第二十五話 ナツ 8 ナツの能力
本日本編二話・番外編一話 合わせて三話投稿します。
このお話は一話目です。
幼児を虐待する場面があります。
不快な方は明日投稿分(第27話)までとばしてください。
前書きにあらすじを書いておきます。
目の前の、見えない箱の中では、風景がくるくると変わっていた。
人が次々に現れては消える。その誰もがボンヤリとした残像のようだ。
やがて、風景が固定される。ナツの家のようだ。
いつもの家のいつもの部屋の壁に、布が張ってある。白と黒の鯨幕。
祭壇の前に横たわっている母。
真っ白な顔で動かない。周囲の人も黒い服ばかりだ。
突然、どこからか大きな音が聞こえた。
「通夜ですよ!」
「故人に失礼だろう!」
言い合う声。
すると、一人の男が姿を現した。
六十歳は過ぎている、初老の男。周囲は黒い服ばかりだというのに、濃茶の着物を着ている。
白い髪はぴったりと撫でつけてあり、しわだらけの顔の中で吊り上がった目だけがギラギラと生気に燃えていた。
男はずかずかとナツの側までくると、周りの制止も気にせず何かをまくりあげた。
男の子かどうか確かめたのだと、見ていた晃にもわかった。
突然の仕打ちに一瞬で怒りが湧く。
周囲が騒然としているのがわかる。
ナツは驚きからか恐怖からか、声も出せないようだ。
祖母が、周囲が、男を罵倒する。ナツをかくまおうとしているのだろう。ナツと男の間にたくさんの人垣ができる。
男は神経質そうな顔を怒りにゆがめ、どこかをにらんでいる。おそらくナツの母だろう。
「よくも五年もだましてくれたものだ」
男の第一声がこれだった。あまりの言いぐさに騒々しかった周囲が一瞬で凍り付く。
怒りに男へ飛びかかろうとした晃だったが、見えない箱に止められた。
バンッと大きな音を立てるだけで、箱はびくともしない。
くそっと悪態がもれる。横ではヒロが同じように箱の壁に手をついていた。
男は周囲の様子など意に介さず、淡々と告げた。
「産まれた子が男だったらもらいうけると言っていたはずだ。
――これは連れていく」
祖母を突き飛ばし、ナツを抱えたらしい。
ちいさな手がのびる。
「おばあちゃん!」
「なっちゃん!!」
男達が言い合う声がする。
初老の男を止めようと、ナツを取り返そうと大人たちが動いている気配がする。
ナツも逃げようと暴れる。霊力が暴走する。
「おかあちゃん! おかあちゃん!」
暴走した霊力は渦を巻きナツの周囲で暴れまわる。そのために大人がナツに近づけないようだ。
「なんであのじーさんは平気なんだ?!」
「多分、『霊力なし』なんだ」
晃の疑問にヒロが答える。
ぎりりと歯を食いしばり、説明してくれる。
『霊力なし』と呼ばれる、霊力をほとんど持たない人間は、一定数いるのだそうだ。ハルの父の晴臣もそうだ。
霊力がないといわれるほど少ないから、他の霊力を感じることも、影響を受けることもない。
だから、これだけ霊力が渦巻き暴れているナツを抱えていても、何ともないのだ。
逆にナツを助けようとする人達は、ナツに近づけない。一般人レベルの少ない霊力でも感知できるほど、ナツが暴走させている霊力が大きいためだ。
近づこうとしてはじきとばされている。
霊力にあてられて倒れている人もいる。
暴走する霊力に呼応するように地面が隆起していく。しかしそれも助けようとする人の足止めになるだけで、ナツを抱える人物は気付く様子もない。
やがて、気を失ったのだろう。箱の中が真っ暗になった。
真っ暗になった箱に、晃もヒロもやきもきしていると、やがてぱっと場面が変わった。
板の間だ。冷たい板の間に投げ出されたらしい。衝撃で意識が戻ったようだ。
稽古部屋なのだろう。壁の一面が鏡になっていた。
おかげで映ったナツの様子も見える。
霊力が暴走した直後は動けなくなる。晃もヒロも何度も経験して知っていた。
ナツも動けなくなっている。ただ横たわり、うっすらと目を開けているだけだった。
鏡に映るナツは、五歳という年齢相応の身体つきだった。
乳幼児よりはしっかりしているものの、まだまだ小さい。
