転生早々の危機
不知火琥珀は腕を組み空を見上げながら思考を巡らせていた。
神様が作ったゲートの転移先は人の住む都市、あるいはその付近あたりだろうと思っていた。
ところが辺りを見回しても都市らしきものは無い。
困窮しているであろう人達がこんなに豊かな土地を野放しにしているなんてことはあまり考えられない、ここが都市内という線は薄かった。
「都市の外となると厄介だな……」
琥珀は橙色の髪を右手で掻きながらぼやいた。
ここが都市の外なら例の天使族による隔壁が無いという事だ。
つまり今亜人種に襲われても文句は言えないのである。
「誰かに道を尋ねる訳にもいかないし、いきなり八方塞がりかよ」
ドサッと腰を下ろしたところへ一陣の風が吹いた。
草葉が揺れ、遠くから何かが風に乗って飛んできた。
琥珀はそれを持ち前の動体視力で素早く察知すると、顔の前を手でガードしてそれを受け止めた。
パサッと軽い感触が伝わる。
手で掴んだそれは紙だったが、琥珀の知っている真っ白の紙とは別物のようだった。
「これは……羊皮紙ってやつか?」
この世界では羊皮紙が普通なのだろう、なんなら羊皮紙も非常に高価なものなのかもしれない。
琥珀は手に取ったそれを確認する。
それにはこう書かれていた。
やあやあ僕だよ!行ってきますも無しなんて連れないじゃないか!
まあ入り口をそのままにしてた僕も1%くらいは悪かった気がしないでもない。
本当は都市近くに送ってあげる予定だったんだけど、先に行っちゃうから行き先のコントロールができなかったんだ。
君が今いる場所は都市より大きく西に離れた場所だよ。
ひとまず今後の活動のために都市まで行って人間のお偉いさんやそこにいる天使族と友好を深めることをオススメしておく。
そして君には友好の手助けになるように今思いついた『魅了』のスキルを授けておいたよ。
簡単に言うとあらゆる相手が君を好意的に捉えるようになってくれるスキルなんだ。
相手側から好きになってもらえば話し合いも楽だろうと思ってね。
でも好意的になるとは言ってもその後次第で評価がマイナスに振り切れることだってある、あまり過信はしない方がいいだろうね。
と、これで言いたかったことは全部かな。
本来神である僕が直接世界に干渉してはいけないんだけど、この手紙は僕の1%の過失分ってところかな
これ以降は君と連絡とったりとかできなくなるからよろしくたのむよ。
それじゃあ!この世界は君に任せた!頑張ってくれたまえ!
P.S.一生に一度は書いてみたい言葉『この手紙は読み終わると爆散する』
琥珀が読み終わると羊皮紙は風船のように膨れ始める。
「うわっ!」
最後の文章通りなら爆散の前兆だろう。
琥珀は距離をとるために咄嗟に飛び退いた。
普段から体を動かしていただけあって彼は判断が早く動きも機敏だった。
完全に球体状になった羊皮紙は空中を浮遊し、最後に一瞬だけ白く発光するとパァンと軽快な破裂音を響かせ跡形もなく爆散した。
わざわざこんなことをするのは神がこの世界に干渉した証拠を隠滅するためなのだろう。
予想よりも威力が低かった事に琥珀は安堵するが、それ以上にこの場所が問題だった。
「まったくあの神様は、爆散は絶対余計だろ……、とはいえ東に行けばいいってのが分かったのは僥倖だな、どれだけ進めばいいかも教えてくれればよかったんだけど」
長旅は慣れていた琥珀だが、さすがに目的地までの距離が分からないのは気が重くなる。
それに道中どんな危険が待ち受けているか分かったものでは無い。
しかしそんな憂いから暫しその場所に留まっていたのは非常に迂闊であった。
遠くの森林にある茂みからガサガサと音が聞こえてくる。
「……っ!」
先程の破裂音を聞きつけてか、茂みから顔を出したのはイノシシのような獣だった。
下顎から伸びる大きな牙をギラつかせ、まるで琥珀を値踏みするかのように睨めつける。
「まずい……」
じりじりと近づいてきているようだ。
まだ距離が離れているとはいえイノシシのスピードは常人とは比にならないほど速い。
この開けた平原では逃げ切れる可能性はほとんど無い。
逃げるのであればイノシシが出てきた森林の中に身を隠すくらいしかできないだろう。
残る選択肢はイノシシを追い払うか討伐するか、どちらも現実的ではなかった。
イノシシを刺激してかえって怒らせてしまうかもしれない。
行き詰まったように思えたが琥珀はひとつ思い出した。
「魅了スキルでなんとかなったりしないか……?」
神が言うには相手の好意を得るスキル。
追い払う事も討伐することもできないなら手懐けてしまえばいいのではないか?
しかし琥珀は気付いた。
「発動のしかたが分からねえええええ!!!」
「ブオォォォォォオオオ!!」
琥珀は頭を抱え叫んだ。
呼応するようにイノシシが雄叫びを上げると、ついに琥珀目掛けて突進をし始める。
遠目で分かりにくかったが、突進するイノシシは体高3メートルもありそうな巨体だった。
走り出せば簡単には曲がれないが、直前で左右に飛び退こうにもその巨体でカバーされてしまう。
間合いは既に50メートルまで迫っていた。
「一か八か…………」
やるしかない、と琥珀はイノシシに向けて手を伸ばす。
「魅了ッ!!!」
琥珀にはこのくらいしか思いつかなかった。
刹那、空から降ってきた何かがイノシシの脳天に直撃する。
バゴンッ、と凄まじい破壊音と共にイノシシの突進が琥珀の目の前で停止する。
それは『魅了』が成功した光景にはとてもではないが結びつかなかった。
「……無事?」
イノシシの上から声が聞こえた。
尻餅をついた琥珀は声の主を見上げる。
日の光の中に少女の影が浮かび、その双眸が金色に輝いていた。
読んでいただきありがとうございます、楽しんでいただければ幸いです。
平日はあまり更新できないと思いますがよろしくお願いします。