神からの依頼
神はゆっくりと息を吸った。
表情からにこやかな好青年の色味が薄くなり、神相応の威厳を帯びていく。
その空気に琥珀は自然と姿勢を正していた。
「君に未来を託したい世界がある、そこは簡単に言うと人類が滅亡しかけているんだ、そこで、前世では己の芯が強く弱きに手を差し伸べる、君のような特に徳のブはッ!
「台無しだよ!!」
顕現した威厳は木端微塵に粉砕された。
自分で発言したものだとダメージが薄いのか、しばらく『はっはっは!』と笑うとすぐに収まっていた。
琥珀は姿勢を崩し半眼になりながらも話の続きを待っている。
「まあ……君みたいな人を待っていたんだよ、僕にとっては一瞬だけど、その世界にとっては刻一刻と終わりが近づいていた」
「それはいいが、人類滅亡を救うって……具体的に何をすればいいんだ?」
「おや、悩みもせずに受け取るとは相当な胆力だね君は、僕としては話が早くて助かるけど」
「早いも何も神様にとっては時間なんてあって無いようなもんだろ……とにかく、俺の助けが必要ならできる限りの事はする」
「それは上々、具体的な内容はこうだ」
神は語り始める。
その世界には人間の他に様々な亜人種が存在し、それぞれの領土で平穏に過ごしていた。
しかし些細なことから人間と亜人種は大きく対立してしまうことになる。
初めは人間の子供による悪戯だったが、そこから隣り合った人間と亜人の町同士のいざこざ、次第に抗争、戦争へと発展し、今や人間は1つの都市を残して全滅してしまった。
それほどまでに人間と亜人にはシンプルな力の差があったのだ。
すんでのところで持ちこたえているのは唯一中立の存在である天使族による隔壁の力。
要するに人間はすでに敗北しているのだ。
今では争いも沈静化しているものの、人間は隔壁の外では安全が保証されない。
限られた領土では人口も資源も限られる、未来は無いに等しかった。
「そこで!君のような聖人君子に仲を取り持ってもらいたい!」
「ま、待ってくれ!亜人とか天使とかちょっと頭の処理が追いつかん!せいぜい街の復興の手伝いくらいかと……」
「まあ地球には存在しないもんね、亜人、結構珍しい世界なんだよ」
琥珀は頭の中を整理する。
「つまり、人が再び平穏に暮らせるような世界にしてくれってことか?」
「そういうことさ!」
「引き受けた手前尽力するけど……あくまで俺みたいな一般人には荷が重すぎるな……」
「まあまあ、僕も一介の一般聖人君子にこれを成すのは難しいと思ってるよ」
「一般聖人君子ってなんだよ」
神は頭を振り人差し指を立てた。
「そこで、限度はあるが僕からある程度の特典を用意しよう!」
「徳の数だけ?」
神はぴくりと反応を示すが、三度目ともなると堪えることができた。
深呼吸の後に話を続ける。
「ふぅ…。すまないけど流石に至れり尽くせりとはいかないんだ、絶対的な力を持ってしまうとただの支配になってしまう」
「まあさっきのは冗談だ」
「ひとまずは君をその世界に合わせた姿にしよう」
立てた指を垂直に下ろした。
気が付けば琥珀はスニーカーではなく革製の足首まで覆う靴に、普段着だったものは青の動きやすい長ズボン、上はぴったりとした白のインナーの上にゆるめの茶色いシャツを羽織り、太めの革ベルトが腰で服をまとめている。
ベルトには左側に短剣が括られており、右側には麻の袋。
「それが基本的なスタイルだね!ちなみに日本円に換算すると3500円くらい!」
「その情報はあんまり要らんけど……やっぱりみんな貧しい生活を強いられてるんだな……」
「お偉いさんになると高価な服装してたりもするけどね、はい鏡!」
神が指を鳴らすとどこからともなく姿見が出てきた。
やや感傷に浸っていた琥珀だったが、鏡に映った自分の姿を確認して唖然とした。
真っ先に目に付いたのは髪が橙色になっている点だった。
異世界ではカラフルな髪が普通なのだろうか。
そう思ったのも束の間、どう見ても容姿が若返っている事に気が付く。
身長も少しだけ縮んだような気がしていた。
「君の肉体の最盛期だった16歳くらいの体だよ、ちょっとおまけしておいたけど」
「…………おまけ?」
「パワーはもちろん筋肉量に比例するんだけど、魔力の質で見た目以上に向上するんだ、これで君も細ゴリマッチョさ!」
たしかに琥珀の記憶にある当時の体よりほっそりしている気がする。
