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第四十二話 修行開始(修行一日目)

 ハルとの話し合いを終えた五人は、ヒロに連れられて外に出た。


 ちなみに靴もお揃いだ。

 爪先やかかとが厚く硬くなっている、黒のショートブーツ。

 まだすこし固いが、動いているうちにすぐに履きやすくなってくれるだろう。



「さてさて。大至急四人をぼくレベルにまでするわけだけど」

 山の中、少し開けたところでヒロが言う。


 吉野で(こう)が修行していたような、自然そのままの状態の山だ。

 地面は落ち葉で埋め尽くされ、落葉樹は葉を持たず寒そうだ。

 それでも枝の先には新芽のふくらみがみられる。

 どこかにいる獣の気配も感じる。


「まずは体力と霊力を上げるよ」

 にっこり笑ってヒロは簡単に言う。


「体力と霊力を上げるのはわりと簡単だよ。

 空っぽになるまで使って、回復をかける。

 そしたら前よりちょっと上がる。

 その繰り返し」


 …何か、とんでもないことを言われている気がする…?


 晃の疑問が形になる前に、ヒロが続ける。


「回復はぼくがかけられるから大丈夫。

 まあ論より証拠だね。まずはやってみよう」


 明るくそう言われては、四人にはうなずくことしかできない。


「やることは単純。

 この山を上り下りするだけ。

 縮地(しゅくち)を使って、ここと山頂をひたすら往復。いい?」


 思っていたより普通の内容に、思わずホッとする。

 山を駆ける修行ならばいつもやっているのと同じだ。

 これなら何とかなるかな。と、晃はのん気に思った。



 あとで、そんなことを考えていた自分を殴りたくなるとは、つゆとも思わずに。




 縮地をしたことがないナツのために、最初はゆっくりと走った。

 驚くことにナツはすぐに動きを習得し、遅いながらも縮地ができた。

 自分は物心つく前から修行して、できるようになったといえるのは五歳頃だというのに。


「さっきトモん家行くときに見たから」

 あっさりとナツは言う。

 これが『完全模倣(コピー)』の能力かとうらやましくなる。


 山頂まで行って元の広場に戻る頃には、ナツは佑輝(ゆうき)とそう変わらないレベルにまでなっていた。



「さて、ここからは二手に分かれるよ。

 晃とトモは縮地がしっかりできてるから、ぼくのスピードについてきてね。

 佑輝とナツは、この子の先導に合わせて走ってね」


 そう言ってヒロは一枚の札をひらりと投げる。

 くるりとまわった札は、一羽の白い鳩になった。

 鳩はばさばさと羽ばたくと、ヒロが差し出した腕に止まる。

「佑輝とナツがついていけるギリギリのスピードで飛ぶんだよ」とヒロが言い聞かせている。



「さて。それじゃあ」

 にっこりと優しげな笑みを浮かべるヒロ。


「修行を始めようか」




 山頂までを五往復したところで、ナツが倒れて動かなくなった。

 佑輝が真っ青な顔で口元を押さえているのを見たヒロが、脇で吐かせ、口をゆすがせる。

 晃とトモも、うずくまったまま動けない。乱れた息を整えようとは思うが、まったくできない。

 倒れたり吐いたりしていないのは、日々山を駆け回っていたおかげだろう。


 山を駆ける訓練と聞いて、自分は余裕でできると思っていた。

 だが、実際はどうだ。

 ヒロについていくのがやっとだった。


 そのヒロは息をするのもやっとな自分達とは違い、息一つ乱していない。

 上品で優しげで、いかにも都会育ちに見える姿とは裏腹に、足捌きも体力も、山育ちの自分でも敵わない。

 一体どれだけの鍛錬を重ねてきたのかと、ゾッとする。



「佑輝とナツが五往復。トモと晃は十往復でこれかぁ。

 うーん、現時点ではこんなもんかな?」


 肩に鳩を止まらせたヒロがのんびりと言う。


 こんなもん扱いされても何も言えずただハァハァと息を荒げうずくまることしかできない晃だったが、次の瞬間、ふっと身体が軽くなった。

 乱れた息も楽になり、体力も霊力も元に戻ったと感じる。


 あれ?と地べたに座り、自分のてのひらをみつめていると、ヒロの声がかかった。


「今回復かけたよー。どう?」

「…回復、って…」


 思わずこぼれたつぶやきをヒロがひろった。

 にこりと微笑んで教えてくれる。


「治癒術の下位版。

 体力と霊力をある程度回復させる術。

 今の状態なら、元の体力霊力より少し上がっていると思うよ」


 確かに最初に説明された。

 体力と霊力を空っぽになるまで使って、回復をかけることで上げていくと。


 これかああぁぁ! と叫びそうになったが、何とか心の中だけに押し込める。

 回復をかけられたのなんて初めてで、身体の変化に戸惑いしかない。


 倒れていたナツも起き上がっていた。

 佑輝もトモも手を握ったり広げたりして、自分の身体の変化に戸惑っているようだ。


 そんな四人にヒロは紙コップを配る。

