三重の絆6
休日を図書館から始めるのが、フィッシャー訓練生のリズムだった。
何分、チームの仲間が、国語能力不足で授業について来られないという不利を抱えている。
授業は自分一人で理解していなければいけないし、質問があれば仲間に教えなければならない。
まあ自分が頑張るしかあるまいよと始めた休日図書館通いだが、そのおかげで色々な知識が溜まっていく。
かじりつくように熟読する、古めかしいハードカバーの本もその一つだ。
武装隊向きの魔術ではないため、わざわざ訓練生に教えることも珍しいのだろう。幻術系の教本は今では読みにくい文字で書かれている。
いまひとつ分かりにくい表現に、フィッシャーは頭を掻いて唸る。
その頭を、後ろから小さな手が小突いた。
「ったぁ! な、なんだぁ?」
振り返ると、キャルが満面の笑みで、ギンカがキャルを止めかけ、しかし止められなかった姿勢で、立っている。
「や、おっはよう、リーダー!」
「ああ、だろうな。こんなとんでもないことするのはお前くらいだからな」
キャルに睨みをきかせてから、フィッシャーはギンカにも手を上げる。
「ヤマガミも」
「はい、おはようございます」
「で、何の用だ? 二人とも図書館とは珍しい」
勉強嫌いを皮肉って言うと、ギンカは気まずそうに眼を泳がせる。キャルも耳が痛そうだ。
「そんな言い方はひどいんじゃないかなぁ……。リーダーだって、イメージに合ってないのに」
「イメージに合ってなくても、俺は毎週こうしてるっつーの。ひょっとして喧嘩を売りに来たのか」
「あ、怒らないでよー。がり勉のリーダーに、可愛い女の子二人で眼の保養だよ」
ギンカと腕を絡ませ、キャルはファッション誌で見たようなポーズを決める。
キャルの服は相変わらずパーカーとジーンズでお洒落とは言えないが、悔しいことにフィッシャーには十分眼の保養になる。
そう思ったところで、フィッシャーはそれを素直に言えるような性格ではない。
「勉強の邪魔なら帰れ」
精一杯渋い表情をして手で追い払う仕草をすると、キャルはわかっている風に笑った。
「まあまあ、邪険にしないで、冗談だってば」
「そうじゃなかったら怒るぞ」
早く言え、と顎をしゃくると、お喋り好きのキャルに変わって、ギンカが呟いた。
「自主練習、私達も、一緒にと思って」
「ほんとか?」
フィッシャーの表情が緩む。
そうできたら良いなと考えていたが、言い出せずにいたものだ。
「私はどうせ、部屋にいるだけですから」
「ぼくも、一人で街に行くのもいい加減飽きちゃったからね」
二人の休日の過ごし方に、そうか、とフィッシャーは頷く。
「なら丁度良い。色々やりたいことがあったんだよ。個人技のバリエーションを増やしたいなと思ってな。キャルの魔術適性、前見た時、幻術が結構高かったよな」
「そうだっけ? うーん、あんまり覚えてない」
「自分の適性値だろう」
「だって、幻術習わないんだもん。自分がどうだったかなんて覚えてらんないよ」
馬鹿にした風にため息をついたフィッシャーに、キャルも頬を膨らませる。
「あー、一年間だけじゃ、集団行動と基本戦闘技術を教えるのが精一杯だからな」
「でしょ? ぼくは悪くないよ」
「そう胸を張れることでもないだろ」
一応釘を刺しておいて、フィッシャーは持っていた本をぱらぱらとめくる。
「これ、幻術の教本なんだが、簡単そうなのを試してみないか? 授業じゃ教わらないから、もし使えるようになったらチーム戦で有利になるんじゃねえかな」
「えー、ぼくに使えるかなぁ」
本の分厚さに、キャルはギンカの隣まで下がってしまう。
フィッシャーはやる気を疑いながら、手招きして説明する。
「誰もお前に本を読ませようなんて思ってねえよ。俺が教えてやる」
「えー! フィッシャーさん、幻術覚えたの!?」
「いや、俺もこれから練習するところだが……字が読めないお前よりはマシだろ」
「うわひど! 最初嬉しかったのに納得できない!」
「はいはい、悔しかったら勉強してみろ」
解決、とフィッシャーは手を軽く叩いてキャルの文句を締めてしまう。
やり取りの間、黙っていたギンカは、所在なさげに手をあげた。
「あの、私も……?」
「あー、ヤマガミに使えるような幻術はちょっと……」
