第三十九話 五人で安倍家へ
ナツが笑っている。
楽しそうに、明るい顔で。
あの昏い笑顔で亡くなった母に会うことを願っていた少年と同一人物とは思えない。
ヒロの父の隆弘にぐしゃぐしゃと乱暴に頭をなでられて、うれしそうにまた笑った。
「…これだから人たらしは…」
脱力したヒロが吐き捨てるように言うも、その顔は泣き笑いの表情になっている。
荒ぶるヒロを押さえていたトモもヒロを離し、晃も力が抜けた。
「…よかったな。ナツ…」
何があったかはわからないが、今のナツからは生きる気力を感じる。もう大丈夫だと思える。
きっと隆弘が何かしてくれたのだろう。
「ヒロ」
ナツに声をかけられ、ヒロが続く言葉を待つ。
「ヒロ、ありがとな。
今までおれを支えてくれて。守ってくれて。
――ありがとう。ヒロ」
明るい笑顔のナツに対し、ヒロは涙腺が崩壊したようだ。
「ナツ…」
ぶわわっと、涙があふれた。
「ナツぅ!!」
小柄なナツに泣きながら抱き着く。
「ぼくこそ、ぼくこそごめん。
ずっとちゃんとあやまりたかったんだ。
会いに行ってごめん。
ぼくのせいで、かあさん失わせてごめん。
でも、でもぼく、言えなかった。ごめん。ナツ」
「昨日も言っただろ。ヒロのせいじゃない。
それを言うならおれだって。
ヒロがそうやって苦しんでるって知ってたのに、ヒロのせいじゃないって知ってたのに、言えなくて、ごめん」
「うわあああぁぁぁ」
自分にしがみついて泣くヒロを、ナツはぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう。ヒロ。ありがとう」
さらに大泣きするヒロの背中をポンポンとたたいてなだめながら、ヒロの肩越しにナツが晃に呼びかける。
「晃も。ありがとう」
晃は首を振ることしかできない。
自分は大したことをしていない。
そんなに礼を言われるほどのことはしていない。
それでも。
ナツとヒロが救われたと感じられて、晃もうれしかった。
あれだけヒロを構いたおす隆弘が、何も言わず子供達を優しく見守っていることには気付かなかった。
「あらあら今度はヒロくんが泣いてるの」と、トモの叔母がタオルを持ってきてくれる。
話が盛り上がりすぎて庭で実技指導を受けていた佑輝も「何事だ」とトモに聞いている。
トモの祖父母も戻ってきて、ナツやヒロの様子に穏やかな笑みを浮かべている。
そこにトモの叔父が戻ってきた。
何やら異様な雰囲気に一瞬戸惑いの表情を見せたものの、すぐに気を取り直し、ナツを呼ぶ。
ヒロがナツを開放し、受け取ったタオルで顔を押さえる。
「ナツくん。これ、プレゼント」
手渡されたのは、写真立てだった。
中に入っているのは、幼い頃のナツの母。
トモの祖母と二人で写っていた写真から、ナツの母だけを取り出してプリントしたものだった。
「――おかあちゃん…!」
ナツは目に涙を浮かべたが、うれしそうに笑った。
会えた。やっと会えた。
ずっと会いたかった。
写真立てごとぎゅうと抱きしめ、心の中で母に語りかける。
「…おかあちゃん…」
閉じた瞼の奥で、母が笑ってくれた気がした。
しばらくそうしていたが、ナツは顔を上げ、トモの叔父に礼を言った。
続けてトモの祖父母と叔母にも礼を言う。
ナツの喜びように、四人とも「よかったよかった」と喜んだ。
落ち着いたところで、ようやく出発することになった。
北山の安倍家の離れまで車で移動する。
昨日は転移陣で移動したので、こんなに山奥だとは思わなかった。
有名な北山杉の産地だと説明され、納得する。
道中の車内はにぎやかだった。
お互いのことを話しているうちに、気がついたら到着していた。
ずっと会いたいと願っていたからだろうか。
同じ霊力守護者だからだろうか。
車から降りる頃には、まるでずっと昔からの友達のようになっていた。
離れの玄関で隆弘と別れた。
ヒロに案内され、二階にあがる。
昨日と同じようにトイレなどを案内したあと、それぞれに個室を用意すると言ったヒロに、トモが待ったをかけた。
「ここは、四人部屋はないのか?」
「あるけど、狭いよ?」
そう言って案内された部屋は、確かに狭かった。
二段ベッドがふたつ入っているためだ。
左右の壁にそれぞれピッタリとくっつけてあり、真ん中が通路のようになっている。
正面の壁に窓がひとつ。
窓のそばに小さな机がひとつとと椅子が二脚。
入ってすぐの壁際に、棚があった。
服をかけたり荷物を置いたりできそうな、運動部の更衣室のロッカーのような棚だった。
「まあ、部屋使うのは寝るときだけだろうから、これで問題ないんじゃないか?」
どうだ? と視線でトモに問われ、晃はうんうんとうなずく。ナツも佑輝もうなずいていた。
せっかく会えたのだ。
別々の部屋で過ごすよりも、少しでもみんなでいたい。
欲を言えばヒロもハルも一緒がいいが、さすがに六人一緒に寝られる部屋はないだろう。
「ヒロとハルも一緒に寝られる部屋はないのか?」
ナツも晃と同じことを考えていたようだ。
ナツの問いに、ヒロはうーんと考えて言った。
「武道場に布団敷けば何とかなるかもだけど…。板の間に布団は、痛いよー。
夜くらいしっかり休んだほうがいいよ?」
夜くらい?