 いつの間にかペットボトルが数本用意されている。

 中身は麦茶のようだ。


「これ、霊力多く含んでる水で沸かしてるから。しっかり飲んで」


 一口飲むと、あまりの美味しさに一気に飲んだ。

 飲み終わって、昨日安倍家について最初に出してもらったものと同じだと気づく。

 霊力が多く含まれているから美味しく感じるのだろうか。

 おかわりをもらって、今度はゆっくり味わって飲んだ。


 ふうっと息をついたところで、ヒロがにっこり笑って言った。


「じゃあ、そろそろ行こうか」


 最初に「何とかなるかな」と考えていた自分を殴り飛ばしたくなった晃だった。




 ヒロについて山を駆け、体力が尽きたら回復をかける。

 それを何度繰り返しただろうか。

 日が暮れて辺りが見えづらくなった頃、いつもの広場ではなく池のほとりが終着点となった。


「この池、龍脈の上にあるし、山の霊気が流れ込んでくるから、入ってるだけで回復するよ」


 倒れこんで動けない自分達に、ヒロがのんびりと説明する。

 説明しながらせっせと自分達の靴を脱がせている。


「ということで、入っときな」


 ドボンと一人ずつ投げ入れられ、為す術もなく沈められる。

 溺れる前に何とか岸に顔を出すが、そこでぐったりと動けなくなった。


「…オレ…うぬぼれてた…。もっとできるやつだと思ってた…」

「……俺も……」


 実戦経験もあっただけに、自信があったのだろう。

 プライドをズダズタにされた佑輝とトモが力なくこぼす。


 浮き上がれないナツは、トモがひっぱりあげていた。

「おいナツ。しっかりしろ」と呼びかけるも、ナツはぴくりともしない。

 すぐ隣にヒロがざぶりと入り、トモからナツを受け取る。


「ナツ。ナツー? 聞こえてる? 聞こえてるね。

 今から霊気とりこむから、やり方覚えてやるんだよー」


 そう言うが早いか、辺りの霊気を集めてナツに込めていくヒロ。

「みんなはやり方わかる?」と問われ、うなずく。

 トモと佑輝もうなずいていた。


「楽な姿勢で霊気を取り込んでごらん。ここ、霊気濃いからすぐ回復するよ」


 言われたとおり霊気を取り込む。

 すると、スポンジに水が染み込むように身体に霊気が染みわたっていくのがわかった。

 体力も霊力も空っぽだったからこそ、染み込みやすいのかもしれない。

 ナツも意識を取り戻し、ヒロから霊力の取り込み方を教わっていた。



「ヒロはいつもこんな修行をしていたのか?」

 なんとかしゃべれるまでに回復し、晃がたずねる。

「うん」とあっさり答えるヒロ。とんでもない話だ。


「いつから?」

「二歳から」

 ナツの問いにもあっさり答える。


 そんな小さな頃からこんな修行をしていたのか。

 その過酷さに絶句する。

 自分が二歳の時など、霊力に翻弄されて修行どころではなかった。

 体調が良い時に白露と遊んでいたくらいで、修行なんてしていなかった。


 そして、ふと思う。

 自分の修行は、あくまでも大きすぎる霊力を扱うためのものだったのだと。

 ヒロの修行とは、多分本質がちがう。

 やはり安倍家に連なると、修行も違うのだと思った。




 結局今日の四時間の修行の間に、佑輝が五回、トモが三回、晃もニ回吐いた。

「吐いてからが本番」と、ヒロは笑顔で走らせた。


「大丈夫だよ。このくらいじゃ死なないから」と笑うヒロが悪魔に見えた。


 ナツは八回気を失った。

 その都度ヒロが回復をかけて起こし、走らせた。




 夕食もたくさんの皿が並んだが、疲れすぎて食べる気にならない。

 回復をかけてもらって体力と霊力は回復したが、精神力は回復しない。

 何とか箸を持つも、そこからが進まない。


 そんな四人をよそに、ハルとヒロは食事を進めていく。

 ハルはほどほどに。ヒロはパクパクと。


「今日は初日だからね。軽く流しただけで済ませたけど」


 佑輝が箸を落とした。


「明日は朝からみっちりいこうね?」


 にっこりと微笑むヒロの横で、ナツが真っ白な顔をしている。


 …軽い? あれで?

 明日は、朝からみっちり?


 ガクブルと手足が震える。


「…とにかく、食おう。

 食えなくても食っとかないと、もたないぞ」


 トモが悲壮な顔つきで唐揚げにかじりついた。




 順に風呂をいただいて、なんとかベッドにたどりつく。

 ちなみに寝間着はお揃いのスウェットだ。

 やはり黒地に属性色でラインが入れてある。


「お風呂でしっかり身体をもみほぐすんだよー」とヒロに言われたが、そんな余裕はない。

 洗って湯舟につかっただけで沈みそうになる身体を何とかベッドまで運び、倒れたらもう意識はなかった。

本編では省きましたが、靴紐がそれぞれの属性色になっていて、誰の靴かすぐにわかるようになっています。


次話は明日12時投稿予定です。

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