神との対峙
限りの無い静寂が琥珀を包み込んでいる。
何も感じない、暗闇に意識が溶けていく。
このまま意識を手放してしまえばとても気持ち良く眠れそうな、そんな誘惑さえあった。
しかし冷たくて暗い、永遠に続くと思っていた空間が突如眩い光に包まれていく。
暖かい光の先で静寂が幕を下ろした。
「おー!!死んでしまうとはなっさけなーーい!!!」
「は?」
そこに居たのは白い一枚布を帯で体に括りつけたような、平たく言えば古代のギリシャ人のような風貌の飄々とした青年だった。
にこやかな顔で床とは言えないような不思議な空間に座り両手で天を仰いでいた。
「いやぁ、一生に一度は言ってみたいセリフだよね!まあ僕は君らの言うところの神だし、一生も無限なんだけどね!なんならこのセリフ何回言ったかもう覚えてないや!はっはっは!」
見た目以上に言動が幼い。
まくし立てられたが、とんでもない単語が聞こえた気がする。
神?夢でも見ているのか?と琥珀は逡巡したがとりあえずまず言いたいことを言おうと思った。
「いやそれ一生に一度言いたいセリフじゃなくて俺たちが一生に一度言われるセリフになってないか?」
「ブッ……
まるで時が止まったかのように神が固まった。
「……?えっなに……」
何かまずいこと言ったか……?と琥珀の首筋に冷や汗が垂れたが、3秒と経たないうちに元通り動き始める。
「…………っはっはっはっははは!っはーー、はー……いやいや、悪い、悪いね……君が笑かすもんだから時空超えて3000年くらい笑ってきてしまったよ!はっはっは!」
琥珀は悟った、この自称神様には特段畏まった態度は必要ないだろう。
「そんな『ちょっとミュートします』みたいな感覚で時空捻じ曲げれるもんなのか……」
「はっはっは!まあ神だからね!」
3000年、逆にそんなに爆笑できるものだろうか。
根本的に神とは時間の感じ方が違うのかもしれない。
それ以前に笑いの沸点が低すぎである。
「もしかして笑いの沸点も天界の気圧準拠なのか……?」
そう呟くと神は偉そうに胸を張った姿勢のまま今度はしばらく戻ってこなかった……。
仕方がないので琥珀はその場で座って待つしか無かった。
天界というのは沸点にかけた方便だったがあながち間違ってもないかもしれない。
あるいは黄泉の国かもしれないが、琥珀としてはあまり黄泉と神が結びつかなかった。
そもそも今ここで神と対面してる以上、彼と対話する必要があっての事だろう。
琥珀が色々と考えているうちにピタリと静止していた神が動き始めた。
「……ふぅ、いやはや、僕を笑い殺す気かな?死なないけど!でもさっき修行してきたから次はこうはいかないからね!はっはっは!」
「修行……、ところで……」
一人で笑いの修行なんて何をするんだ?と聞きたかったが、琥珀はひとまず茶々を入れるのをやめにした。
先程の時間で考えていた、おそらく本題となるであろう話を切り出すことにする。
琥珀はおそらく土砂崩れの事故で既に死んでいる、目の前に自称神、状況的に答えは絞られる。
「俺はこれから天国に連れていかれるのか?自分で言うのもなんだが地獄に行くような人生は送ってなかったと思うし」
琥珀の人生は非常に健全だったと言えるだろう。
犯罪経験などもちろん無いし困ってる人は積極的に助けた、自堕落な生活を送っていた訳でもない。
「いいや、実はそのどちらでもないんだ」
「ってことはもしかして……」
御明答と言わんばかりに神は鼻をふんと鳴らした。
「俺が神に?」
「ぶっ飛んだねぇ…………やっぱり地獄にしようか!」
「急転直下すぎるだろ!冗談だよ冗談!」
「はっはっは!僕のも冗談だよ!」
「冗談のレベルが笑えないんだが……」
本当に神ならその程度容易いだろう。
琥珀としてもこんな会話で地獄行きは勘弁被る。
「君にはもう一度生を受けてもらう、いわゆる転生というやつだね!」
「やっぱり俺は本当に死んだのか……」
「そうなるね」
その結論に至り琥珀は愛猫のヒマリのことを思い出した。
「ヒマリっ!ヒマリは無事だったか!?」
「君の飼ってる猫ちゃんの事だね、あの子はまぁ無事だったみたいだけど……」
それはやや含みを持たせた言い方だった。
「けど……?」
「ヒマリちゃん……、例の事故現場にずっと留まってるんだよね……」
もしかしたら、俺を待ってるのかもしれない。
そう考えてしまった琥珀はどうしようもない悲しみと後悔に襲われていた。
違う休憩場所にしていれば、車の外に出ていなければ、もう少し早く標識に気付いていれば。
しかしそれらは全て偶然で、だからこそ自分を責めるしかなかった。
「ヒマリちゃんについては僕が後で気にかけておこう、幸いな事に彼女は非常に頭の良い子みたいだし、直接話してみるよ」
「……あぁ、そうしてくれると助かる、自由に生きてくれと言っておいてくれ」
もうどうしようもない、踏ん切りをつけるしかないだろう。
そう思うと琥珀は切り替えが早かった。
「すまない、話を戻そう、転生なんて本当にあるんだな」
「全ての人が転生できるわけではないけどね、君のような徳の高い人を探してたんだ、現代では滅多にいないからね」
「特段信心深かったわけではないけど……俺くらいの徳でいいなんて随分とお得だな」
ひどいダジャレだったが神がまた固まっていた。
約1秒程だった。
「……はっはっは!」
「その、固まるのどうにかならないのか……?」
「おやおや、僕と同じ時間を過ごしてみたいのかい?」
「それは断固拒否する」
「時間を圧縮したり平行世界を行き来はできても時間遡行っていうのは僕でも不可能なんだよね……詳しい理由は長くなるし省くけど、そればっかりは仕方がないんだ」
ていうか修行(?)してきたんじゃないのか……?正直ウケたのかスベったのか判断が難しい。
琥珀は話の路線を戻す。
「ところで、転生って言ってもただ転生するだけじゃなく、何か用事があって俺はここに呼び出されたんじゃないのか?」
「そういうことさ!鋭いじゃないか!」
琥珀が神のいない空白の時間に考えられたのはここまでだった。
ただの生まれ変わりであれば本人の意思など関係ないだろう、話し合いの場を設ける必要は無い。
物好きそうなこの神なのでそうとは言いきれないが。
何にしろ琥珀には何のために呼び出されたかまでは答えが出ない、文字通り神のみぞ知るである。
読んでいただきありがとうございます、楽しんでいただけたら幸いです。
暫くは頻繁に投稿できると思うのでよろしくお願い致します。