか、すぐに立ち上がることができた。


 そして目にしたのは。


 大きな面の昏い口にズブズブとのみこまれていく、白露の姿だった。


「白露様!」

 瞬時に炎が身体を包む。そのまま面に炎をたたきこもうとして、白露を巻き込むことに気づきためらう。


「晃! 逃げなさい! 京都の安倍(あべ)に、晴明(せいめい)に、このことを言うの!」

「白露様!」

「逃げなさい! 今すぐ! 京都の安倍家(あべけ)に連絡を――」



 ばくん。



 大きな口が閉じられた。

 目の前から白露が消えた。


 いや。


 喰われた。



「う…うわああああぁ!!」


 逃げろと言われたことも忘れ、晃は面に向かっていった。


 喰われた。喰われた。

 白露様が。

 大切な、母さんが。

 目の前で。 


 晃の全身から炎が噴き上がる。握りしめた左手に強い炎をまとわせ、面に殴りかかろうと腕をおろす。


 その時。

 握りしめた手の中が熱く固くなる。

 炎が左手に集まり、握った拳からまっすぐ伸びていく。


 晃の左手には、炎をまとった日本刀が握られていた。


 突然現れた刀に気づくことなく、晃の左腕が一閃する。

 ゴウッと立ち昇る炎。

 しかし、手ごたえがない。

 あわてて辺りを見回すも、どこにも面は見えない。

 それどころか、あれだけ濃かった禍々しい気配も霧散している。


 晃のおこした炎で、辺りは燃え上がっている。地面に敷き詰められていた落葉が燃え広がり、立木をつたい燃え上がっていく。

 

「白露様!」

 右往左往して白露を呼ぶも、何の反応もない。


「白露様! 白露様!」

 どれだけ叫んでも。気配を探っても。


 反応がない。

 白露が。大事な母さんが。


 消えてしまった。



「う…うわああああぁ!!」

 燃え上がる炎の中、晃の叫びがこだました。





 晃の家から修験者達が帰ろうと庭で話をしていたとき、山で異変を感じた。

 怪しんですぐに急行したため、晃が山を燃やしている現場にすぐに駆けつけることができ、晃を抑えて消火した。

 幸い対応が早かったため、山火事の範囲は思ったよりも小さく済んだ。


 晃は泣きながら話をした。


 突然面が出てきたこと。

 白露が喰われたこと。

 『京都の安倍家』に連絡しろと言われたこと。


 祖父達に問われるまま話をする。


「おれ…っ、おれっ、何も、できなくてっ」

 わああぁぁ、と泣く晃に、祖父は拳骨を落とす。

 ゴスッ、と、重い音がした。

「霊力を乱すな! また火が出る!」

 頭頂部を押さえて別の涙を流しながらうずくまった晃の首根っこをひっぱって立たせ、祖父はきっぱりと言った。

「やるべきことをやるだけだ。行くぞ」

 祖父はその場で他の修験者達に指示を出し、晃と二人自宅に帰ったのだった。




 そのあとはとにかく怒涛の勢いで物事が流れていった。


 何故か『京都の安倍家』の名刺を持っていた祖父が電話で事情を話すと、晃が京都に行くことが決まった。

 何だかんだともめたようだが、結局晃一人で公共交通機関を使って京都に行くことになった。


 電車に乗るのも、一人で出かけるのも、初めてだ。

 祖母と二人荷造りをし、安倍家からFAXで送られてきた書類を確認する。

『京都までの行き方』と題されたその書類は、乗る電車の時間や列車の写真、改札の通り方、乗り換えを含めた各駅の地図(進行ルート付)など、至れりつくせりだった。


 晃が書類と格闘している間も、祖父母はほうぼうに連絡したり、やって来た人に対応したりで大わらわだった。

 風呂に入れられ夕食をつっこまれ「忙しいから早く寝ろ!」と布団に押し込められたら、気を失うように眠ってしまった。



 白露を失った喪失感も、何もできなかった無力感も後悔も、感じるひまもなかった。

次話は明日9時投稿予定です

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