仲間外れにすることを、フィッシャーは両手を合わせて詫びる。
何せ、近接以外の魔術適性がない少女だ。簡単な幻術といえど習得できるとは思えない。
「ヤマガミは今のまま、近接一本で良いと思うんだ。もちろん、防御魔術や強化魔術をより磨く手助けはするよ。そういう教本も結構読んだし」
「リーダーがそう言うのでしたら……いえ、私も近接以外はできる気がしないのですが」
それでも、目元がかすかに残念さを表している。せっかく一緒に自主練習をするのなら、同じ内容をしたかったらしい。
「あー、まあ、幻術だけやるわけでもないからさ。ヤマガミには幻術を使った時の敵の動き、まあ、仮想敵役をやって欲しいし……どっちかっていうと、ヤマガミには俺が教えて貰いたいんだが」
「教える、のですか?」
「近接戦闘。ヤマガミの場合は剣術だよな。今は訓練杖を使ってるけど」
ギンカは、眼を大きくして、頷く。
「はい、確かに私は剣術型ですが……その、フィッシャーさんに、教えるのですか?」
「色々チームの動きを考えたんだが、三人だけの状態で、俺がずっと後ろから援護ってのは難しい。近接戦闘も覚えれば、一時だけでも二人と並んで戦えるんじゃないかと思ってな。ほら、せっかく適性がこんな状態だし、試してみる価値はあるって思うんだが」
「ですが……」
後方支援と射撃の二役をこなすのも大変だろうに、さらに近接と三役を交えては、負担が著しく増える。
それだけならば良いが、まだ基本を学んでいる最中の訓練生が、あまりに手広く技術を覚えると変な癖がつくかもしれない。
万能選手と言えば聞こえは良いが、どこをとっても他人に劣るようでは使い道がない。そうなっては取り返しがつかない。
言いよどむギンカに、フィッシャーは誤解した。
「ひょっとして教えにくいか? あー、それは考えてなかった……いや、近接戦闘のコツだけでも良いんだ。無理にヤマガミの剣術を教えてもらおうとは思わないから」
「おお、ギンカさんの剣って、ひょっとして秘伝とか門外不出とか、そういう感じの? かっこいい~!」
「あの強さだからな。習得するためには試練とかあるのかもしれねえ。軽い提案して悪かったよ。俺も命が惜しい」
「試練! 修行だ修行だ! あれかな、滝が止まって見えるまで見続けるとか」
「止まって見えるわけねえだろ、それ。なんの魔法の話だよ。針山の上を素足で歩くとかじゃねえの?」
「なにそれすげー!」
限りなく盛り上がっていく話を、ギンカは片手を伸ばしたまま制止のきっかけを掴めない。
小さな声だけが、教えられます、大丈夫です、針山の上なんか歩けません、と訴え続けていた。
****
休日の度、三人の間ではちょっとした議論が起こるようになった。
とにかく練習という訴えと、休むのも大事な練習という訴えの衝突だ。
前者はとにかく見返してやりたいフィッシャーの持論、後者は自分に甘いキャルの持論である。
ギンカはといえば、二人の様子を楽しげに見つめるだけで、議論に参加しない。
密かに、そんなギンカがどちらを支持しているか、フィッシャー・キャルの間でもう一つの議論になっていたりする。
休みを一日練習に使っても不平不満が見えないので、練習がしたいんだろう、とフィッシャー側の主張が、今日までは優勢だった。
なにせ、彼女の角は悪意ある視線を集める。
だが、初めてのチーム戦勝利を記念して、お祝いということで街に繰り出してみると、どうやらそういうことでもないらしい。
「どこに行くかは、お二人にお任せします」
駅につくなりそう言って、二人のやや後方に控えるギンカは、消極的ではあるが楽しげだ。
角が見えにくいよう帽子をかぶっていることもあり、思ったより抵抗がないらしい。
キャルが、フィッシャーに背伸びをして耳打ちする。
「ちょっと意外だったね。もうちょっと抵抗あるかと思ってた」
「同感。ま、無理に連れ出す形じゃなくて良かった。どこに行くかな」
フィッシャーが相談を持ちかけると、キャルはギンカのことを念頭に置いて提案する。
「練習なしの休みだもん。あんまり動き回らないで体を休めようよ」
「お、それは良いな。長い買い物に付き合わされたらどうしようかと思ってたところだ」
「そんな心配しなくても大丈夫だよー」