くらい、て、何だ?
「まあ、どうせ夜は寝るだけだろうし。何かあったときに気付ける人がいたほうが確かに安心かもね」
ちょっとハルと明さんに確認してくる。と出て行ったヒロを、残された四人は苦いものを飲み込んだような顔で見送った。
「…なあ…。今、ヒロ、何かおかしなこと言ってなかったか…?」
「…寝るだけ、のニュアンスが、明らかに俺が言ったのと違うような…」
「…寝てるときに何かあるのか…?」
「…何か、って……何?」
思わず四人で顔を見合わせるが、誰も明確な答えなど当然持ち合わせていない。
ただ、漠然とした恐怖は、四人共しっかりと感じていた。
部屋は四人部屋に決まった。
ひとまず荷物を片付けて、ヒロが用意してくれた服に着替える。
話し合いが済んだらすぐに修行に入ると言われ、思わずつばを飲み込む。
いよいよだ。
昨日から「封印」「修行」と話に出てはいたが、今一つ現実味がなかった。
だがこうして五人の霊玉守護者がそろい、修行のための服をわたされると、いよいよだという気持ちが湧きあがる。
一昨日の昼の時点では、こんなことになるなんて考えたこともなかった。
『禍』の封印が解けるなんて。
白露が取り込まれるなんて。
自分が戦うことになるなんて。
じっとしているとこわい考えが足元からじわりとはいあがってくるようで、あわてて服を着替えた。
渡されたのは、五人お揃いのジャージ。
黒地にそれぞれの属性を示す色のラインが入っている。
晃は赤。佑輝は青。ナツは黄色。トモは白。別室で着替えてきたヒロは黒。黒地とラインの間に細く白いラインを入れて、黒ラインを見せている。
ズボンにポケットが二つ。上着に胸ポケットが一つと、お腹のサイドポケットが二つある。
色違いのラインが入っているのは何か意味があるのかとヒロにたずねたら、「洗濯物を仕分けるのが楽だから」と返ってきた。
てっきり霊力を上げる効果があるとか、特別な意味があると思っていたので、ちょっとがっかりしたのはないしょだ。
ヒロの先導で、五人で一階に降りる。
晃が最初に出てきた祭壇のある部屋に通された。
ここは結界の張ってあるこの建物の中でも特に強い結界が張ってあり、昨日からの報告とこれからの話をするならばこの部屋一択となるとヒロが説明してくれる。
説明しながらもヒロがちゃぶ台や座布団を用意してくれたので、うながされるままに座る。
どんと置かれた山盛りの菓子は絶対ヒロ用だ。
大きな急須に煎れたお茶をヒロが配っていると、ハルがやって来た。
今日はボタンダウンの白シャツに黒のスラックス姿だ。
ずかずかと部屋に入ってきたかと思うと、無言で部屋の四隅それぞれに何かをし、中央でパンとひとつ手を打った。
何をしているのかと晃達が無言で見守る中、ハルはそのまま空いた座布団に座り、無言でヒロに出された茶を一口飲んだ。
とん、と湯呑みを置いたハルは、ぐるりと五人を見回した。
思わず背筋がぴんと伸びる。
「まずは、五人共無事で何よりだ」
特にナツ。と付け足し、優しく笑う。
ナツもはにかみ笑いで「今まで色々ありがとな。ハル」と答える。
そんなナツの様子に、ハルも何か感じるものがあったのだろう。
目をみはったあと、嬉しそうに笑みを深めた。
そんな二人のやりとりにほっこりとした空気が漂う。
「さて」
改めて五人をぐるりと見回し、ハルはヒロにピタリと視線を合わせた。
「それじゃあ。まずは昼前の霊力のゆらぎについて説明してもらおうか」
にっこりと綺麗なハルの笑みは、そういえば狐は肉食獣だったと何故か思い出させた。
次話は明日12時投稿予定です




