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ジャンクション33  作者: 雨川水海
三重の絆
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三重の絆9

 居酒屋の奥座敷から、聞いているだけで殴りこみたくなる声が聞こえる。

 三人は小さな個室を取って、標的がいる場所を確認した。


「さて、問題はどうやって録音機を仕込むかだな。近くの個室に変えて貰うか?」

「そこまで近いとやばいよ。何かの拍子に気づかれるかもだし」

「しかし従業員に化けてっていうのもな。俺達は皆顔知られてるし」

「そんなスパイ映画みたいなこと」


 キャルは、にんまりと笑みを浮かべて、任せなさい、と胸を叩いた。


「あ、店員さん。ちょっとちょっと、仕事中にごめんなさいだけど、奥の座敷の人達、ちょっと訳ありなの」


 アルバイトに過ぎないであろう店員さんは、何の事やら理解できない営業スマイルで首を傾げる。


「ぼく達、武装隊訓練校の人間なんだ。あー、リーダー、身分証、出して出して。協力して貰わなくちゃ行けないんだから、代表挨拶」

「あ、ああ、フィッシャー・ブルードロップです」


 目つきが悪いと、いつもからかわれるフィッシャーは、可能な限り友好的な表情を試みて、財布から身分証を取り出す。

 キャルとギンカの部屋に戻る余裕はなかったので、この中で財布その他を持っているのはフィッシャーだけだ。


 職業柄、強面にも耐性がついているのだろう。

 店員は、はあ、と営業スマイルのまま身分証とフィッシャーの顔を見比べる。


「でね、奥の集団、あれも訓練校の連中なの。これが素行が悪いって評判の問題児集団でね。夜毎、街に繰り出しては世間様にご迷惑をかけてるっていう噂が」


 店員は、職務に忠実に、迷惑をかける集団として奥座敷の団体客に眉根を寄せる。


「今もお酒とか飲んじゃったりしてない? 大分テンション高くなっちゃってるけど……飲んじゃいけない年齢の奴等ばっかりのはずなんだよ?」


 店員の顔色が、お客に対する態度から、お店の邪魔への態度になった。

 そこで、キャルは両手を合わせて拝みこむ。


「で、お願い! この録音機を、奥座敷に仕込めないかな? 訓練校の教官に、連中の問題行動の記録を頼まれててさ。飲酒してるなら、レシートのコピーとかも欲しいなーって。迷惑料も込みで、えーと……リーダー、お財布貸して」