「ああ、ほっとした。じゃあ、長くいられる喫茶店とかが良いよな」
「そうだね。とりあえず、デパート行ってファッションコーナーだね!」
「……あれ?」
フィッシャーが会話の流れの不自然さに首を傾げている間に、キャルはさっさと自分好みのコースを歩き出す。
「ほらほら、早く行こうよー! せっかくギンカさんもいるんだし、色々洋服見たいのー! あ、リーダー、初勝利記念にご祝儀とかないのー?」
「ちょっ、待て! ご祝儀とかあるわけあるかー!」
最後の部分を否定するのが精一杯で、買い物コースを防ぐ事はできなかった。
女性ファッションコーナーというのは、男に非常に圧迫感を与える。
フィッシャーのような男では、飾られた衣装をじっくり見て良いものかどうかすらわからない。
ディスプレイを飾ったウィンドウから離れて歩くフィッシャーをよそに、キャルはギンカの手を引いてウィンドウショッピングを楽しむ。
「ギンカさんって、ワンピースタイプ好きだよね。中にブラウスとか着てても、一番上はワンピースできっちり締めてる感じ」
「そうですね。民族衣装がこういう形で……似たものを選んでいる気がします」
「へえ、そうだったんだ。ギンカさんに良く似合ってるよね、露出少なくて、お嬢様っぽいっていうか」
ギンカは目元を緩めて微笑む。
普段そういう話題を口にしないが、女性らしくファッションを褒められて悪い気はしないらしい。
「ねー、フィッシャーさんもそう思うよねー?」
「ん? あー、まあな、雰囲気あってるよな」
思っていることを、答えづらそうにしながらフィッシャーは口にする。
「ありがとう、リーダー」
「いや、良いって、礼は」
照れた様子のフィッシャーに、キャルはこれ見よがしにと笑っておく。
「なんだよ、キャル……。つーか、店の中に入らないのかよ」
「え、あー、いや、どこに入ろうかなーって、あはは」
歯切れの悪い返事に、フィッシャーは怪訝な顔をする。
「ひょっとして俺に気を遣ってんのか? 良いよ、俺は外で待ってるから、中まで見て来いよ。優雅な休日に関しては、もう諦めた」
「あんまりリーダーのことは気にしてないんだけどぉ……」
「なんだよ。それはそれでムカつくなぁ」
フィッシャーの視線は、こんがらがった糸を見るような表情でキャルに問う。
少女は、ひっそりと緊張しながら、上目遣いに躊躇いを口にする。
「いやー、その、中を見ても、良いの?」
「はあ? 見てくりゃ良いじゃねえか。さっきから気になる服は飾ってあるんだろ?」
何を言ってるんだと、フィッシャーは馬鹿にするように言うので、キャルは胸を撃たれたような顔をして、それから、腹の底から湧き上がった笑みを浮かべる。
「そうだよね! 中を見ても良いよね! 何時間でも良いよね!」
「何時間って……せめて二時間は切ってくれ。せっかく街に来たんだから、俺もどっかで何か食いたい」
「うん! それも楽しみだから頑張る! じゃあ、リーダーも行こうよー!」
「は? いや、俺は外で待ってるって!」
キャルは、フィッシャーの腕を掴んで店に引っ張り込む。
女性用の愛らしかったり刺激的だったりする衣装に包まれ、少年は明らかに表情が固くなる。
「あー、リーダー、あんまり女の子とデートしたことないんだろー?」
「余計なお世話だ!」
図星だったことを律儀に教えて、フィッシャーは顔をそらす。
気づいていない。
元犯罪者で、店に入ることを恐がっていたキャルツェを、馬鹿だなと呆れて背中を押してくれた。
そんな普通の女の子として扱っていることに、少女は感動さえ覚えているのに、まるで気づいた風もない。
それが、嬉しい。
「ギンカさん、こういうワンピはどう? 白のワンピ、まさにお嬢様!」
「それはちょっと……下に、重ねるものはないですよね」
「うん、白のワンピ一本だよ」
「そういうのは軽すぎて、ちょっと」
「えー、もったいないなぁ。ギンカさんなら鬼のように似合うのに! ね、リーダー?」
話題を振られ、フィッシャーは敵襲を受けたように顔を引きつらせてから、ギンカと服を交互に見る。
「俺に聞かれてもあれだが、あー、確かに……ヤマガミほど似合う奴ってそういないかもな」
「でしょー? 黒髪に白い肌、すらっとしたスタイル、それにこのシンプルワンピースだよ!」