そんな体を平気で床に投げ出した老人は、ナツの意識があるのを確認し、何も言わず扇を手にひとさし舞った。
それが終わると、ナツのそばでしゃがみ、扇を側に置いた。
「舞ってみろ」
暴走した霊力のせいで、ナツは動けない。すると、反応がないことに気分を害したのか、男がナツの脇を持ち無理矢理立たせる。
パン。と、かわいた音がした。
頬を叩かれたらしい。ヒロが怒りに拳を握る。
「舞え」
再度言われるが、ナツは反応しない。反応できない。
それほど霊力の暴走は本人への負担が大きいのだ。
またも頬を叩かれる。首がぐるんとまわる。
普通の子供なら、痛みに、恐怖に泣き叫ぶだろう。
だがナツは泣かなかった。
霊力が暴走したばかりで、泣くだけの気力も体力もないのだ。
辺りには、数人の男達がいた。
皆稽古着だろうか、浴衣を着ている。四十代と思われる男性を筆頭に、一番若いものはナツより少し年上、小学校低学年くらいの男の子まで。十数人の色々な年代の男が座っていた。
幼い子供が殴られているというのに、誰一人助けようとしない。
年齢が上の男は顔をしかめる者もいるが、年齢の低い者はにやにや笑って見ている者もいる。
鏡に映るナツは女の子の格好をしている。
黒一色のワンピースに黒い靴下。
髪はショートボブになっていた。男の子とも、女の子ともとれる髪型だ。
くせのある髪がくるんと巻いて、パーマをあてているかのように波打っている。
その髪も、かつぎはこばれ投げ出され、ボサボサになっていた。
霊力の暴走のせいで、顔色は真っ青だ。もうしばらくすると高熱が出るだろう。
「舞姫などと呼ばれたあの小娘が育てたのならば、舞えるだろう。舞え」
男はナツの体調など目に入っていないようだった。
ただ独善的に自分の考えを押し付け、従わせようとする。
「それとも」
ナツが何も反応しないことに対し、男は一つの考えを口にした。
「舞姫など、まわりが大きく言っていただけか。
実際はたいしたことはないのか」
ふん、と吐き捨てるように言われた言葉に、ナツの目に炎が宿った。
母を、母の舞を、侮辱された。
許さない。それだけは、絶対に許さない。
表情だけでそのことが伝わってきた。
ナツはゆっくりとしゃがみ、足元の扇をふるえる手で何とかつかむ。
ナツがゆっくりと立ち上がる。
腕を伸ばし、舞いはじめる。
鏡にナツの舞う姿が映し出されている。
霊力が暴走した直後で、こんなに動けるはずがなにのに。
自分も経験したからわかる。暴走直後は身体の中がからっぽになったようで、指一本動かすのもつらいのだ。
それなのに五歳のナツは、ふらつくこともなくしっかりと立ち、舞っている。
しかも晃の勘違いでなければ、先程男が舞ったのと同じ舞ではないだろうか。
「今おどってる舞って、メジャーなの?」
盆踊りのように、地元民なら誰でも踊れるものなのかもしれない。そう思ってヒロにたずねると「違う」という。
「――これが、ナツの能力なんだ」
そしてヒロは能力について話してくれた。
霊力量や属性に関係なく『特殊能力』と呼ばれるものを持つ人がいること。
たとえば鑑定能力。予知能力。スキルとかギフトとか呼ばれることもある。
そして、歴代の霊力守護者も皆何らかの特殊能力を持っていたことから、今代の五人もおそらく何らかの能力を持っているだろうと言われていること。
「ナツの能力は『一度見た動きは完全に模倣できる』 完全模倣だよ」
だから一度見ただけの男の舞と同じものが舞えるらしい。
だが。
晃は思う。
同じ動きだが、ナツの舞は先程の男の舞と全然違う。
こんな舞を見たのは初めてだ。
優雅で繊細。それでいて舞い手の感情まで伝わってくる。
ナツの怒り、悲しみ、苦しみ。ちいさな身体が大きく見える。
踊りのことなどわからない晃でもわかる。
天才だ。
これが、神楽人。
神様の愛し児。
舞い終わったナツは、そこでふらりと倒れた。
薄れる意識の中、叫ぶ男の姿が見えた。
「この子だ!この子こそが、私を神楽人に導く子だ!」
その目には狂気が宿っていた。
次話は本日18時投稿予定です