「魔力って、魔法とかがある世界なのか」
「そういえば言ってなかったね、剣も魔法もアリさ!」
「ほぉ」
琥珀は内心とてもワクワクしている。
スポーツや勉学など、努力しスキルを身につけていく事が好きだった彼にとっては、魔法という未知は非常に魅了的に映った。
「とりあえず今は基礎的な部分を軽く教えよう、魔力は基本時間経過で回復する、魔法を使うには想像力と計算能力が大事だよ、具現化する時の想像力が無いと発現しないし、具現化させた時の空間の演算能力が無いとコントロールができない、センスがないと難しいかもね」
「なるほど……」
「あとは実践あるのみだね!」
琥珀は完全に理解できた訳では無いが試しに想像してみる。
目を瞑り手のひらを上に向け受け皿にする。
手の少し上で火が燃えるのを脳内に映すと目を開いた。
そこには想像していたのと違わない光景がある。
「あ゛っつ!!!」
反射的に手を引くと火は霧散した。
「わーお、もしかして前世は魔法使いだった?」
「一般聖人君子魔法使いだったかもな」
「ぶはははは
また固まった。
さすがにもう慣れてきた琥珀は火傷しかけた手のひらを擦りながら考える。
「一瞬上手くできたけど……もしかして発生する熱やら気流なんかも考えなきゃいけないのか……」
「…………ははははは!はぁ、はぁ……、まあそれは概ね正解だよ、そこまでやらないとさっきみたいに暴走しちゃうんだ」
神が帰ってきた。
「これは慣れでもあるんだけどね、魔力そのものは制御きるけど、魔力から変換したものはもう制御ができないんだ、だから予めどんな結果になるかを想定して魔力を制御する必要があるんだよね」
そういう事かと琥珀は納得する。
初めてこの神を尊敬したかもしれない。
一見なんでもありのようであるが、使う側の力量次第と言ったところだろう。
それに規模によっては相応の魔力が必要なのも明白だった。
琥珀はとりあえず理屈を理解したため、後は旅先で練習をすることにした。
「上手くできるようになるには時間がかかりそうだから、今はこの辺にしておくか」
「普通は具現化するまでも相当時間がかかるんだけどね」
「郷に入っては郷に従えってのが信条だからな」
「そんなレベルじゃないと思うんだけど……まあ良しとしよう、それじゃあ!」
神はパシッとひとつ手を叩くと横の空間が捻れ、人が1人通れそうな黒い楕円の穴となった。
「ここから先が異世界になるんだけど、最後にひとつ君にスキルと呼ばれるものを授けよう!」
「スキル?」
「超能力みたいなものさ、この世界でも時々そういった能力をもって産まれてくる人や亜人がいるんだ、無限に願いが叶う〜みたいな馬鹿みたいなものじゃなければ君の要望に沿ってスキルを作ってあげるよ!例を挙げるなら不老不死まではギリギリセーフかな!」
「不老不死も相当だと思うんだけど……」
「過去には視線だけで射殺すスキル持ちなんかもいたからね」
「こっわ……」
急激に行きたくなくなってきた。
「うーん、ありがたいけど特に必要ないかな……、たしかに身の安全は大事だけど俺は戦いに行くわけじゃない、なんなら色んな人や亜人と友好を深めに行くんだし、そこは俺なりの誠実さってやつだ」
「なるほど、とはいえそう一筋縄ではいかない世界だ、要望がないなら僕の方で君に似合いそうなスキルを考えて工面しておこうか、神から運命付られたものなら君も納得しやすいだろう」
「…………まあそういう事なら」
特に食い下がることもないだろう、と琥珀は頷く。
何も思いつかなかった訳では無いが、本当に必要なのかと考えるとどれも微妙なところだった。
逆に何かしら適当なものをくれると言われると楽しみになってきた気がした。
「いやしかしそこまでの理性を見せられると逆に引いてしまうよ、前世は仏陀か何かかな?」
「ついさっき仏さんになったばっかりだけどな」
「ぶふぁッ
前世が一般聖人君子魔法使い仏陀になってしまった。
あの神様は人の人生をかけたブラックジョークがツボなのだろうかと考える。
しばらくしても神が帰ってこないので手持ち無沙汰な琥珀は異世界への穴が気になり手を伸ばす。
指が異世界との境界に触れそうになった直前とてつもない力で穴へ引っ張りこまれ、そこで琥珀の記憶は再び途切れた……。
読んでいただきありがとうございます、楽しんでいただければ幸いです。
次回から異世界旅スタートです。