「あー……あーあー、良いな」
想像させられ、フィッシャーは素直に感想を述べる。
あまりに率直で、ギンカが顔を伏せた。照れたものらしい。
「おうおう、ギンカさんが恥ずかしそうにして、まあまあ」
キャルは忍び笑いをして二人をからかう。
「つーかキャル、お前自分のどうしたよ」
「えー、見てるけどギンカさんがせっかくいるんだからさー、目移りしちゃって良いじゃん」
「まあ、悪いとは言わないけどよ」
ぎこちなく話題をそらそうとしたフィッシャーに、キャルは仕方なく乗ってあげる。せっかくのからかい相手を休ませるつもりはないが。
「じゃあさじゃあさ、リーダー、ぼくの服を選んでみてよ」
「だっ――誰に言ってんだ、馬鹿!」
慌てふためく少年に、臆面なく指をつきつけて応える。
「リーダー」
「そういうのは恋人に頼めよ。つーか、もっとファッションセンスある奴に」
「えー、リーダーのセンス、ぼく悪くないと思うけどな。いつもブルー系が爽やかでさ、目つき悪いの緩和されてるよね。あと、魚のアクセとか、水の色の服に良い感じ」
キャルの言葉に、ギンカがなるほど、という表情で頷いてみせる。
「目つきは言うな、褒められた気がしない……」
「まあ、そこは褒めてないからね、しょうがないね」
きっぱり言い切られ、フィッシャーは身長が縮んだように肩を落とす。
「まあ、顔面のことは……良くはないが、放っておいてくれ。青系が好きなのはたまたま、魚のデザインが好きなのもたまたま、組み合わせを考えてるわけじゃないから、あてにならんぞ」
「まあまあ、女の子が褒めてあげたんだから、そう理屈っぽくしないでさ」
しょうがないな、とキャルは肩を叩いて励ます。
「男の子だって、女の子が勧めた服は嬉しいもんでしょ? 女の子だって一緒なんだから、ちょっとコーディネートしてみてよ」
「やったことないことを頼まれるとな、困るんだよ」
頭をかきながら、それでも真面目な少年は、服に戸惑いがちに視線を向ける。
そんな姿に、こっそりと、キャルはギンカに耳打ちする。
「困りながらも、ちゃんとお願いを聞いてくれるんだよね」
「はい。リーダーは優しいですから」
「おまけに真面目だ。見た目に似合わず」
見た目のところまでふくめて、ギンカは頷く。
「んー……色の合わせ方とかわからんが、まあなんだ、たまにはスカートでもはいてみたらってことで、どうだ?」
キャミソールワンピースとその上に羽織るニットソーの組み合わせを差し出され、キャルは少し気恥ずかしげな顔をした。
ワンピースは膝より上の丈で、フィッシャーの好みブルーカラー。単品では子供っぽく感じるが、粗く編まれてワンピースが薄っすら透けるニットソーをあわせると、落ち着きが出る。
「に、似合うかなぁ、ちょっと上品すぎない?」
「いやまあ、ちょっとは大人しくしろっていうメッセージ」
「あ、言ったなぁ」
言われたキャルも、言ったフィッシャーも照れ臭そうだ。
フィッシャーは最初、キャルのイメージに合った薄着のものを選びそうになったのだが、それを男から女に勧めるのを躊躇って、落ち着いた服になったのだ。
「ま、遊ぶのも程々にして、ちゃんと選べよ」
「はーい、わかりましたー。ギンカさん、なんか気になるのあったー?」
元気良く返事をしながら、キャルは選んで貰った服を、しっかり握っていた。
****
ぎりぎり二時間以内で、女性陣の買い物は終わった。
主に気苦労で疲れたフィッシャーは、昼食の場所は選ばせろと要求し、すんなり受け入れられた。
全員、食べられない物はないということで、路地の奥にひっそりと構えたレストランに入る。
「おぉ、中がお洒落だ。隠れ家的なお店!」
「騒ぐな騒ぐな、大人しくしてろ」
家族で経営しているらしい小さなお店で、はしゃいだキャルの声はすぐに店中の目を引く。
キャルは買い物で上がっていたテンションを慌てて下げ、集まった視線に一礼して詫びる。
店員が、フィッシャーと顔馴染みらしき会話を一つ二つ交わして、席へと案内したことに、キャルは初めての休日で教わった店のことを思い出す。
「ねえねえ、リーダーはひょっとして、結構お店知ってる?」
「まあ、地元民だからな。評判の良い店は大体」
