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不気味な森

 琥珀は一時凌ぎとして土で手を擦り少しだけでも臭いを落とす。

 それでもしかめっ面のヒマリは琥珀のやや前を歩きながら鬱蒼と茂る森を進む。

 念の為目印代わりに短剣で木に傷を付けつつ、聞きたかったことについて話し始める。


「ヒマリ、まず一番最初に聞きたい事なんだけど、どうしてヒマリまでこっちの世界に来ることになったんだ?あの飄々とした自称神様がよこしたって事は分かるけど……」

「ああ、簡潔に結論から言うと、私が琥珀と……その、一緒に逝こうとしてたからだと思う」

「は!?」


 ヒマリは詰まりつつも話してくれたが、琥珀はその答えに卒倒しそうになる。


「私もあの体ではそう長くないだろうし、琥珀とずっと一緒の方が幸せだと思った。猫らしからぬ思考だよな……。そんな時に、もう一度琥珀と旅をしないかって言われたんだ」

「そうなのか……、よく考えれば急に野生戻れっていうのも無理な話だったかもしれないな」

「あの神的には私を琥珀の護衛役にしようっていう算段だったのかもしれないけど、襲われそうになってるって言われてすぐに送り出されたから」

「イノシシについては半分くらいあの神様のせいだと思うんだけど……、もしかしてわざとだったのか……?」


 ヒマリをこっちに来させる口実としてそう仕組んだ可能性もある。

 そうであるなら酷いマッチポンプだ。

 琥珀はそんな風に思いながらも、なんだかんだ再びヒマリと共に旅ができる事を嬉しく思った。

 前世に置いてきたものは多いけれど一番の気掛かりはヒマリの事だったからだ。

 それにまさかこうやって言葉を交わすようになるとは。

 それについては一先ず神に感謝した琥珀だった。


 ヒマリがこっちに来た経緯はこれで分かったが、琥珀はもうひとつ聞きたい事があった。

 獣道を掻き分け三歩先を歩くヒマリを追いかけながら続ける。


「それと、あのイノシシを倒したのって多分落下しながら殴りつけたんだよな……?頭が陥没する威力って手とか大丈夫なのか?」


 それは単純に心配事だった。

 あれほどの膂力で叩きつけたのなら反動も凄まじい事は明らかである。

 ヒマリのようなか細い体躯からすればその衝撃はひとたまりもないはずだが、当の本人は何事も無いようにケロっとしている。


「特に問題ない、というのも全てあの神から貰った特別な力のおかげだろうな」


 そう言って殴りつけた方の腕、即ち右腕をぐるぐると回してみせる。


「スキルってやつか、なるほどな、やっぱり戦闘向きの能力なのか?」

「そういう使い方もできるだけでスキルそのものはもっと用途が広い、ただし条件があってな」

「条件?」

「端的に言うと琥珀とある程度近くじゃないと使えない、このスキルは琥珀と色々なものを共有する能力だから。たとえばさっきの戦闘なら琥珀の魔力を使って自分を強化しただけ」

「俺の魔力を……?」

「私の魔力を琥珀が使うこともできるぞ、基本的に獣人の魔力は質があまり良くないらしいけど」


 へぇ、と相槌を返しながら、そういえば神様が魔力の質がどうのっていう話をしていたな、と思い出す。

 琥珀は詳しい話を聞いた訳ではなかったが、魔力の質が良いほど身体強化の効果が向上するならヒマリは自分の魔力を使うより琥珀の魔力を使った方高いポテンシャルを発揮できるという理屈である。


