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第三十五話 不思議なおばあさん

 昼食をいただくことが決まるとすぐに六十代くらいの男性が机を運んできた。

 トモの叔父だと紹介され、挨拶をする。

 トモがすぐに手伝いに行った。

 自分達は何をすればいいのかとわたわたしていると「お客さんは座ってろ」と言われてしまう。


「お義父さん。退魔の話でもしてやったら」

 男性に話を向けられ、老人が眉を上げる。

「あ、あの! よかったら、ぜひお伺いしたいです!」

 佑輝(ゆうき)が頬を紅潮させ、うれしそうに申し出た。


 老人はふむ、とひとつうなずくと、佑輝を手招きする。

 飛んで行った佑輝が前のめりで話を向ける。


「刀の一振りで『(まが)』を斬ったと聞きました!」

「そりゃ大袈裟だな。まだ『(まが)』にまではなってなかったよ」


 佑輝についていった(こう)達も、老人の話を興味深く聞いた。

 そのうちにセッティングが出来上がった。

 箸とコップも並べられ、座るように指示される。


 とりあえず、と山盛りの白飯がそれぞれの前に置かれる。

 続いて常備菜であろう副菜や漬物がどんどんと置かれていく。

 味噌汁と取り皿が並べられ、大皿で肉がどん! どん! と置かれた。

牛肉を焼肉のタレで仕上げたもの。豚肉の塩コショウ炒め。鶏の照り焼き。

「男の子は肉食べさせときゃいいでしょ!」と言わんばかりのメニューだ。

 最後に野菜炒めが置かれ、食卓が完成した。


「じゃあ、いただきましょう」


 驚いたことに八十代と思われる老人の皿にも肉が入っていた。

 だからお元気なんだと納得の健啖家ぶりだ。

 子供達は「好きなだけ勝手に取れ」と大皿どん! の食卓だが、大人には料理を程よく盛った皿が美しく並べられていた。

 隆弘も恐縮しながらも大人しく食事をいただく。

 トモの祖父母、叔父夫婦、隆弘と霊玉守護者(たまもり)五人で食卓を囲んだ。


 山を走り回ってきた晃と佑輝はおなかぺこぺこだ。

 肉をがっと取ってはもりもりと食べる。美味しい。

 食事前から話をしていた流れで、食事が始まってからもトモの祖父が色々と話してくれた。

 佑輝がうれしくてたまらないというのを隠しもしないので、トモの祖父もうれしそうだ。

 晃も退魔師に会ったのは初めてなので、聞く話全てが珍しくおもしろい。

 またトモの祖父が話上手で、ついつい話に引き込まれてしまう。

 ヒロも興味しんしんで、箸を進めながら気持ちはトモの祖父に向いている。



 トモは「またいつもの話がはじまった」とばかりにマイペースで食べていたが、隣に座るナツがあまり食べていないのに気付いた。

「えんりょすんなよ。取ってやろうか?」

 声をかけられ、ナツが首を振る。

「おれ、小食なんだ」

「そっか」

 実際盛られた白飯をヒロが半分以上自分の茶碗に移動させているのを見ていたので、トモもそれで納得した。


 体感時間で十年近く、最低限の食事しかしていないナツは胃が小さい。

 吐き戻さないよう、腹が痛くならないよう、少しずつゆっくり食べろといつもハルとヒロに言われている。


 そんなナツをトモの祖母はじっと見ていた。

 時折何かを思い出そうとするように目を閉じたり口をへの字にしたりしている。


 トモの祖父は早々に食事を終えていた。しゃべりながらなのに早い。

「退魔師は現場での活動が主だ。現場でのん気にメシを食ってたらやられてしまうから、いつの間にか早飯になってしまった」

 そんな話でも佑輝は「すごいです!」と感激している。

 食後のお茶を味わいながら佑輝に話すトモの祖父もまんざらではないようだ。




「――みっちゃん?」

 ぽつりとこぼれた名に、ナツの手が止まる。

 今、誰を呼んだのだろう。

 突然呼ばれた名に会話が止まる。

 小柄なおばあさんは、じっとナツを見ている。


 ナツは大きな目を見開いて、ゆっくりと声の主へと顔を向ける。

 何を言われたのか信じられないという顔に、おばあさんは小首をかしげ、隣の夫に声をかける。


「覚えてないかしら、玄さん。ずいぶん前に小学校でお別れ会をしていただいて…」

「あぁ、祇園の」

 そしてナツをじっと見た祖父は「確かに似ている」と言い、ちょっと待っててと席を立った。


「祇園の、みっちゃん」

 誰のことかたずねられたと思ったのだろう。ナツの震える声に、トモの祖母は話をはじめた。


「もう、二十年近く前になるかしら。ご縁があって小学校でお茶を教えていたんだけど、もう年だし、別の方にお願いすることにしたの。その時の生徒さんがお別れ会をしてくれてね。そこで見事な舞を披露してくれたのが、みっちゃんていう子で」

