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第十九話 ナツ 2 なっちゃんかあさん

本日二話投稿します。

このお話は一話目です

 ずるずるとその場に座り込み、ヒロは地面に手をついた。

 ごめん、ごめんと言いながらポロポロと泣くヒロに、晃は何もできなかった。

 事情もわからないのに、無責任に「大丈夫」とも言えず、それより何よりヒロが本当に苦しそうだったから、かける言葉が見つからなかった。

 ナツとヒロそれぞれの悲しみが伝わってきて、晃も苦しかった。


 助けたい。ナツも、ヒロも。

 こんな風に泣かせたくない。


 うなだれ涙をこぼすヒロの側に寄り添い、そっと手を重ねる。

 自分は火属性だ。

 少しでも、冷たくなったヒロの手が温まればいい。

 そう思って、ぎゅっと手を握る。


「晃…」

 やっと顔を上げ、晃を見つめるヒロの目には涙がたまっていたが、晃の想いが伝わったのだろう。握った手にもう片方の手を重ね、ちいさく微笑む。

「…ありがとう」

 ヒロの気持ちが少しでも上を向いたのを感じ、晃は重ねた手にさらに自分の手を重ねる。


 ヒロは、こうして温められる。でも、ナツは…。

 そう思い、ちらりとナツのうずくまっているほうを見ると。


 ふわりと、誰かが微笑んだ。


「なっちゃん」


 優しい声に視線をあげる。

 ヒロも同じくその人を見て、驚きに固まった。


 まだ若い女性だ。二十歳位だろうか。

 肩より少し長い髪はくるりと形よく波打ち、猫のような大きな目はキラキラと輝いている。肌は白く、血色のよい頬は健康そのもの。赤くつややかな唇はにっこりと弧を描いている。

 その、笑顔。

『花が咲いたような』とは、この人のためにある言葉だと思った。

 幸せだと、うれしくてたまらないと、その表情が語っている。


 座り込んでいる自分達の目の前で、その人は踊るようにくるりとまわった。

 こぼれる笑顔でくるりと舞い踊る。

 くるりくるりとまわるたびに服が変わる。最初は白いシャツに細身のジーンズ。次はTシャツにスカート、次はコート、次は着物と、次々に変わっていく。だが、その笑顔だけは変わらない。

「なっちゃん」「なっちゃん」とやさしく呼びかける声は慈愛に満ちていて幸せそうだった。



「なっちゃんかあさん…」

 ヒロが呆然とつぶやく。

 やはり、と晃も得心した。その表情が、声が「なっちゃん」が(いと)おしいと語っている。

 ナツの母以外にはあり得ないと、晃も思っていた。


 何故ナツの母がここに現れるのだろう。

 ナツはどこにいるのかと目を凝らすも、ナツの姿は見えない。うずくまっていたはずなのに、どこに行ってしまったのか。

 晃が戸惑っている間にも、目の前で、見えない箱の中で、ナツの母は笑っていた。


 やがて、ナツの母のかわりに別の人が現れた。

 着物をぴしりと着こなした初老の女性。料理人のような恰好の親子であろう男性二人。着物姿の女性達。

 皆が優しく微笑んで、ナツの名を呼びかける。

「――あれはナツのおばあちゃんとおじいちゃん。なっちゃんかあさんのお兄さん。近所のお姉さんたち…」

 ひとりひとり、ヒロが説明してくれる。晃に話しているようで、自分で声に出して確認しているだけかもしれない。



 ナツに呼びかけ、笑いかけてくれているであろう人達を眺めながら、ヒロがぽつりぽつりと教えてくれる。


 ナツの育った家は、花街で仕出し料理の店を商っていたこと。

 祖父と伯父が料理人。祖母と母は芸妓(げいこ)だったこと。


 そんな話を聞いていると、くるりと目の前の光景が変わった。

 今までは白い空間に人物だけが現れていたのに、突然、その場所に居るかのように周りに景色が現れた。



 どこかの稽古場だろうか。髪を結い、浴衣を着たナツの母が扇を片手にくるりと舞う。

 その向こうにはたくさんの少女達。高校生くらいだろうか。全員浴衣で、日本髪を結っている。

 その中に一人だけ、明らかに年齢の低い幼女がいる。

 肩につかない程度の長さのおかっぱ頭は、ナツの母と同じように毛先がくるりと波打っている。

 黒に近い紺色の浴衣には大きな花柄が染め抜かれ、赤い帯が金魚のしっぽのようだった。

 二歳くらいに見える幼女は、目を輝かせて母の踊りと見つめている。

 その目は、ナツの母と同じものだった。


「――あれ、ナツ?」

 どう見てもナツの母の子供だとわかる。瓜二つだった。だが、どう見ても女の子だ。

 霊玉守護者(たまもり)は皆男だと白露に聞いていたが、違うのだろうか。それとも、ナツの姉妹だろうか。


 そんな迷いからの問いかけに、ヒロはうなずいて答えた。

 やはりあの女の子がナツのようだ。

 可愛らしい女の子は、母から扇を受け取ると、同じように舞い始めた。

 とても幼女とは思えない見事な舞。

 体幹がしっかりしている。足元がおぼつかなくなることも、ふらつくことも全くない。


「ナツはずっと女の子として育てられたんだ」

 ヒロが幼いナツの舞を見ながら教えてくれる。

 

 男の子を子供の時だけ女の子の子の格好で育てる風習があることは晃も知っていた。

 現代医学が発達していない時代、病気は病魔や悪霊のせいでおこるとされており、男の子のみをねらう魔物から守るための護法として、女の子の格好をさせて魔物を(あざむ)いていたという。

 現代でも女の子に比べて男の子は育ちにくいと言われる。

 修験者として訪れた先で、女の子の格好をしている男の子に何人か会ったことがある。

 ナツの姿もそのためか。と晃は納得する。

 なにしろ自分達霊玉守護者(たまもり)は霊力が多いせいで、特に小さい頃はしょっちゅう熱を出して寝込んでいた。

 護法に頼るのも無理からぬと思う。

ちょっと短いですが、キリがいいのでここまでで。

次話は本日18時投稿予定です。

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