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ジャンクション33  作者: 雨川水海
一つの道先

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一つの道先14

 大きな振動に襲われて、フィッシャーは目を開いた。


 護衛車両の後部座席から確認できる光景は、ピリンザ準自治区の市街部に入ったものらしい。寝ぼけ眼をこすりながら、昨夜、脳内に叩き込んだ地図と照合して、そう判断した。


「寝てたか」


 新人の呟きに、運転席からほがらかとは言い難い笑いが返る。


「優しい目覚ましだっただろ」


 運転手の声に悪意を感じてフィッシャーが路面を見ると、あちこちに大きな穴が空いている。

 どうやら、わざと穴にはまって車を揺らしたらしい。


「あんまり新人をいじめないでください」

「お前みたいなふてぶてしい新人がいるかっ」


 これには、助手席の小隊長も同意の笑いをもらす。


「たしかに。寝ても良いとは言ったが、本当に寝られるとはなぁ」


 出発前、さんざん気をつけた方が良い、と言っておいて寝息を立てたのだから、小隊長は苦笑するしかなかっただろう。

 フィッシャーも少し気まずい。


「ま、それだけ先輩を信頼しているってことですよ」


 これは本音だった。

 徹夜で体調が厳しかったために休息の許可をもらっていたが、これが訓練生時代だったらフィッシャーは眠ることはなかったはずだ。

 やはり、かつての仲間と別れ、リーダーの重荷をおろした余裕があるようだ。

 自分がカバーしなければ、ではなく、誰かがカバーしてくれるはず、というのは、ずいぶんと気が楽だ。


 これが気の緩みでなければ良いが、とフィッシャーは顔を撫でる。


「そういえば、配達先のフリークロス、でしたっけ?」


 運転手の問いに、小隊長は気さくに頷く。


「ああ、そうだ。紛争地なんかで医療行為に従事する、医師団だな」

「気合の入ったお医者様達ですけど、敵の人間も面倒見てるって本当ですかね」


 フィッシャーは初耳だったが、小隊長の連絡網にはかかっていたようで、そうらしい、と答えが出る。


「ピリンザの民間人が、倒れている兵士を見つけて運びこむようだ」

「なんだって敵の面倒まで見てるんだか。警護の武装隊もいるんでしょ?」


 不満そうに唇を尖らせる運転手に、小隊長は立場上、たしなめる様子を見せた。


「武装隊の規則には、敵であれ、傷ついて抵抗できないのであれば、これを保護することとある」

「助けた奴に後ろから刺されたら間抜けも良いとこですよ」


 運転手の台詞は、思わず頷いてしまう説得力を持っていたので、小隊長も改めてたしなめることはなかった。

 その代わり、後部座席から、軽い笑いの波長で意見が出る。


「武装隊員がそうなったら間抜けだけど、医者がそうなっても間抜けとは言えないでしょう」

「そうか? 武装隊だろうが医者だろうが、助けた後に殺されたらなぁ」


 フィッシャーは、きっぱりと先輩の言葉を否定した。


「いいや、武装隊は敵と戦うのが仕事だから、敵に刺されたら間抜けです。でも、医者は患者を助けるのが仕事ですから。医者を刺せるほど患者を元気にしたら、そいつは仕事を果たしたってことです」