「やっぱり。リーダー、意外なとこ一杯あるよね。休みずっと図書館とか訓練場だから、もっとこう、視野が狭い人かと思ってた」
「お前はもうちょっと言葉に気をつけろよ」
キャルの歯に衣着せない評価に、嫌そうな顔でフィッシャーはメニューをギンカに渡す。
ギンカはメニューに眼を落として、すぐにキャルに手渡した。キャルもちょっと見ただけで、フィッシャーに返す。
「あ、そうか。読めないのか。えーと、何食いたい?」
えーと、とキャルが困った顔で言葉につまる。その理由を、ギンカがそっと教える。
「どんな物が食べられるかわからないので、答えにくいです」
「あーあー、なるほど。視野が狭いってのを否定できんな、ほんとに。えーと、じゃあ基本のコースで行くか。魚と肉どっちが良いかと、パスタとリゾットどっちが良いか言ってくれ」
キャルは、肉・パスタとあっさり決める。
ギンカは、リゾットの説明を受けて、お米と魚で、と答える。
「デザートは何が良い? プリンとかケーキとか、アイスと、フルーツもか」
「プリン!」
「果物をお願いします」
「了解。じゃ、これで良いとして……せっかくこの店に来たんだから、ピザとチーズハンバーグを食べなきゃな。二人とも、毎日あんだけ動いてるんだ、カロリーは気にしないよな?」
女子二人の許可を受けて、フィッシャーは店員に慣れた注文を伝える。
「ピザとハンバーグは山分けな。大したもんじゃないが、その分は俺が出すよ。流石に全部は奢れないから、これだけで勘弁しろ」
「え、いいの?」
「お前が言ったんだろ、ご祝儀って」
「じょ、冗談だったんだけど……良いの?」
「一応、年上だしな。これくらいは見栄はれる」
キャルは、嬉しそうに顔を輝かせる。ギンカも、好ましそうに微笑む。
「ありがとう、リーダー!」
「ありがとうございます、リーダー」
「ま、悪い気分じゃないかな」
フィッシャーは照れを苦笑に押し隠して、あまり言うなと手を振る。
「でもま、なんだ……授業の時は良いけど、休みまでリーダーって呼ぶのはやめないか? 嬉しいんだけどな、もっと気安く呼べよ」
「あ、そか。じゃあ、フィッシャーさん」
それにも、フィッシャーは苦笑した。
一番言いたかったことを伝えられなかった自分の不器用さに、呆れている。
「さん付けももう良いだろ。確かに俺は年上だけど、それ以前に、俺達は仲間だろ?」
言ってしまってから恥ずかしそうに、フィッシャーは笑う。
キャルとギンカは、互いの顔を見合わせる。
訳ありの自分達に巻き込まれただけのリーダーを、そう呼んで良いのか、二人はずっと迷っていた。そう呼んではいけないと思っていた。
それでも、リーダーはそう呼びたかったのだ。
他でもない、訳ありの少女二人を。
「えっと……じゃあ」
キャルがギンカを見て、タイミングを合わせる。
「「フィッシャー」」
「ん、よろしく」
満足そうにフィッシャーが笑うと、キャルが大きく息を吐き出した。
「あー、なんか緊張したー。あはは、呼び捨てにするのに気を遣うって変だよね」
「キャルに気遣いなんてあったのか」
「あ、ひっど! これでもフィッシャーに色々気を遣ってたのにぃ」
フィッシャーはキャルの言動を疑いの眼差しで見る。
「本当だよーだ。でも、フィッシャーかぁ……」
呼び捨ての名前を、大事そうにキャルが呟く。
「あ、じゃあさ、ギンカさん、このタイミングだし、ぼくのこと呼び捨てにしてよ、フィッシャーみたいにさ」
「私も、呼び捨てにするのは緊張するのですが……」
「呼んでよー、仲間でしょー?」
「……では、キャルツェさんが、先に」
「えー! そう来るかー!」
キャルが頭を抱えて笑う。意外とずるいなーとキャルは躊躇った後、上目遣いに見上げる。
「じゃ、じゃあ……ギンカ?」
「はい、キャル、ぅ」
「あ、今、キャルツェさんって続けようとした?」
突っ込まれ、ギンカは恥ずかしそうに俯く。
「あはは、やっぱりー。ギンカ可愛い~」
賑やかで楽しく、仲間達の昼食は過ぎていく。
なお、キャルとギンカはこの日の後、外食のお店はフィッシャーに一任することになる。それくらいフィッシャーの勧める店は素晴らしかった。
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