「あ、ああ」


 小さく、返ってくるのか、と尋ねながら、フィッシャーは財布を手渡す。

 キャルはお札を二枚ほど抜き取って、録音機と一緒に店員に握らせた。


「お願い! 周辺地域の安全と、訓練校の風紀改善のため、どうか捜査にご協力を!」


 店員は、お札をポケットに仕舞いこんでから、お役に立てるのならば、と録音機を手に厨房へと入っていく。

 しばらく後、小さな花瓶を手に、店員は奥座席に消えて行き、何も持たずに戻ってくる。

 見守っていたフィッシャー達の個室にお通しを持ち込むと、営業トークの間に、成功を教えてくれた。

 ごゆっくりどうぞ、と店員が下がった後、フィッシャーは財布の中身を確認して、眉を潜める。


「成功したのは見事だけど、いや本当にすげえけど……あの金、俺は貸したのか? 返ってくるのか?」

「経費で落としたってことで」

「どっから出るんだよ、経費。あー、くそ。待ってる間、あんまり頼めないぞ」

「ぼく、お腹ぺこぺこー。ギンカ、何食べたい? やっぱりお米?」


 フィッシャーの嘆きをすっぱり流して、キャルはメニューを開く。

 ギンカも空腹らしく、こくこくと頷いてキャルに身を寄せた。


「話聞けよ」

「へーきへーき。いざとなったらカードあるでしょ、カード」

「そういう問題じゃねえだろ」


 嫌そうにしながらも、空腹なのはフィッシャーも同じだ。あまり強くは言えず、上限は口にしない。

 三人がそれぞれ飲み物と食べ物を注文すると、今日一日の疲れからか、会話が止まった。

 フィッシャーは、ぼんやりとドリンクメニューを眺めて、もったいないな、と思う。


「なあ、キャルとギンカって、飲めるのか?」

「ほえ? あー、うーん、ま、なんていうか……こういう育ちですから?」


 あははーとキャルは誤魔化すように笑う。

 ギンカの方は、臆面なく頷く。


「私の民族は、お酒に関しては個人の自由です。十歳を過ぎればさして禁止されることもありませんでした」

「いいな、それ」

「うらやましいなぁ、それー」


 図らずも、声を重ねてキャルとフィッシャーが見つめあった。


「あ、いやなんだ、ともあれ全員いける口なら話が早いな」

「じゃあさ、じゃあさ」


 キャルが、嬉しそうにドリンクメニューを覗き込むが、それをチョップで撃退する。


「馬鹿、さっきお前が言った事を忘れてんのか? ここでは飲めないだろ」

「う、フィッシャーがそういうフリするからぁ」

「お前の勘違いだ」


 溜息をつくと、ギンカも残念そうに見つめてくる。


「食いしん坊はともかく、ギンカもそんな顔するなんて意外だな」

「二人とお酒を飲むのは、楽しそうですから」

「それは、俺もそう思う」


 心から同意して、フィッシャーは提案する。


「そこでだ。俺の馴染みの店が、その辺を融通きかしてくれるんだ。これが片付いたら、どうだ?」

「はい、是非。とても楽しみです」


 ギンカが、目元と口元をゆるめて、柔らかい表情になる。

 初めてみる大きさの感情表現に、フィッシャーが戸惑い、見惚れていると、キャルが恨めしそうな声をだす。


「やったー、フィッシャーの奢りだー、食いしん坊嬉しいなー」

「奢らねえよ!?」


 食いしん坊を根に持ったキャルは、一切聞く耳を持たなかった。



****



 翌朝、教官達と訓練生の一部は、夜通し反省房の脱走者を捜索していた。一部の中には、夜の祝杯に足元をふらつかせて帰った面々も加わっている。

 通常の起床時間が近づき、捜索はいったん打ち切りと相談がなされていた時、スピーカーから起床ラッパとはまるで違う音が流れ出した。


 がやがやとした環境音、ガラスや木のこすれる音は、飲食店のものらしい。

 捜索隊の何名かは、聞こえてくる音に聞き覚えがある気がして、いぶかしんだ。


『…今日の一件は教官が…』『…33番…』『…グルになって…』『…この金も…』


 飛び飛びで流れ出した音声に、捜索隊の中で後ろ暗いものがある連中は、心臓に氷を流し込まれたように青ざめた。

 会話が脈絡なく途切れ、繋がれているので、何も知らない者にはわからないが、想像力があって事情がわかるものなら推測はできる。

 それに何より、明らかに飛び飛びで音が流れるよう、加工されたデータが放送されている。

 つまり、元のデータは飛んでいない。


 青い顔の数人が、教官を先頭に、放送室にすっ飛んでいく。

 意外にも、ドアに鍵はかかっていない。

 勢い込んでドアノブを握った教官は、転びそうになりながら、無人の放送室を確認させられる。

 放送機器の上の、データ入りのメモリと、手書きのメモだけが、わかりきった犯人足跡だ。メモリの中身がなんであるか、問うまでもない。

 メモにはこう書かれてある。


『メモリの中身は、大変興味深い内容なので、じっくり聞いてみることをお勧めする。なお、マスターデータは別な所にあり、下手なことをすると街のあちこちで、訓練校と同じような愉快な放送が流れるので、ざまあみやがって下さい。33』


