第三十七話 トモのパソコン
今日も一話投稿します
ナツがトモの祖母の膝の上て泣いているのを見て、晃とヒロも涙を流していた。
ナツは、やっとお母さんに会えたんだ。
ずっとずっと会いたかったお母さんに。
もちろん本人ではない。本当の意味では「会えた」とは言えないのだろう。
それでも、母を失ったあの瞬間からずっと止まっていたナツの時間が動き出した。
止まっていたときには見えなかったものが見えるようになった。
感じられなかったものが感じられるようになった。
「…よかった…。ナツ、よかった…」
「うん、よかったなぁ」
ぐじぐじと二人で泣いていると、トモの叔父が濡れタオルを持ってきてくれた。
遠慮なく借りて顔に当てる。
「お前達まで泣いてどうする。
さあさあ、さっさと飯を食え。
これから北山に行くんだろう?」
うながされ、何とか涙をぬぐい、再び食事に戻る。
トモの祖母に食べさせてもらっているナツには、トモの叔母が追加のごはんを運んでいる。
「トモ、これをな…」
トモの叔父は先程の写真を手にトモと何か話をしている。
「いや、できないよ」
「何だよ。使えないパソコンだな」
「俺のパソコン、そーゆーのじゃないって言ってるだろ?」
「パソコンならこれくらいできるもんだろう」
「俺のは専門性が高いの。無茶言わないでよ」
「蓮くんに頼んでよ。いないの?」と言われ、トモの叔父はそれもそうだと部屋を出ていく。
「トモ、パソコン持ってるのか?」
すごいな。と素直に晃が言う。
吉野の自宅にもパソコンはあるが、あれは家のもので晃のものではない。
自分と同じ中学生が、自分のパソコンを持って何かやってるなんて、やっぱり都会はすごいなぁと感心する。
「どんなパソコン? パソコンで何するの?」
ヒロも興味があるようだ。
そんな二人の態度に、トモもまんざらではないらしい。
「…見る?」
「「見る見る見る!!」」
三人でトモのパソコンを見に行くことになった。
佑輝も誘ったが、トモの祖父ともう少し話したいという。
ナツはトモの祖母に世話を焼いてもらっている。
ごちそうさまと食事を終え、三人で二階に上がった。
三部屋あるうちの一部屋は物置になっていて、残りの二部屋をトモが使っている。
一部屋が居住スペース。ベッドやタンスが置いてあった。
のぞかせてもらったが、黒多めのシンプルな部屋だった。かっこいい。
もう一部屋をパソコン部屋にしていると通してくれる。
「おおー」
まず目に入ったのは、机の上に三台並んだテレビモニタ。。
何かよくわからない文字がどんどん流れていったり、グラフが動いていたりと理解不能だ。
壁一面が棚になっていて、よくわからないタイトルの本やノートなどが詰め込まれている。
パソコンの部品と思われるものやコード類が入った箱などもみえる。
「すごい! 秘密基地みたい! かっこいいー!」
興味津々で遠くからモニタを見つめる。意味がわからないがかっこいい。
かっこいいが、間違って触ってしまったら壊しそうだ。こわくて近寄れない。
「パソコンずっとつけてるの?」
「ずっとつけっぱだな」
そしてトモが話してくれる。
「ハッカーってわかるか?」
ヒロはうなずいたが、晃はわからない。
首を振るとトモが説明してくれる。
「今の世の中、何でもコンピュータで動いてるだろ?
それを不正に利用して、プログラムを書き換えたり、壊したりするのがブラックハッカー。
カードの情報読み取って人の口座から勝手に金盗んだりとか、聞いたことないか?」
「ある!」
ニュースで聞いたことがある。
悪いヤツがいるもんだと祖父母と怒りを覚えたものだ。
「そーゆーのをサイバー犯罪ていうんだけど。そのサイバー犯罪に対抗するのが、ホワイトハッカー。
要は攻撃されたら防御したり、何かされてないか調査監視したりする。
国や会社と契約してする仕事なんだけど。
俺、そのホワイトハッカーやってるんだ」
十歳からだから、もう三年になると聞いて、へぇー! としか言えない。
説明されても、何やらムズカシそうな仕事をしているらしいとしかわからない。
中学生でもう仕事しているなんてすごいなぁと、またも感心する。
「おれ、パソコンなんて学校の授業でしか触ったことない」
「ぼくもちょっと調べ事したりするくらいだなぁ。
そーゆーのはどうしてるの?」
「普段使い用はこっちのノーパソ」
「まだあるのか?!」
「薄っ!」
引き出しから出てきたノートパソコンに、またも二人が驚く。
「っていっても、こっちも調べ事したりレポート書いたりするくらいだし。
さっき洋おじさんに言われたみたいな、写真取り込んで印刷したりっていうのは俺は専門外」
ほぇー。と感心していた晃だったが、三台あるモニタのひとつに貼られた紙が気になった。
『もしもの場合』と題されたA4の紙には、モニタの写真やパスワード、人の名などが書いてある。
晃がじっとそれを見ていることに気付いたのだろう。
「ああ、これ?」とトモが軽く言う。
「俺、この春休みでアメリカに行く予定だったんだよ」
トモの両親は共に研究者で、現在アメリカに住んでいる。
ここしばらく忙しくて帰国していないし、トモも大きくなったので一人でも大丈夫だろうから、春休みに遊びにこないかと誘われていた。
飛行機に乗ろうと関空に向かっていて『禍』から逃れたのだった。
もちろんこの騒ぎで渡米は中止だ。
春休み中渡米している予定だったから、ホワイトハッカーの仕事も休むと連絡してある。
「で、まあ、飛行機に乗るとなると、落っこちて死ぬ可能性もあるだろ?
もし万が一があったときに、ウチの誰も俺が死んだことを仕事先に伝えられないと迷惑がかかるから、連絡できるようにしてあるんだ」
どこをどう押して、誰に連絡する、ということが書いてある。とけろりと言う。
ぞわりと、こわいことが浮かんできた。
渡米が中止になったのなら。
飛行機に乗らなくなったのなら。
この紙は不要なはずではないか。
なのに、何でまだ貼ってあるんだ?
ハルは霊玉守護者五人で『禍』を封じてほしいと言った。
それが終わったら、戻ってこれるじゃないか。
そう思いながらも、今まで考えないようにしていたことがじわりと足元から忍び寄ってくる。
晃の言いたいことがトモもヒロもわかったのだろう。
顔を見合わせた二人は、何でもないことのように笑った。
「まぁ、退魔師なんかしてると、色々見聞きするし、危ない橋もわたってるからな。
念の為だよ。念の為」
「物事にあたるときには最悪の事態を想定して動けって、ぼくもよく言われる。
よくある備えだよ。晃」
そう二人に言われても、黒いよどみが足元から這い上がってくる。
唐突に思い出したのは、一昨日のあの恐怖。
喰われると思った、『死』が目の前に迫ってきた、あの感覚。
「『禍』を封じる」というのが、どうすることなのかはわからない。
でもきっと、あの『禍』と戦わなければいけないのだろう。
その時、自分は生きていられるのか?
ヒロは? トモは?
五人全員無事でいられるのか?
黙ってしまった晃に「そろそろ降りようか」とトモがうながす。
パソコンのモニタだけが無機質に光っていた。
次話は明日12時投稿予定です




