第二十三話 ナツ 6 事故
本日も二話投稿します。
このお話は一話目です。
しばらく暗めのお話が続きます。
暗いのがしんどい方は、4月3日投稿分までお待ちいただき、一気読みをおすすめします。
交通事故のシーンがあります。
読みたくない方はとばしてください。
次話の前書きにあらすじを書いておきます。
そして、また場所が変わる。
神楽人として舞う、神様の世界。
その舞台の真ん中で、ナツと母は頭を下げている。
正面の回廊におわす神様に、深々と拝礼しているのだ。
《ふむ。出雲か》
ナツと二人出雲に引っ越すこと。
月に一度の神楽には必ず戻ってくることを話すと、神々はざわざわと話し始めた。
《常に愛し児が見られぬのはさみしいのぉ》
《しかし、出雲ならば、神議に行ったときに会えるということか》
《今までどおり月に一度の神楽舞も見れて、神議のときも愛し児の舞が見られるということか》
《それはよい》
《それはよいな》
やんややんやと神々は喜ぶ。
《出雲の舞をナツが学ぶなら、よりすばらしい舞が見られるに違いない》
《おお。それは楽しみだ》
神々は賛成してくださったようだ。
ホッとしているナツの母に、一柱の神が声をかける。
《ミツよ。ナツよ。
我らが愛し児よ。
汝らが健やかであることが、我らの喜び。
彼の地でも、善く過ごせよ》
そう言って、神々は二人を寿ぐ。
幸せな二人暮らしは、すぐそこだった。
また場面が変わる。
蝉しぐれが聞こえる。夏だ。
アスファルトの照り返しと熱気で、ただでさえ暑いのにさらに暑い。
それでもナツは母の手を離そうとしない。
「暑いねぇ。なっちゃん」
日傘の母が笑顔をむける。
「あいさつ回りも終わったし、明日は出雲よ。帰ったら冷たいジュース飲もうね」
楽しそうに話している様子なのに、ヒロの手がすうっと冷たくなっていく。
どうしたのかと見れば、顔も真っ青になっていた。
「ヒロ?」
「まさか…」
ヒロのつぶやきは、急におこった車の音に消された。
母の顔が驚きに染まる。
「なっちゃん!」叫びとともに抱きかかえられた、と思ったら。
ドン
衝撃
暗転
次に映ったのは、横たわる母。
「…おかあちゃん…?」
母の腕から出たのだろう。母の姿が映っている。
横になった母の頭の下から赤いものが広がっていく。
目を閉じて動かない。
「おかあちゃん」
「おかあちゃん? おかあちゃん… おかあちゃん!」
何か叫ぶ人の声。サイレンの音。目まぐるしく変わる光景。
「――ひどい事故だったんだ」
ヒロがぽつりと言葉を落としていく。
「暴走車が歩道に突っ込んで、何人も犠牲になった。
なっちゃんかあさんは即死だったって聞いてる。
ナツも一緒に病院に連れていかれて、精密検査を受けて。
その時に、服を脱いだみたいで。
夕方のニュースで報道されたんだ。
なっちゃんかあさんの名前と『息子の奈津くん』て」
男の子だということを隠して育てていたのに。
思わぬ形で、本人達のしらぬ間に、ナツが男の子だと報道されてしまった。
晃は声も出ない。
こんな。
こんなことが起こるなんて
もう少しで幸せに暮らせたのに。
「きっと巡り合わせが悪かったんだ」
今までに周囲から何度もそう言われたのだろう。ヒロのその言葉は借り物のように心がこもっていなかった。
「ナツのおばあちゃんや家族の人も報道チェックなんてできなかったろうし、病院の人も警察の人も、事情があるなんて知らなかったろうし」
ナツはただただ泣き叫んでいる。
「おかあちゃん」「おかあちゃん」
その間も目の前の風景は流れていく。
「でも。でももし」
ヒロはついに涙をあふれさせた。
握られた晃の手が痛かったが、かまわなかった。
「もしも事故が起こらなかったら。
もしもあと少し早くあの場から離れていたら。
きっとなっちゃんかあさんはまだ元気に笑ってて。
ナツと二人で幸せに暮らしてて。
ナツも元気に笑ってたんじゃないかって。
そう、思うんだ」
今度は心からの言葉だった。
そしてヒロは「ぼくのせいなんだ」とうなだれた。
「ヒロ」
「ぼくが会いに行ったから。
ハルにやめとけって言われてたのに、ぼくがナツに会いに行ったから。
だからきっとなっちゃんかあさんは死んだんだ」
ぼろぼろと涙を流し、ヒロが吐き出すように言う。
「そんなの!」
ぐっと両手をひっぱり、ヒロの意識を自分に向けさせる。
「そんなの、たまたまだろう?!
ヒロだってさっき言ったじゃないか。
『巡り合わせが悪かったんだ』って。
ヒロのせいじゃない! ヒロが悪いんじゃない!!」
「だって!!」
晃の叫びもヒロには届かない。
「だって霊玉守護者はみんな両親との縁が薄いんだ。
みんな両親と暮らしていないんだ。
ナツだけが、かあさんがそばにいた。
愛し児だからなんだって、大丈夫だって思ってた。
でも、そうじゃなかったんだ。
ぼくがナツからかあさんを奪ったんだ」
初めて聞く事柄に、晃も息をのむ。
確かに自分は両親と暮らしていない。だが、それが強い霊力に関係することだなどと、考えたこともなかった。
霊玉守護者は、霊力が強い。
そのため、善いものも、悪いものも呼び寄せてしまうことがある。
「何がおこるかわからない」とハルが躊躇していたのもこのためだ。
幼少期から霊玉を持つことも、霊玉守護者同士が幼少期に会うことも前例がないことから、ハルにも判断が難しかったのだ。
「ぼくが会いたいって願ったから。
ぼくが何度も何度も会いに行ったから。
だからきっと、ナツとなっちゃんかあさんを護っていた加護が弱まったんだ。
霊玉守護者の共鳴が、神様の加護を弱めたんだ。
ぼくの霊力が、悪いことを呼びよせたんだ」
ヒロの説明に晃が戸惑っている間に、ヒロは静かに続ける。
「だから、晃には誰も会いに行かなかった。ハルが行かせなかった。
何がおこるか、誰を巻き込むか、誰にもわからなかったから。
せめて身体が成長して、霊力が安定するまで待とうって話になったんだ」
自分が他の霊玉守護者に会ったことがないのは、白露に止められていたこともあるが、単に住んでいる場所が遠いからだと思っていた。
だが、違った。自分は知らない間に守られていたのだ。
ヒロの話を何度も頭の中で整理する。
初めて聞く話ばかりで動揺する。
ナツの話。ナツの母の話。ヒロの思い。
頭の中がぐるぐると混乱で渦巻いていたが、何度も何度も整理して、少しずつ落ち着かせる。
苦しみも、悲しみも、理不尽も、何とか飲み込み。
そうして、ヒロに向き合った。
ぐすぐすと鼻をすすり落ち着こうとするヒロに、晃は静かな声でたずねた。
次話は本日18時投稿予定です