 教官がメモを読み終わったところで、起床ラッパが鳴り響く。

 33番チームは、その放送を、今日の最初の授業がある教室で聞いた。

 その事を咎める教官は、誰もいない。



****



 それから、一週間が経った。


 嫌がらせがなくなったわけではない。教官達にはより一層嫌われて、目の敵にされている。

 そんな中でも、三人はチーム一丸となり、今週も着実に成績をあげることが出来た。

 33番チームの敵は、もはや訓練校にいない。


 それでも、先週の事件は心にしこりを作った。

 それを浄化するため、フィッシャーは約束どおり、馴染みの店に夜の予約を入れてこの日を迎えた。


「ここは何を頼んでも外れがないから、酒も食い物も好きにやってくれ。ただ奢りはしないぞ!」

「えー、フィッシャーのケチー!」

「必要経費を払ったのはどこのどいつだと思ってる!」


 その話題については、キャルは口笛を吹いて誤魔化すと決めているらしい。小憎たらしい表情のキャルに、フィッシャーは拳骨を握ってみせる。

 その様子を、ギンカが口元を手で押さえて眺めている。


 あの事件から、ギンカは良く笑うようになった。

 33番チームの中でだけ、と付け足す言葉が必要だが、ギンカ自身はそれだけで十分だった。

 誰も人を信じられなくなっていた頃より、ずっと楽しい心のうちがそう告げている。どうか、もっともっと楽しくなりますように――ギンカはそう願う。


「あの、フィッシャー、キャル。二人に渡したいものがあります」

「ん? なんだ、改まって」

「ひょっとしてプレゼントとか?」


 キャルの冗談に、はい、とギンカは微笑む。


「こういうのは初めて作るのですが、母が裁縫を仕込んでくれたので」


 袋の中から、三枚のワッペンが取り出される。

 一つ一つ手縫いだが、デザインは共通、33の数字の上を跳ねる、勢いの良い魚のシンボルマーク。


「おお、チームワッペンか、これ!」

「すげー! これひょっとしてギンカの手作りなの? なんか前から机の上に裁縫道具があるって思ってたら!」

「母なら、もっと上手にできたのですが」


 顔を輝かせて喜ぶ二人に、ギンカははにかんで頷く。


「十分上手だろう、これ。良いのか、貰っても?」

「はい、二人に使って欲しいです」

「使う使う! これ制服につけようよー、チームでお揃い!」


 反対意見があるはずもない。他のどのチームもやっていない、オリジナルチームワッペンのプレゼントに、キャルは早くもつける場所を悩み始める。

 フィッシャーは、シンボルが魚であることに、ちょっと恥ずかしそうだった。


「あの、フィッシャー、シンボルがダメでしたか?」

「とんでもない。俺の好みに合わせてくれたのか?」

「はい、気に入って欲しくて」

「ありがとう、大事にするよ」


 気恥ずかしそうに礼を言う姿は、言葉通りの誠実さを約束している。

 ギンカは、想いが通じて、幸福感に包まれた。


「私は、このチームで、本当に良かった」


 もう二度と、そんな温かい気持ちになれないのではないかと諦めていた少女は、目元を拭って伝える。


「聞いて欲しいことが、あります。私が、どうしてこの場所にいるか」


 フィッシャーとキャルは、来るべき時が来たと、優しい表情で頷いた。


「私は、一角の反乱を起こした、剣角民族の出です。私自身が武器を取って戦いはしませんでしたが、その乱の時に一族を代表していたのが、山上金綾、私の父です」


 だからこそ、ぶつけられる石も多かった。守ってくれる人は、少なかった。


「父は、戦いが始まる事をずっと避けようとしていました。それでも、一部が暴走をして、あの乱が始まってしまうと、責任者として、戦いの先頭に立ち……。知っての通り、私達の反乱は、三年で鎮圧されました。私達からすれば、失敗です。父は、勝ち目のない戦いに一族を引きずり込んだ裏切り者として、死んだ後に罵声を浴びるようになりました」


 ひどいものだった。ギンカは瞼を伏せる。

 毎日のように荒らされた父の墓は、ギンカが去った今、もう残ってはいないだろう。あるいは交渉で接していた保安局員がいればと思うが、もうあの現場から去っているはずだ。


「父に向けられた憎しみは、少なからず私にも降りかかるようになり、石をぶつけられるようになると、父と交渉にあたっていた保安局員の方が、私を保護して下さいました。ただ、交渉担当だった者の家に、交渉相手の娘が保護されるというのは、何か密談めいたものが感じられますよね。世間の目が剣角民族に対して最悪でしたから、あまりご厄介にもなれず……養育施設へ」


 瞼を開けば、フィッシャーはどういう顔をして良いかわからず、迷った表情で、しかし目をそらしていない。

 何もできなくとも、仲間として、受け止めてくれる。


「父は、最期に、人を恨むなと私に言いました。人を恨めば、ねじれて育つから、人を恨まず、真っ直ぐに育てと。私はそれを守りたかった……でも、苦しいものでした。肉親も同然と思っていた一族から、裏切り者の娘と罵倒され、石で追い掛け回されて、裏切られた気持ちなのは、こっちの方だって何度も思いました」


 ぶつけられる石は、少女の心を捻じ曲げるのに十分な威力だった。


「一族の暴力から、保安局員に助けられた。それも複雑でした。保安局の人間は、私にとって父の仇であり、多くの一族を殺した敵であり、恐ろしさと憎しみの対象でした。それでも、交渉担当の方は、本当に優しくて、ご家族にも良くして貰って……一族の者より、よほど温かくして貰って……信じたいけれど、やっぱり、恐くて」


 いつからか、全てを瞼の裏に封じるようになった。

 そこには、父の姿が焼きついていて、どんな感情も、父の姿と一緒なら、そこに置いておくことができた。

 そうやって、ゆっくりとねじれは大きくなっていく。


「でも、ここに来て、フィッシャーとキャルに出会えた。二人は、こんな私を、いつもそのまま受け入れてくれた。剣角の娘とわかっても、教官に目をつけられていると知っても、私が何も言わなくても、私を受け入れてくれた。だから、私は二人なら怖くない」


 ヤマガミ・ギンカは、真っ直ぐな気持ちで、二人に一礼する。


「山上・銀華は、剣角一族、山上・金綾の娘です。こんな私ですが、どうか、これからもよろしくお願いします」

「光栄だ、ギンカ。こちらこそよろしく頼む」

「ぼくの方からお願いしたいことだよ。大事な仲間なんだから」


 三人の仲間は、決して壊れることのない絆に、祝杯を掲げた。

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