 やさしいまなざしで、トモの祖母がナツを見つめる。

「あなたにそっくりだったの」


 ナツの母だ。晃もヒロも確信した。

 ただ、それを言っていいのかわからない。

 ナツは呆然とした顔をしている。

 何を言われたか信じられないようだ。


「多分、母、です」

 ぽつりと、言葉がこぼれた。


「そう」トモの祖母は目を細め笑った。

 そして「おいで」とナツを手招きする。

 その手に操られるように、ナツがふらりと祖母のそばまで歩き、ぺたんと座る。

 トモの祖母がナツにまっすぐ向こうとするのを、叔母が椅子を動かして助けてやる。

 正面に向き合ったところで、トモの祖母がやさしくたずねる。


「ナツくん、だったよね」

「…はい」

 ナツがぎゅっと膝の上で拳を握る。

 息せき切って言葉を続ける。


奈津(なつ)です。中村(なかむら) 満津(みつ)の子供です。祖母は節津(せつ)で、二人共芸妓(げいこ)です」

「そう。()っちゃんの孫なの」

「! 祖母も知ってるんですか?」

 うん。とうなずくトモの祖母に、ナツは息を飲む。


「そう…。みっちゃんは、節っちゃんの子だったの…。どおりで舞いが上手いわけね」

 そうつぶやき、何かを思い出すように目を閉じた。


「みっちゃんの舞は、そりゃあ見事だった。

 あの子が舞うだけで、辺りがぱあっと花畑になるようだった」

 トモの祖母は思い出をたぐるように話をしてくれる。


 まだ小学五年生だったナツの母は、他の女の子達と一緒に舞を披露してくれたこと。

 お茶のお稽古でもきれいな動きをしていたが、舞う姿を初めて見て、この子はちがうとすぐにわかったこと。

 最後に言葉を交わしたとき「母のような芸妓になる」と話していたこと。

「先生。いつかお座敷に呼んでね」と言われたが、行ったことがないので再会できていないこと。


 知らなかった母の姿を聞いて、ナツは泣きそうな顔をしている。

 うれしいのか、かなしいのか、自分でもわからないのだろう。


「みっちゃんは、お日様みたいな子だった」

 明るい表情。人懐っこい性格。彼女がいるだけで、誰もが笑顔になった。


「それなのに。

 みっちゃんそっくりのあなたは、なんでそんな顔をしてるの?」


 こてん、と首をかしげ、叱るでもなく憐れむでもなく、ただ不思議そうに言うトモの祖母に、ナツが息を飲む。


 初めて会ったときからぐったりとしたナツを見ていたが「霊力が枯渇寸前で」と説明されていた佑輝と、回復した状態で今日初めて会ったトモには何のことだかわからない。

 だが、ヒロと晃は驚いていた。


「そんな顔」と言われ、昨日の異界でのナツがすぐに浮かんだ。

 あの、昏い微笑み。

 母に会いたいと生きることを放棄したがっていた、あの達観した顔が。


 今もナツは、母に会いたいと願っている。

 きっとそのために自分の生命を捨てることを考えている。

 あの異界からは抜け出したが、今はいわば『ちょっと保留』状態だ。

 

 トモに迎えに来てもらうまでの時間でナツの霊力は回復し、昨日見せたあの昏さはもう見えなかった。

 一見普通の少年と何ら変わらない穏やかな顔をしていたのに、このおばあさんは、ナツが奥底にとりあえず隠しておいた表情を見抜いたというのか。




 ん? とうながされ、ナツが震える唇を開く。


「――母は、事故で」

 知らなかったのだろう。トモの祖母が哀しそうに眉を寄せる。

 その目に哀悼の色を浮かべ、ナツに話の先をうながす。


「おれ、ずっと、おかあちゃんに会いたくて」

「うん」

「でも、会えなくて。神様も、ダメだって。ムリだって」

「うん」


 ナツのわかりにくい説明に、トモの祖母が相槌で答える。


「あいつらが、おかあちゃんのことばかにするから。

 おれがおかあちゃんの代わりに舞わなきゃって。

 おかあちゃんはすごいんだ。おかあちゃんの舞はほんとにすごいんだ」

「うん。すごい」

「あいつら、見たこともないのにおかあちゃんのこと悪く言うんだ」

「そう」

「だから、おれが舞って、すごいところを見せれば、おかあちゃんも認められる、って、思って」

「…あなたは、みんなにおかあちゃんを認めさせたいの?」

 その言葉に、ナツは少し考えて、ふるりと首を振る。


「あんな奴らどうでもいい。舞も、どうでもいい。

 でも、舞っているときだけは、おかあちゃんが側で見てくれてる気がする…」


 だから、舞う。

 周囲の人間も、神楽人も関係なく。

 ただ、母のために。

 母に会うために。


「…あなたは、おかあちゃんが大好きなのねぇ…」


 トモの祖母は慈愛に満ちた声で言った。

 そこには哀れみも同情もなかった。

 そのことにナツは顔をあげた。

 顔をあげたことで自分がうつむいていたと気づいた。


 トモの祖母は叔母に何か言いつけると、ナツをまっすぐ見つめた。


「…みっちゃんは、あなたを何て呼んでたの?」

「…なっちゃんと」

 呼んでいました。とまでは言葉が続かなかった。

 母が自分を呼ぶ声を思い出し、喉の奥がつかえる。


「おばあちゃんも、なっちゃんて呼んでいい?」

 黙ってうなずく。

 トモの祖母はおだやかに微笑むと「なっちゃん」とやさしく呼んだ。


「おかあちゃんに会わせてあげよう」

次話は明日12時投稿予定です

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