「そういえば質の良し悪しとかの違いがよく分からないんだけど、ヒマリは何か知ってたりするか?」

「私も詳しい話は聞いてない、急かされてたから。ただ感覚的な違いを言葉にするなら……なんだろう、琥珀の魔力は……透明って感じがする。あくまでイメージだけど」

「透明……。うーん、いまいちよく分からんな」


 琥珀は唸る、自分もヒマリの魔力を使ってみれば分かるだろうかと考えたが、そもそもまだ魔法をうまくコントロールできない事を思い出す。

 万が一こんな森の中で暴走させて火事でも起こしたなら取り返しがつかないだろう。


「ところで琥珀は気付いてるか?この森……どこかおかしいぞ……」

「えっ?」


 鋭さを帯びたヒマリの声が静かな森に響く。

 琥珀は思わず足を止め周囲を警戒するように見渡す。


 一見は何の変哲もない森である。

 だが時間が過ぎるごとに琥珀は異様な違和感を覚え始める。

 風に揺れる木々の音だけがこだまし、特に他の音は琥珀の耳には聞こえなかった。


 十秒かけて琥珀はようやく気付く。


「動物が見当たらないな……それどころか虫も居ない……」


 この森に入って数分、一度もそれらに遭遇していないのは明らかに異常だった。

 鳥の鳴き声も小動物が茂みを揺らす音も虫の羽音も無い。

 普通そんなことはありえないはずである。


「そういう事、やけに不気味だが、ひとつ朗報がある。微かにだけど向こうから水音が聞こえた」


 ヒマリが指さすのはさらにまっすぐ進んだ先、ヒマリの聴覚を信じるならもう数分歩けば目的のものがあるかもしれない。

 進むか引くか、今琥珀は二択を迫られている。


「……一先ずゆっくり進んでみよう、もし何か変なもの見つけたらまた教えてくれるか?」

「分かった」


 ヒマリは二つ返事で承諾した。

 頼りきりになってしまっている事に軽く歯噛みしつつも前方はヒマリに任せ、琥珀は後方を警戒しつつ進行を再開する。


 それからしばらく、例のごとく何の生物とも遭遇することなく歩き続け、水音が琥珀の耳にもはっきりと聞こえるようになってきた。

 木々の隙間が明るくなり始め、漂う空気もひんやりとしたものに変わっていく。

 川がすぐ近くにある事は確定したようなものである。

 それでも二人は一抹の不安を胸に警戒を緩めることなく進む。


 森の切れ目に到着すると地面も土から砂利へと色を変える。

 ひらけた空間を彩る青、灰、茶、緑はまるで繊細な絵画のようで、そんな光景に琥珀は目を奪われていた。

 しかしすぐにヒマリの横槍が入る。


「琥珀……アレ……」


 ヒマリは川上の方を指さす。

 声をかけられた琥珀も指さす方へと視線を移した。


 その先には、川岸の砂利の上に何かが倒れていた。

 灰色の砂利と同系色で景色に溶け込んで一瞬では気付くことが難しいが、よくよく見てみれば違和感に気付ける。

 それは色々と人とは異なった特徴を持ちつつも大部分は人の形をしたものである。

 しかし俯向けで突っ伏したまま微動だにしない。


「誰か倒れてるのか!ちょっと見てくる!」

「あっ!まって琥珀!」


 人の形だと認識した瞬間に琥珀は駆け出していた。

 それがただの人ではなかったとしても、琥珀は考えるよりも先に体が動いてしまっていた。

 ヒマリは一拍遅れてそれを追いかける。


「大丈夫ですかーー!」


 走りながら琥珀は声をあげる。

 近づけば近づくほど倒れている者の輪郭がはっきりと見えてくる。

 まず目立つのは背中から生える一対の大きな翼、腰には脚と同じほどある長さの鱗に覆われたトカゲのような尻尾、砂埃を被っているのか薄汚れた銀髪と共に額のやや上あたりから伸びる二本の角。

 ゲームやマンガで見るような竜人の姿がそこにはあった。


「琥珀っ!無闇に近づいちゃ……」


 ヒマリの制止は既に遅く、琥珀は竜人に手を伸ばそうとしていた。

 その手が届く寸前、微動だにしなかった竜人が突然起き上がり琥珀の腕目掛けて飛びかかった。

読んでいただきありがとうございます、楽しんでいただけたら幸いです。

感想や評価をいただけるとたいへん励みになります、今後ともよろしくお願いいたします。

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