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第二十二話 ナツ 5 出生の秘密

本日二話投稿しています。

このお話は二話目です。


 突然暗くなったことに驚いていると、遠くで歌が聞こえてきた。子守歌だ。

 どうやらナツの母が歌っているらしい。


「なっちゃんももう五歳か…」

 声が聞こえる。ナツの祖母だろう。おそらく、ナツは目を閉じているのだ。

 うつらうつらと、夢と現実のはざまで話が聞こえているようだ。

 幸せそうな淡いピンク色のぽやぽやが、浮かんでは消えていく。ナツの感情だろう。頭を撫でられ、幸せを感じているのかもしれない。



「あんたがあの男に薬を盛られて無体なことをされた時も。

 お腹に子供がいるとわかって、でもわかったのが遅くて、もう堕ろせなくて産むしかないとなったときも。

 あの男のところに行って殺してやろうと思ったけど…。

 なっちゃんはいい子に育ったねえ」


 あんたよくやったわ。我が娘ながらえらいもんだわ。

 そう言って笑うナツの祖母の声を、晃は呆然として聞いた。


 意味がわからなかった。

 言葉は聞こえている。ただ、意味がわからなかった。

 無体?

 堕ろす?

 何?

 助けを求めてヒロを見ると、ヒロは顔を上げていた。声の主を探すように目を動かしていたが、しかめたその顔からヒロは知っている話だと推測する。


 すぐにナツの母がクスクスと笑う声が聞こえてくる。

 ナツはもう眠ったと思っているらしい。

「私はあの男のことはどうでもいいの。ただなっちゃんを授けてくれたことだけは感謝してる。

 私は、なっちゃんが側にいてくれたら、あとはなんにもいらないの」


その言葉にナツが喜んでいるのが伝わってくる。ピンクのぽやぽやが数を増し、辺りが明るくなっている。


 ナツの祖母がひとつため息をついた。

 だけど。と、言葉をつなげる。

「五歳ていったら、七五三よ。

 本当だったら、神様のところに行ってお祝いしてもらうのにね…」


 女の子は三歳と七歳。男の子は五歳に、成長を祝い長寿と幸福を祈る行事、七五三。

 ナツは男の子だから五歳で参拝する。

 当然に思えることだが、違うのだろうか。

 晃が頭にハテナマークを浮かべていると、ナツの祖母が続けた。


「男の子だとわかったら、あの男が何をするかわからないからね」


 晃の目が驚きに開かれた。

 ナツが女の子として育てられたと、先程聞いた。

 だがそれは、健康と長寿を願う、病魔を除ける護法ではなかったというのか。

 男の子だということを隠しているということか?

『あの男』って誰だ?