「それで医者が死んでどうすんだよ」

「医者は敵と戦うのが仕事じゃありませんからね。それは誰かが守ってやらないといけません」


 小隊長が、舌戦の勝者を讃えて笑った。


「つまり俺達が守らないといけないな」

「そういうことです。まあ、ずいぶんとこっちが不利な条件ですがね」


 得意げな新人の声に、運転手は負け惜しみにしか聞こえない悪態をつく。


「なんでえ、ずいぶんと医者の肩を持つじゃないか。さては女医マニアか女看護師マニアか」

「違います」


 即答しながら、一瞬、フィッシャーはかつての仲間二人によからぬ想像を重ねてしまう。

 狼狽を誤魔化すためにした咳払いは、いささかわざとらしかった。


「中等部の時の友達が、医大生なんですよ」


 小隊長が、道理で、と感心した相槌を打つ。


「ここに配属する前、会おうと思ったんですが、すれ違いだったみたいで」


 今は、なにを頑張っているのやら――平凡だった自分に武装隊入りを決意させた少女の記憶に、フィッシャーは優しいとしか表現できない微笑みを浮かべた。


 フリークロスの拠点の前に到着すると、護衛の武装隊員が手を振って出迎えてくれる。

 チャールズが所属の確認をして、問題ないことを確かめると、フィッシャーに声をかけた。


「車内でじっくり休んだな。お前は医者と仲良くなれそうだから、向こうの担当と荷物の確認をしてくれ」

「了解」


 荷物リストを受け取って、フィッシャーは臨時病院のロビーへと入っていく。

 当然というべきか、窓口に常駐の受付がいるわけではなく、フィッシャーは仕方なく、廊下に響く程度の声をあげた。


「輸送隊ですが、荷物の引き渡しの確認をお願いします」


 せわしく廊下を往復するフリークロスのメンバー達のうち、白衣の女性が跳ね馬のように力強い足を止めた。


「ほう、ずいぶんと若いのが来たね」

「どうも。確認はどちらですれば?」

「ああ、ちょっとそこで待ってな、じきに担当者が降りてくるよ」

「了解。忙しいところ、ありがとうございます」


 足を止めて教えてくれたことに礼を言うと、女性は好意的な吐息を漏らす。


「担当は新人の可愛い子ちゃんだ。いじめないでやってくれよ」

「あー、了解。気をつけます」


 今の言い方で、その新人がいじられているんだろうなと、フィッシャーは直感して、同情を抱いた。

 それだけで仲良くやれそうだなと思いながら、フィッシャーは壁に背を預けて待つことにした。


****


 ハーヴィングは、休憩室で午前の診察を終えた体を休めていた。

 室内にはほかにも、空いているベッドに寝そべって休んでいる者や、雑誌を眺めている者がいて、その間を小柄な少年が駆け回っている。

 医師や看護師に、コーヒーを飲むか聞いて回った少年・ニオは、最後にハーヴィングのところへやって来る。


「ハーヴィは、コーヒー、飲む?」

「うん、お願いします、ニオ君」


 笑ってハーヴィングが応えると、ニオははにかんだ笑顔で頷く。

 まだ足は少し引きずる形だが、心身ともに元気になった。今は、こうした雑事を手伝うようになり、武装隊員の監視の目も、角が取れたようだった。


 ニオが小さい体でテーブルにコップを並べる様子を、心配半分、楽しさ半分で眺めていたハーヴィングに、ドアの外から武装隊員が声をかける。


「輸送隊が到着した。そっちの荷物の確認係、今日は誰が行く?」

「あ、私です」


 ハーヴィングが慌てて立ち上がり、手元に置いていた受領リストを掴む。

 今日の担当は、クダゾとヒマリが二人がかりでハーヴィングを推したのだ。新人に経験を積ませると言われれば文句がないのだが、二人の推薦理由は、新しい輸送隊に若くて可愛い娘をぶつけて印象を良くしよう、だったので、真面目な彼女もいささか意欲に欠けるところがある。


「ニオ君、ごめんなさい。コーヒーはもうちょっと後で頂きます」


 まだコーヒーの入っていない自分のグラスにそう断って、ハーヴィングはロビーへと小走りに降りていく。


 相手はすぐにわかるつもりだった。

 輸送の武装隊員は居場所もやることもないロビーで、たいてい休めの姿勢で、背筋を伸ばして待ちぼうけているのだ。

 おおむね、視線は周囲を警戒するように見回しているのがお約束だ。


 ところが、その日は違った。

 すぐには見つけられなかった相手を、ハーヴィングは壁際に見出した。

 壁にもたれて、天井を見上げて何事かを考えている。

 その考えこむ仕草が、良く知っている誰かに似ていて、いや誰かそのもので、ハーヴィングは一瞬にして思考が停止して、病院中に響くような大声をあげた。

 思考が再開したのは、自分が、エで表現する驚きを、息が続く限り吐き出した後だ。


 壁にもたれていたその人が、砂漠のど真ん中で生きた魚に出くわしたような、驚愕の表情を浮かべて硬直している。

 たぶん、ハーヴィング自身も同じ顔をしている。


 突然の叫び声に、病院中の誰も彼もが、なんだなんだと視線を注ぐ中、二人は身動きもできずに見つめ合う。

 やがて、武装隊の制服を着た方が、相手の身元を問い合わせる言葉を発した。


「そんな大きな声、合格した時も出したか?」


 白衣を着た方が、それを肯定する言葉で応えた。


「あ、え……そ、その節は、大変お世話になりまして……」


 会話は微妙にかみ合わなかったが、二人とも、ゆっくりとお互いに頷く。


「やっぱりハーヴィ!?」

「やっぱりフィッシャー君!?」


 二年半ぶりの再会は、周囲の多大な関心を引きながら行われることとなった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] この後盛大に弄られそう(両方から)
[一言] この後盛大にいじられた(両方)んですねわかります。
[良い点] これは仲良くなれそう(笑) [気になる点] これは仲良くなれそう(意味深) [一言] これからもフィッシャーの周りは賑やかというか華やかそうなので、末永くもげてほしいと思う。
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