 ヒロにたずねようと口を開いたが、ナツの祖母の声が再び話しはじめたので口を閉じる。


「あの男は神楽人(かぐらびと)になりたいらしいの。

 若い時から、そりゃあ芸事に励んでた。

 本人は明言したことはないけれど、私達神楽人にはわかった。

『あ、神楽人の存在を知ってるな』って。『神楽人になりたいんだな』って。


 けど、いくら本人がやりたいからって、お選びになるのは神様だから。

 こればっかりは人の身ではどうにもならない。

 そうしているうちに、何をどう考えたのか、自分の子を神楽人にしようとしだした。

 自分の子を鍛え、だめだと判断してからは、舞上手で有名な女性に次々と手を出し子を産ませ、取り上げた。

 能の家だから男の子でないと、というのもあるだろうけど、あの男尊女卑男には、女の子が自分を差し置いて神楽人になるというのが、考えられないのかもしれないわね」


 声だけだが、ナツの祖母がニヤリと笑ったのがわかった。


「私もあんたも、女だけど神楽人なのにね」

「あほよね」

 クスクスと母娘は笑う。


 晃は聞いた話を一生懸命頭の中でまとめた。


「つまり、『あの男』というのがナツの父親で。

 自分の子供を、自分のなれなかった神楽人にしようとしてて。

 ナツが男の子だとわかったら取り上げられてしまうから、男の子だということは隠してお母さんが育ててる。ということか?」


 ヒロに確認すると、しかめ面でうなずいた。

 やはりヒロは知っていたのだ。


 再びナツの祖母の声がする。

「なっちゃんが生まれて――。産婆さんや周りのみんなに協力してもらって、女の子として育てて五年。

 幸いなっちゃんはあんたによく似て顔立ちも優しいし声も可愛らしいから、今までは何とかなったけど。

 これからはそうもいかないわよ」

 どうするの?と祖母の声が心配の色を帯びる。


「幼稚園は『行かさない』で済むけど、小学校はそうはいかない。

 行かさないとなったら色々問題がでてくる。

 かといって、行かせたら、身体測定やらプールやらがあるから、男の子だと隠すことも難しくなる。

 男の子だとわかったら、あの男が何をするか…」


 ただでさえなっちゃんは舞の天才だし、神楽人だし、と祖母がため息をつく。

 ナツの気持ちを表しているであろうぽやぽやも、紫色や青色に変わり、心配そうにゆれている。


「そのことなんだけど」

 ナツの母の声が続く。


「時々神社で一緒に遊ぶハルくんのお父さん、弁護士さんなんだって。

 ウチの事情ちょっと話したら、手助けできるかもしれないって」

「ホント?!」



 途端、また明るくなる。

 また場面が変わったようだ。

 ナツの母はTシャツに綿パンというラフな格好をしている。

 家のなかだろう。テレビやテーブルなどがある。

 ナツの母はしゃがんでナツに目線を合わせている。


「なっちゃん。おかあちゃんと二人で出雲で暮らさない?」

「いずも?」

 どこ? と聞くと、母が答えてくれる。


「十月に神様方が『おでかけする』ってお留守にされるでしょう?

 その時に神様がおでかけされているところよ」

「へー」


 ナツはよくわかっていないようだ。

 適当な相槌に母が苦笑している。


「それでね。出雲には、こんな神楽があるのよ」

 母がいそいそとビデオデッキにディスクを入れて再生する。

 画面が映し出されると、ナツの目が釘付けになったのがわかった。


 それは、勇壮な舞だった。

 きらびやかな衣装は重そうなのに全く重さを感じさせない。

 男達は軽々と舞い踊る。鬼が出る。大蛇が渦を巻く。

 独特の音楽が魂を震わせる。


「――かっこいい!!」

「でしょ?」

 どやあ、と母が笑う。ナツの好きそうなものをよく理解したプレゼンだ。

 さらに母の出雲プレゼンは続く。


「京都と出雲はバス一本で行き来できるから、毎月の神楽人のお勤めにも帰って来られる。

 それに、出雲ではおかあちゃんお昼のお仕事だけにするから、夜ずっと一緒にいられるよ」


 魅力的な提案に、ナツの心が喜びに輝く。

 が、ふと、その輝きが弱くなった。


「おばあちゃんは? それに、はるくんとひろくんとも会えなくなる?」


 幼いナツに自分達の存在が大きかったことがわかったのだろう。ヒロが泣きそうに顔をゆがめる。

 ナツの母はにっこり笑って、ひとつずつ答えた。


「おばあちゃんは一緒に行かれない。お仕事があるからね。

 でも、神楽人のお勤めに帰ってきたときにはお泊りしようね。

 はるくんとひろくんも、その時会って遊べばいいんじゃないかな。

 おかあちゃん、はるくんお父さんの電話番号知ってるから、『この日に帰るよ』て連絡しとけば、会えると思うよ」


 その言葉でナツの心配はなくなったらしい。

 ぱあっと辺りが輝いた。

本日もおつきあいありがとうございました。

明日も二話投稿します。

次話は明日12時投稿予定です。

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